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最新救急事情
「医師から見た病院実習ガイドライン」
私が救急救命士の病院実習を指導するようになって5年が経つ。病院長から呼ばれ、「救急隊員が研修をするから、面倒を見てやってくれ」という話だった。さっそく新米の救命士と打ち合わせをしたが、資料には教えるべき項目は書いてないし、私が教えたいことは法に触れるという。
全国からの非難にお役所も重い腰を上げ、病院実習ではこれこれができますからやって下さいと呼びかける文章を出した。これが「病院実習ガイドライン」である。今回は医師の側からガイドラインを考察する。なお、これは筆者の私見であることをお断りしておく。
ガイドラインで変わったこと
初めて救急救命士を受け入れた指導医が一様に戸惑うのは「何を教えればいいのか」であり、次に「我々の負担を増やすのか」という不満であった。
救命士法第44条によれば、患者相手に特定行為の練習はできない。このため、多くの実習病院が見学プラス手技ちょっぴり、になったことは当然の帰着であった。心ある医師は後ろめたい気持ちを救命率向上の御旗に隠して、こっそり救急室や手術室で特定行為をさせていた。
ガイドラインは「救命士やその卵が患者相手に練習をしていい」と謳っており、指導医の心理的負担を軽減した(個人的にはガイドラインが法律より優位のはずはなく、未だ法律違反だと思う)。また指導医にガイドラインを見せ「この手技をやらせて欲しい」と要求できるようになった1)というが、あなたならできますか。
ガイドラインでは変わらないこと
ほかに変わったことがあるかというと、はっきり言うと、ない。ガイドラインにある内容は、熱心な医師がいるところではすでにやってきているし、熱心でない病院では紙切れぐらいで熱心になるはずはない。
だいたい、いまもってガイドラインは指導医には伝えられていない。私は個人的にガイドラインを手に入れたが、公式には知らされていない。私の病院ではガイドラインは病院の上層部で止まっているようだ。消防によっては説明していないところもある。
「我々の負担」も変わっていない。医学生や看護婦の教育も負担なのに、どうして関係のない救急隊員の面倒までみるのか。医療事故が起きた時は消防が「国家賠償法に則って解決1)」しますからと言われても、問い詰められるのは医師だし、分かっている面倒は初めから避けたい。ガイドラインを読むと、実習病院を救命救急センターに統一したいようだが、それでは救急隊員と地元医師が「顔の見える関係」にはなれないだろう。
ではどうするか
救命士は何もないところから医師法に割り込んで作った新しい医療職であるため、多くの矛盾を抱えるのは当然だろう。解決の手がかりとなる2つの事例を載せる。一つは病院とのコミニュケーションに努めて医局会参加を果たした例、一つは生涯実習を他の消防本部に求めた例である。
事例1:医局会でガイドラインを説明2)
留萌消防組合では平成7年から病院実習を行っている。平成10年12月、病院での医局会に参加し「病院実習ガイドライン」について説明した。当日は、院長、副院長、救急救命士の研修担当医をはじめ各科の医師が多数参加した。
冒頭では救急救命士制度及び病院研修の目的などについて説明をした。医師の反応は「そんなこと解ってる」「初めて知った」など様々で、救急救命士に対する理解度にはかなりの幅があると感じた。ガイドラインの説明では、救急救命士法制定の話から病院実習を行う目的、ガイドライン策定の経緯など詳しく説明を加えた。医局会へ参加していた医師からは、「へー」とか「こんなこともできるのか」といった驚きの声も聞こえてきた。特に、新しく赴任された医師の驚きが大きく、救急救命士が何をできるのかが理解されていないようだった。
医局会にてガイドラインについて説明できる機会を得られたのは、病院実習や過去2回の医局会参加で救急救命士の存在をアピールできていたことと、病院側とのコミュニケーションが図れていたからにほかならないと思う。今回の医局会での説明をきっかけに、救急出動時の引継がスムースになった(医師からの質問が増え、今まで以上に我々の引き継ぎを聞いてくれるようになった)ように感じている。
事例2:救急救命士生涯研修の場として
幌加内(ほろかない)町は北海道の北部に位置する深川地区消防組合に所属、人口約2,200人、面積767km3、南北に63kmと細長く、名寄・旭川・深川の各市に隣接する広大な面積を管轄している。気候は山岳に囲まれた盆地のため内陸性で夏は高温多湿、冬は厳寒で昭和53年2月には−41.2度を記録、降雪量は20mを超え北海道でも豪雪地帯として知られている。
職員数14名の小規模な消防だがが、平成10年1月高規格救急車を導入し現在救急救命士4名が活動している。地方の消防では限られた救急活動の中で経験を積むことには限界があり、日頃の訓練や自己学習を積み重ねるほかに道はなく現状を維持していくのが精一杯だったが、今回当消防組合からの要請で旭川市消防本部において救急隊員の応急処置技術の習熟を目的に救急車同乗研修の機会を与えられた。旭川市消防本部では近隣の消防本部に対して標準課程の養成のほか、救急車同乗研修の受け入れ、病院との症例研究会への参加など積極的に研修の場を提供して頂いている。
研修は年間9,200件の救急出場がある旭川市消防本部において、現場では救急隊長と先行し問診や処置を行い、待機中は様々な症例について処置の講義を受けた。施設の都合で当直はできなかったが、日勤で3日間の研修中に出場した件数は私の半年の活動件数と変わらず、専従救急隊員として時間が経つのを忘れさせるほど充実した研修であった。また、一番の目的であった特定行為も始めて経験することができた。
この研修では救急件数ばかりでなく、隊員間の連携や処置、病院研修体制の充実、医師との迅速な24時間の指示体制の確立など地方との格差をあらためて痛感させられた。消防では、訓練等は個々の所属署内で実施し地域にあった体制を確立していくものだが、この研修で学んだ多くのことを今後に生かしていきたいと思う。
高規格運用が始まったばかりの小さな救急隊だが体制は整いつつあるので、あとは私達の技術をいかに向上させるかが課題である。今後実施されるであろう特定行為の処置範囲拡大に向け、救急救命士は都会だけが稼動するものでなく地方でも活躍できることを目指し、地域間格差を少しでもなくすために努力していきたい。
本稿では留萌消防組合消防本部 梅澤卓也、深川地区消防組合幌加内支署 水谷修一 両救急救命士の協力を得た。
引用文献
1)プレホスピタル・ケア 1999; 12(2):54-60
2)プレホスピタル・ケア 投稿中
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