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HTMLにまとめて下さいました粥川正彦氏に感謝いたします
目次
救急隊員のための基礎講座
第4回 循環器内科
狭心症や心筋梗塞は救急隊がよく遭遇し、しかも心肺停止に直結する病気である。基本的なことはしっかり押さえておきたい。
1 心臓の仕組み(図1, 2, 3)
心臓の大きさは拳大で両方の肺の間、横隔膜の上に、ちょうど胸骨に隠れるように寝そべった形で乗っている。心臓の外側には心嚢膜といって白く硬い膜でできた袋があり、心臓を守ると同時になめらかに動くようにしている。心臓の内腔は左右上下に部屋が一つづつある。上の部屋は心房、下の部屋は心室といい、それぞれは壁で左右に分かれている。心房と心室、心室と肺動脈・大動脈の間は弁があって逆流を防いでいる。
心臓の筋肉(心筋)は、その一部を取り出しても自分で勝手に収縮する。しかしそのままではバラバラに収縮するだけで血液を押し出すことはできないので、伝導系が収縮の統制を取っている。伝導系は心筋が電線のように変化したもので、始まりは右心室の頂上の洞結節といわれる部位にある。洞結節から発生した電気は、右心房、心室中隔(左右の心室を隔てる壁)を通って心室の心筋へと伝わり、これによって心室の心筋は一斉に収縮する。
心臓自身は大動脈の付け根から伸びる左右の冠状動脈によって血液を受けている。心臓は筋肉なので、ぎゅっと縮まった時には血管も縮まってしまうため血液が流れない。心筋に血液が流れるのは心臓がだらんとしているとき、つまり拡張期である。このため、いくら収縮期(最高)血圧が高くとも拡張期(最低)血圧が低いと心臓には血液が流れないことになる。
図1
心臓を前面から見た図
右冠状動脈は1本で、左冠状動脈は2本に分かれて心筋に血液を送る。
図2
心臓の解剖と血液の流れ
・三尖弁
・肺動脈弁
・僧帽弁
・大動脈弁
図3
心臓の刺激伝導系
洞結節から発生した興奮が房室結節を通り左右心室に伝わっていく。
2 虚血性心疾患とは
心筋に血が足りなくなって症状が起こる病気を虚血性心疾患という。血の流れ(血流)が再開すれば心筋が元に戻るのが狭心症、心筋が死んでしまったのを心筋梗塞という。心筋梗塞では血流が再開してもいったん死んでしまった心筋が復活することはない。
閉塞した血管にカテーテルを入れて直接血管を広げたり薬で血栓を溶かしたりできるようになって,心筋梗塞の急性期死亡率は死亡率は減少してきている。現在は、病院到着前に心肺停止に至る症例をいかに助けるかが議論の一つとなっている。急性心筋梗塞の総死亡の65%は病院到着前に起こり、この多くは発症1時間以内に出現する心室細動による。従って、目撃者が蘇生処置を施し、現場に到着した救急救命士により迅速に除細動が行われることが、死亡率減少に不可欠である。救急体制が円滑に運用されているアメリカ・シアトルでは1975年以降30%前後だが、救急救命士誕生以前の東京では3%、ニューヨークやシカゴでも東京と大差ない値しか出ていない。
3 症状1) 胸痛
胸の病気でも背中の病気でも腹部の病気でも胸痛を起こす。また、よく遭遇するのに「心臓神経症」というノイローゼもある。胸痛があるからすぐ心臓の病気だと考えずに、痛みの特徴から調べる必要がある。
狭心症と心筋梗塞の痛みは胸骨の裏から起こって左肩、左腕に放散する。左の歯茎に放散することも、まれには右肩に放散することもある。患者は「痛い」といったり「苦しい」「締め付けられる」「えぐられる」「梁で刺される」と表現する。痛みは狭心症の場合には何回か経験しているため本人にも見当が付いている。心筋梗塞では「過去に経験したことのない苦しさ」であって「これで自分も死ぬんだ」と死を覚悟させられる痛みである(事例1)。
現在痛がっている患者では、心筋梗塞を頭の中心に据えて観察する。痛みの部位は前述したように胸骨の裏から起こって左腕に放散する。痛みの性質は痛いと言うより締め付けられるよう。心筋梗塞や狭心症は血が行かなくなることにより痛みが起こる。ちょうど指先に輪ゴムを巻いて指先が紫色になった時と痛みの発生原因は同じである。狭心症の場合は血流が再開して痛みが消える。心筋梗塞はそのまま指が腐って落ちてしまうのだからどれだけ痛いか想像が付くと思う。痛みの持続時間は、狭心症なら3分以内なのに対して心筋梗塞では30分以上持続する。痛みの持続時間で狭心症と心筋梗塞の鑑別は可能である。痛みは広がることはあっても移動することはない。移動するなら他の疾患、例えば解離性大動脈瘤などを考える。
2) 不整脈
不整脈が重要なのは、軽微な脈の乱れから致死的な不整脈に移行する可能性が大きいためである。心筋が死ぬことにより化学物質が周囲に放出され組織のpHが変わることにより電気的に不安定になる。何らかのきっかけで心室粗動やR on Tが起こり、致死的不整脈へと突入していく(事例2)。幸い、不整脈は現在はよく治療できるようになった。不整脈で死亡する患者はこの20年くらいでほとんどいなくなった。
不整脈のことを患者は「どきどきする」「脈が跳ぶ」「動悸がする」などと表現する。現時点で患者のいう「動悸」が起こっているか確かめる。心筋梗塞とは関係のない不整脈は発作的に起こるものが多く、救急隊到着時には消失しているものもある。動悸を確かめるときには、手首で脈を取るのと同時に聴診器で心音を聞く。できれば心電図モニターを装着してQRS波と手首の脈が一致するか確認する。心房細動や期外収縮では心電図で波形が出ていても手首まで脈が伝わらないことがある。
3) 呼吸困難
呼吸困難は急性心不全の症状の一部として出現する。典型例は肺水腫である。肺に血液が溜まるため、ピンクの泡状の痰を大量に喀出する。患者はたいていはあぐらをかいて前のめりで肩で呼吸をしている。この体勢を起座位という。下半身からの血液の戻りが減少するため肺に溜まる血液が減少する。また、腹部臓器(腸や肝臓)が下がり、横隔膜の圧迫が少なくなるため、呼吸が大きく楽に行えるようになる。末梢にはチアノーゼを認める。
原因としては、心筋自体が弱くなるか不整脈によって心臓の収縮に支障をきたし、肺から血液が吐き出されずに溜まることによる。心臓には右心室と左心室があるので、心不全も右心不全と左心不全がある。右心室は全身の静脈から血液を受けて肺に送る働きをしている。そのため、右心不全では全身から血液を吸い取れなくなるため浮腫(むくみ)がでるし、肝臓に血液が溜まると肝腫大を起こす。
左心室は肺から血液を受けて全身に血液を送る働きをする。左心不全になると、肺の血液を抜き去る働きが低下するため肺水腫になり、全身に酸素を送れなくなることにより血圧は低下し失神することになる。現実には右心不全でも左心不全でも症状が明確に分かれるものではなく、症状の濃淡こそあれ先に述べた症状が全て出現する。
4) 心原性ショック
心不全が高度になり、各臓器(特に脳)の機能維持に支障をきたすほど血液供給が減少した状態。症状は他のショックと変わらない。血圧は低下し、頻脈となる。意識は混濁する。発汗が著明になり、皮膚は冷たく湿った状態となる。
心筋梗塞で入院した患者の10-20%にみられる。いったん心原性ショックになった患者の生存率は20%以下と、最近の治療法をもってしても上昇は見られていない。カテ−テルか外科手術により血流を再開させることが死亡率の低下に結び付くようだ.
4 問診
状態を一瞥したら、年齢を聞く。次に患者は最も苦しんでいるのは何かを聞く。循環器の場合には症状は胸痛、動悸が最も多く、呼吸困難、頭痛、失神がそれに続く。いつから症状が起こったか、その時何をしていたか聞く。運動中に起こったか、寝ているときに起こったか聞く。次に、症状が時間とともにどうなったか聞く。救急隊が到着したときには症状が消失しているか、ひどい痛みや不整脈のまま続いているかで病名がほぼ判断が付く。同じような症状が過去になかったか、病院にかかって薬をもらっているか。病名も確認する。薬(ニトログリセリン)を服用していたなら、症状は軽快したかも聞く。
心筋梗塞でも狭心症でも、左乳頭から左脇が主に痛いということはない。そこが痛いときはそのほとんどが心臓神経症(ノイローゼ)なので心配しなくていい。
5 観察
重症度をすばやく把握する。患者の表情、姿勢、血圧から患者の生命がどれだけ危険かの判断は容易である。意識状態、呼吸状態、心拍数と血圧をチェックする。ショック状態やそれに違い場合にはいち早く処置の準備を行い、病院に一報する。まだショック状態でない場合でも突然不整脈から心室細動に移行する可能性があるので、顔貌から足の先の浮腫やチアノーゼまで観察する。
狭心症で胸痛がすでに治まっている場合には、救急隊が到着して安心することもあって、目前での再発作はまず経験しない。しかし、全くないとはいえないので、常用薬を所持して搬送する。
心電図を搬送中にモニターする(コラム参照)。搬送中のモニターとして通常はII誘導をとる。もし器械が可能なら、他の誘導もモニターする。I・III誘導をII誘導と見比べることにより、STの上昇や下降を明確に判断できるようになる。心筋梗塞では、突然致死的不整脈が出現する。処置で忙しく心電図モニターを眺めている余裕のない時でも、心拍音を出して聴くことで不整脈に備えよう。
6 処置心筋梗塞なら、できる限り早く病院に一報を入れる。重症例ではアッと言う間に致死的不整脈から心停止に移行する。患者収容以前に病院と連絡を取って状況を伝えておくと特定行為がスムーズに行うことができるし、病院としても受け入れ体制を整える時間が増えるので有り難い。
ニトログリセリンなどの血管拡張薬を持っている患者ならその場で服用させる。ニトログリセリンは心筋梗塞であっても症状を緩和させるためである。元気そうでもストレッチャーにのせて救急車に収容する。衣服をゆるめ、患者の楽な姿勢をとらせて毛布を被せ、保温に努める。心電図とパルスオキシメータを付けて不整脈を監視する。肺水腫が明らかな場合には起座位を、意識障害を起こしている場合にはファーラー位などの上体挙上位を取らせる。酸素は必ず吸入させる。心室粗動や心室細動のばあいには、一刻も早く除細動を行うことが最良だが、法律的には医師の命令に依らなければできない。ダメかも知れないが、前胸部叩打を行ってみる。それから心マッサージを行いつつ病院に搬送する。心肺停止時では処置の都合から仰臥位とする。下肢の挙上は心臓への静脈灌流量を増やすため心停止の場合にはこれを勧めるものもある。
コラム
心電図の勉強
心電図は難しいと思っている諸兄が多いと思うが、心電図は決して難しいものではない。少なくとも救急現場で役に立つレベルなら、1日もあれば修得できる。心電図の学習のコツを教えよう。
1)理論は無視する
アイントーベンの三角は覚えなくていい。単極誘導も双極誘導も無視して良い。心電図はパターン認識だと思って、ひたすら図だけ見ていく。
2)能率的に読む心電図には読む順番がある。
a. リズムを見る
整脈か
不整脈か
b. Pを見る
あるか
ないか
c. QRSを見る
正常か
上室性不整脈か
心室性不整脈か
d. ST-Tを見る
正常か
下降か3)正常値はマス目の数で覚える
時間軸(x軸)は大きなマス5mmが0.2秒で小さなマス1mmが0.04秒である。電位軸(y軸)は大き
なマス5mmが0.5mVである。しかし、そんなことは覚えなくても良い。PR間隔は3〜5マスで、QRSは2.5マスであることを覚える。マス目で覚えるほうがずっと実用的だ。
4)危険な不整脈のみを覚える
救急隊にとって大切なのは、危ないか大丈夫か判断をつけることである。生命に危険な不整脈は数えるほどしかない。PVC, VF, VT, R on Tくらいなら特徴的なのでそう苦労しないで覚えられる。あとは無視する。無視していても関心さえあればいつかは覚えられる。
5)ひたすら読む
学生の時に公衆衛生の実習で、心電図100枚を10分以内に読むということをやった。100枚が1冊になっていて、それを5冊ほど読んだ。5冊目は多分3分ほどで読めたと思う。それまではじっくり読んでいてあまり役に経たなかったが、その実習のあとは大きな間違いをせずに読めるようになった。健康診断のための実習だったようだが、何でも数をこなすことが大切なんだと思い知った。
救急隊ではひたすら読むにも手元にそんなに心電図はないだろう。その時には他の隊員が持っている心電図を見せてもらったり、医学書を立ち読みして(医学書は高いから買えとはいわない)数をこなすことが必要だろう。心電図は読んだ数だけ読めるようになると考えて頑張ろう。
事例1:遊体離脱
筆者が学生の時に病院実習で受け持った患者の話。
65歳男性。心筋梗塞(前壁梗塞)。家族で団らん中梗塞をきたし、これで自分は死ぬんだと思いつつ意識消失した。心臓は痛くはなかった。絞められる感じで苦しかった。気がついたら病院の外来にいて、自分の周りをあわただしく医者と看護婦が動いている。自分は天井にいて、自分がされることを冷静に観察している。10分くらい観察したあと、また意識が途絶えて、気がつくと自分の中にちゃんと入っていた。
急性心筋梗塞の患者では、ほとんど全員がこれで最期だと感じている。遊体離脱を起こす患者はさすがにあまりないものの、病院実習の時にはほかに1人か2人、明らかに遊体離脱をした患者がいた。離脱中は苦痛は全くなく、驚くほど冷静にどんな細かいことでも観察できるらしい。
事例2:致死的不整脈
72才・女性
*平成7年7月20日12時37分 119番覚知
*通報内容『妻○○72才がトイレで急に倒れた。』と主人より通報があった。
*時間経過
出 動 12時38分
現場到着 12時40分
車内収容 12時47分
病院到着 12時51分
*現場状況
一般住宅、玄関ホ−ル横のトイレ入口に仰臥位。JCS−200、顔面蒼白、瞳孔散大5ミリ、異常眼球運動(左右)+、失禁+、嘔吐+、車内収容後、BP160/111mmHg,PR106回,SPO2−95%。酸素投与し、意識レベル変化なく病院収容。現場状況及び患者観察状況から重症の脳疾患を疑い搬送する。しかし、病院収容後に急性心筋梗塞と診断された。現場で主人に状況聴取するも突然の発症のため胸痛等は確認できなかった。心筋梗塞発症時は、胸骨中央にえぐられるような胸痛を訴えることが多く、呼吸困難、血圧低下、動悸等がみられるが、急性期には意識障害を伴い、脳疾患との判別に迷うことを経験した。現在は、救急車に心電図モニタ−が搭載されているため、不整脈、典型的な波形出現を確実にモニタリングし、心疾患患者の処置に最大限活用したい。
(留萌消防組合消防本部 中路和也 救急救命士)
著者注:意識障害は致死的不整脈により脳血流がなくなるためおこる。通常なら頓死する。本事例のように病院までたどり着くのは珍しい。
図1
心臓を前面から見た図
右冠状動脈は1本で、左冠状動脈は2本に分かれて心筋に血液を送る。
図2
心臓の解剖と血液の流れ
・三尖弁
・肺動脈弁
・僧帽弁
・大動脈弁
図3
心臓の刺激伝導系
洞結節から発生した興奮が房室結節を通り左右心室に伝わっていく。
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