救急隊員のための基礎講座9(1999/12月号)外傷の救急

 
  • 1361読まれた回数:
救急の周辺



]]>救急隊員のための基礎講座9(1999/12月号)外傷の救急

OPSホーム>投稿・報告一覧>救急隊員のための基礎講座9(1999/12月号)外傷の救急

AEMLデータページから引っ越してきました

HTMLにまとめて下さいました粥川正彦氏に感謝いたします


目次

救急隊員のための基礎講座

外傷の救急

今回は外傷の講義を行う。重要なのは病態の正確な把握である。複数の患者がいる場合には、トリアージ(用語1)も大切になってくる。

重症度判断

外傷指数が役立つ(4月号p68)。表を覚える必要はないが、どの状態が重症なのかは知っておく必要がある。
バイタルサイン、特に血圧で重症度を判断する。血圧は低いほど重症である。また、血圧は何回も繰り返し測る。次第に血圧が低下してくる場合には状態が悪化していることを示す。
心拍数は1回の測定では信頼できない。気分や疼痛によって容易に変動するためである。心拍数も必ず何回も測って、時間的な変化を追うこと。心拍数が徐々に上がってくれば出血が続いていることになるし、頻脈だったものが徐脈に移行すればそれは死の前触れと考える。多発外傷多発外傷は複数の部位にわたって致命傷となりうる外傷を受けた状態である。交通事故、特にバイク事故に多い。
観察しながら手際よく処置を進める。順番は、1)CPR 2)頚椎保護 3)出血の処理 4)胸部開放創の閉鎖 5)腹部創の閉鎖 6)四肢の固定 7)体表面の創処置 である。脊髄損傷交通事故(特にバイク)・転落・転倒により、脊椎骨折による圧迫や脊髄の伸展により脊髄が損傷する。頚髄損傷が3/4を占める。頚髄損傷の60%にはレントゲン検査で骨折が認められない。救急隊が注意を払うポイントは、全ての外傷者に頚椎保護を行うことと、呼吸状態を観察することである。
脊損患者の70%が呼吸障害をきたす。横隔膜を動かす神経は第3・4・5頚椎から出ている。第3頚椎以上の損傷では呼吸不能となり救急隊の現着時には死亡している。第4頚椎での直接の損傷や、それ以下でも不用意な体位変換により浮腫が第4頚髄に及べば呼吸が停止する。また、第5頚椎以下の損傷であっても呼吸の補助をしている肋間筋が動かなれば呼吸困難感は必発である。血圧は神経原性ショックのため通常低下している。
外傷により運動麻痺、知覚麻痺、腰背部の疼痛などの症状を訴える症例では、不用意に体を動かすことにより脊髄にさらに損傷を与えることがあるので、まずネックカラーで頚椎を保護する。神経症状が認められない場合でも、脊損の可能性が疑われる場合には即座に頚椎をカラーで固定し、それから処置に移る。次に3人の隊員により受傷者の頭・体・四肢を一体にして担架に移す。救急車内ではマジックベッドで頭と体を固定する。意識障害がある患者でも脊損が隠れている場合があり、同様に搬送する。
酸素を与える。意識があっても呼吸困難感が強いときにはバッグマスクで補助呼吸を行う。血圧低下には下肢挙上やショックパンツの装着を行う。胸部外傷交通事故が最も多い。外傷患者の死因の25%は胸部外傷による。胸壁外傷が最も多く、血気胸、肺、心臓と続く。胸郭には心臓と肺が納まっているため、早期に死亡することも多い。生存者には気道確保と循環の維持が求められる。
刺さっているものはそのまま運ぶ。出血は圧迫して止める。大きくあいている穴は思いきり息を吐き出させた状態で濡れガーゼで被って押さえる。できるなら、患側を下にした側臥位で運ぶと、血液が健側肺に流れ込まない。
搬送途中に死亡する病態としては、 1)気胸
緊張性気胸では心臓が圧迫されて血圧が低下する。一側の胸壁呼吸音の減弱もしくは消失、増強する呼吸困難と血圧低下がみられる。皮下気腫が頚部や前頚部に見られることもある。この場合には触るとふわふわし、押すとブチブチと音がする(捻髪音)。静脈留置針を患側に刺し外筒(ビニール部分)を留置するだけで助かるのだが、救急隊は酸素を投与するくらいしかできない。胸壁解放性気胸では胸壁の創部から呼吸に伴って空気が出入りする。これは、濡れたガーゼで傷を大きく圧迫することにより症状は軽減する。また、圧迫は肋骨骨折の痛みを軽減させる。

2)気道閉塞
咽喉頭の外傷、気管の直接的な損傷、血腫・浮腫による気管の外からの閉塞や、気道内出血による気管内部の閉塞がある。頻呼吸で喘鳴が聞こえれば不完全閉塞である。シーソー呼吸をし、呼吸音が聞こえないときは完全閉塞であって迅速な処置を必要とする。まず口腔内の吸引をする。次に喉頭展開して手の届くところの血塊や異物をマギール鉗子で取り除く。呼吸停止の場合にはコンビチューブを挿入して強制換気を行う。

3)フレイルチェスト
多発肋骨骨折によって胸郭が動揺し奇異呼吸を呈する。見つければ動揺部分を手で押さえるか重石を乗せればいいのだが、発見しづらいこともある。

4)大量血胸
血管の損傷が原因である。血胸側の呼吸音は減弱し、血圧は低下してショック状態となる。できる限り太い針で静脈路を確保し急速大量輸液を行うとともに、コンビチューブによる気道確保を行う。多いのは肋間動脈や内胸動脈の損傷である。心臓や大動脈・大静脈が損傷している場合には救急室で開胸しても救命は難しい(事例1)。

5)心タンポナーデ
心臓と心外膜の間に血液が溜まり、心臓の動きが妨げられるもの。症状の進行の速さは、血液の溜まる速度による。症状は経静脈怒張、血圧低下、心音減弱がみられるが、三つともそろうのは半数に過ぎない。心嚢穿刺と開胸が必要である。

腹部外傷交通事故が多い。ハンドルを腹部に強打していたりシートベルトサインがあるときは小腸や腸間膜損傷を疑う。処置は酸素投与、血圧が低下していれば両下肢挙上とショックパンツ。腹部から腸が脱出していれば腸を濡れガーゼで覆い、ショックパンツは使わない。

腹部臓器は大きく管腔臓器、実質臓器、血管に分かれる。

1)管腔臓器
管腔臓器の損傷だけなら緊急に生命にかかわることはない。腹壁から腸が脱出していても濡れガーゼで被うだけでよい。腹腔に戻してはいけない。バイ菌も一緒に腹に戻すことになるためである。開腹手術が必要である。死亡原因は腹膜炎である。

2)実質臓器
肝臓、脾臟、膵臓、腎臓がある。腹腔内や後腹膜腔内(用語2)に出血し、ショックに陥る。腎臓以外は腹腔内に出血するため急速にショックに陥る。腎臓は狭い後腹膜腔にあるため、腹腔内に比べれば血圧低下は緩やかである。現在は血管カテーテルを用いて出血原因血管を詰まられる方法が採られることが多い。

3)血管
大血管が破裂すれば急速にショックになる。多いのは腸間膜損傷で、じわじわと出血するため次第に血圧が低下する。時間があれば血管カテーテルで止血し、時間がなければ開腹手術を行う。

骨盤骨折骨盤は体全体を支えるために頑丈な環状構造をとっている。骨盤腔内には多くの臓器や血管があるため、単なる骨折にとどまらずに、外科、泌尿器科、婦人科など広範囲の知識を必要とする。骨盤骨折は多発外傷の一部として認められることもある。この場合には他の外傷に目を奪われてしまい、出血源としての骨盤骨折を見逃し不幸な転帰を取ることさえある。

骨盤骨折は、骨盤に対する外力がかかる受傷機転で疑い、患者を裸にして解放性骨折の有無を調べる。擦過傷や挫傷があれば骨折の可能性がある。さらに骨盤揺すりテストを行う。これは恥骨結合部や両側の腸骨稜を前後左右に圧迫して動きを調べるものである。ただし過度の圧迫は出血を誘発するので注意が必要である。

1)出血
骨盤骨折だけで後腹膜腔に1-3L出血する。出血が多くなり、後腹膜の内圧が上昇すれば出血は止まる。しかし、腹膜を破って腹腔内に血液が漏出すればさらに出血量は増える。ただ、出血は静脈性で徐々に出るため急激にショックになることは少ない。内腸骨動脈が損傷した場合にはショックになる。

2)尿路損傷
恥骨結合周囲が骨折すると後部尿道が損傷する。また、外力により膀胱破裂、腎損傷が起こる。

3)腸管損傷

4)神経損傷

ショックパンツの適応である。ショックパンツは骨盤を固定し血圧を上昇させる。治療としては、出血に対しては血管カテーテルによる塞栓術が行われる。骨折そのものに対しては、骨盤の変形が少なく安定しているものは牽引を、不安定なものについては創外固定を行う。

訂正とお詫び
本誌11月号101ページ 「麻痺側を下にした昏睡体位」は「麻痺側を上」の誤りでした。お詫びいたします。


用語1:トリアージトリアージとは重症度を判断して患者を振り分けることである。一度に多くの外傷者が発生する交通事故や自然災害時に必要となる。具体的には、1)今は息があっても救命不能と判断できる患者には手を付けない、2)救急隊の処置が生死を分ける患者を迅速に処置する、3)生命に危険のない患者は後に回す、という判断を下し、トリアージタッグという札を患者に付けていく。

書けば簡単だが、実際はやりたくない。ぱっと見て重症度を判断するのは至難の業だし、見殺しにしたという悔いが必ず残る。災害が大きいほどその心理的重圧も耐え難いものになる。通常経験者や隊長が行うが、2人ペアになって心理的負担を軽減するよう勧めるものもある。

用語2:腹腔(ふくくう)と後腹膜腔(こうふくまくくう)

腹の壁の内側には腹膜という薄い膜が張っていて袋のようになっている。その中に胃や小腸、大腸、卵巣が納まっている。腸が破けたり、虫垂炎が進行したりすると腹膜の袋の内側にバイ菌が広がって腹膜炎となる。後腹膜腔とは腹膜の袋の外側で背中に当たる場所、つまり腹腔の後ろ側を言う。そこには膵臓、腎臓と十二指腸がある。腹膜の袋と背中の筋肉・骨に挟まれたわずかのスペースをいい、決して袋になっているわけではない。骨盤骨折や腎損傷の際には腹膜と背中の間を広げるようにして血が溜まっていく(図)。


事例2:解離性大動脈瘤

救急救命士として経験した解離性大動脈瘤の症例を紹介する。

失敗:

79歳の男性が起床後ズボンをはこうとしたところ腰部に激痛を生じ動けなくなった。主訴は腰痛と下肢の痺れ。意識正常、整脈。腰痛症で整形外科に通院していたとの情報で私たちには「ぎっくり腰」のイメージができあがった。詳しいバイタルも取らないでマジックギブスで腰部を固定し、かかりつけである整形外科に搬送した。後日の情報で救急隊引き上げ後傷病者の様態が急変、直ちにICUに収容されたが結果的に死亡したらしい。死因は腹部大動脈瘤の破裂によるショック死だということであった。詳しくバイタルも取らなかったことは、いいわけのできない誠に反省すべき事である。なお、本症例では傷病者は腰痛を訴えているにもかかわらず通常腰痛患者に見るような腰を屈めた格好でじっとしていなかったことには、なにか妙な感じを抱いた。

成功:

73歳の女性が、外出のため洋服を着替えているときに突然の背部痛を訴えた。意識正常、主訴背部痛、血圧200/120、顕著な左右差はなし。既往は高血圧症。高血圧症の既往と体をねじったときに発生することがあると参考書に記載のあったことから解離性大動脈瘤を疑った。傷病者は高血圧で通院している近所の医療機関への搬送を要求したが、傷病者を説得し循環器科のある二次医療機関に搬送した。結果的に胸腹部解離性大動脈瘤だった。傷病者を説得し観察結果から重症疾患を疑い高次の医療機関への搬送を選定したことが幸いした。

疑問:

60才男性が胸痛を感じ病院から処方されているニトロを舌下したが、改善しないため同席した友人が119番通報した。119番通報中に意識消失、救急隊到着時心肺停止状態だった。CPRを行いつつ心電図をモニターしたところ非常に大きな波形の出現に思わずCPRを中断、再び総頸動脈を触知し聴診器での心音聴診もしたが、やはり心停止。CPR実施しつつ医療機関に搬送した。医療機関収容後、医師による一連の処置中に心拍は再開した。その場で治療していた医師が、脈拍は大腿動脈で触知可能だが総頸動脈では触れないと言っていた。後日胸部解離性大動脈瘤破裂で死亡したと連絡を受けた。

本症例はCPA搬送症例であり呼吸停止で総頸動脈が触知しなければ処置としてはCPRを実施する以外にないと思う。しかしながら、呼吸停止で総頸動脈で脈が触知できないが聴診で心音が聞こえたとしたら次に大腿動脈を触知しただろうか。その時大腿動脈が触れていたら心臓マッサージはしなかっただろうか。もしもの話しばかりで疑問のみが残るが、疑問を持つことは次の症例に役立つだろう。なお、救急隊が心停止を判断するときは総頸動脈を触知する他に心音を聴診することも必要なのかもしれない。

旭川市南消防署 救急救命士 山田 博司


OPSホーム>投稿・報告 一覧>救急隊員のための基礎講座9(1999/12月号)外傷の救急


https://ops.tama.blue/

コメント

タイトルとURLをコピーしました