登山中の救急事例 ヘリコプターの有効活用と救命講習及び重要性について

 
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HTMLにまとめて下さいました粥川正彦氏に感謝いたします


登山中の救急事例 ヘリコプターの有効活用と救命講習及び重要性について

〇中井勇人、粥川正彦、平野勝一、寺崎友哉、角田 淳、和泉撤也

滝川地区広域消防事務組合 滝川消防署雨竜支署

著者連絡先
中井勇人:なかい はやと
滝川地区広域消防事務組合 滝川消防署雨竜支署 警防係主査:救急隊員
078-2606 北海道雨竜郡雨竜町字尾白利加88−27
Tel 0125-77-2101
Fax 0125-77-2844

はじめに
雨竜(うりゅう)町は北海道の中央西寄り(日本海側)に位置し人口3,700人程の小さな町である。滝川地区広域消防事務組合滝川消防署雨竜支署には13名勤務し(うちII課程・標準課程修了者10名、I課程修了者2名)、一日の最低勤務人員は4名である。
標高850mの大地に東西4km、南北2kmにわたって広がる雨竜(うりゅう)沼は、日本有数の山岳型高層湿原地帯である。1990年に暑寒別(しょかんべつ)天売(てうり)焼尻(やぎしり)国定公園に指定されて以来、登山客は毎年増加しており、これに伴い登山道への救急出動も数例を数える。今回我々はヘリコプター(以後ヘリ)を利用して患者を搬送した事例を報告する。

事例
平成10年7月19日13時頃、山小屋管理人から「蜂に刺されて動けなくなった登山者がいるようだ」と管理人が携帯電話で消防通報してきた。通報元は現場を通りかかった登山者であり、山小屋まで下山して知らせにきているため管理人には患者の状態・場所等の詳細は不明確であった。我々は管理人に引き続き情報の収集にあたるよう指示するとともに、山岳救助の装備と人員の増強を図りジープ型指令車と救急車で出動した。消防署から山小屋まで26kmあり緊急車で32分を要した。
その後、現場を通りかかった別の登山者から携帯電話で「心臓が苦しいと言っている。救急車お願いします」との消防通報を受けた。これにより心疾患疾患の可能性を考え、山岳地帯であり、時間の短縮(緊急性)を要することからヘリを利用し患者搬送するのが良いと判断、要請した。山小屋に到着し、管理人から事情聴取するも新しい情報なく、車を降りて状況に見合った最低限の救急資機材・搬送用具を手分けして背負い登山道を登り救助に向かった。山小屋から現場まで徒歩11分かかった(図1)。

図1拡大

現場到着時、50歳位の男性が60歳位の男性の胸を心臓マッサージしていた。傍らには患者の妻が一生懸命患者の体をさすって不安そうに我々を見つめ「お願いします。20分位前まで話しをしていました」という。すぐに状況をのみこみ男性に「ありがとうございます。交代します」と言い患者を観察したところ意識レベル300、呼吸、脈拍感ぜず、瞳孔左右6mm対光反射なし。気道確保しながらバッグマスク換気(後経鼻エアウエイ挿入)、カーディオポンプによる心臓マッサージを実施した。妻から事情聴取すると、「ニトロを飲ませてくれと言われて心臓が悪いのを初めて知った。私に内緒で定期的に病院へ通院していたようだ。蜂に刺された事実はない」などであった。
心臓マッサージをしていた男性は札幌近郊の消防団員であり、人工呼吸はされてなかった。
我々がCPR開始してすぐ無線で「ヘリ現場付近上空に到着、隊員1名降下するので誘導頼む」との連絡があった。ヘリを誘導するとともに、航空隊員が降下し患者を吊り上げ収容できる位置まで(約30m)移動するよう指示受けたため、患者を布担架に乗せCPR継続しつつ搬送を実施した。ヘリが患者の上空にホバーリングしホイストを利用してバスケットストレッチャーが降り、患者を乗せ吊り上げヘリ収容を完了した。ヘリ内で待機していた救急隊員(航空隊員)がCPR継続し砂川ヘリポートに到着。砂川消防署救急隊により災害拠点病院・砂川市立病院搬入となった。
患者は砂川市立病院で死亡が確認された(表1)。

表1拡大

考察
今回の事例から考察すべきことの第一はヘリの有効活用である。
覚知から山岳救助の装備と人員の補強を図りジープ型指令車と救急車で出動するまでどうしても10分は要する。さらに消防署から山小屋まで26kmあり、緊急車で32分を要した。それから山小屋から現場まで11分かかった。最低限の救急資機材とはいえ酸素ボンベ、バッグマスク、担架などを背中に背負った我々は、早く患者の元へと気はあせるが疲労し足が動かなくなる。すれ違う登山者に励まされ何とか現場に到着して目にしたものはCPRであった。結果的に患者は助からなかったが、もしへりを利用できなかったらCPR継続搬送しながら下山するまで1時間以上要したであろう。以前、夜中のためヘリが飛来できず下腿骨骨折患者を6時間かけて搬送したが、患者の心理的・身体的苦痛は大変なものであった(図2)。

図2拡大

今回の反省として、情報が混迷・不足していたものの「蜂に刺された」との通報でヘリ要請すべきであった。我々には状況をしっかり把握しなければヘリは呼べないものということが頭にあったが、北海道防災航空室では「空帰りでもいいから要請して下さい」とのことなので、今後雨竜沼登山道での救急患者は初動体制で必ずヘリが飛べるか考慮していきたい。また、何も知らない登山者はヘリが見えると手を降ってしまうため、上空では救助隊との区別つかなくなり誘導に時間を要した。このため、誘導には発煙筒を使用すべきであったこと、ヘリの下では砂・枝葉が飛び散り目を開けられなくなるためゴーグルを使用すべきであったことがあげられる。
今回の事例の経験から、当支署では発煙筒(赤・白。上空から見やすいほうを使用)・急傾斜の岩場でも患者搬送可能な万能担架・軽量な流量調整済み減圧弁つき酸素吸入器を購入し次の機会に備えることとした。さらに、雨竜沼から携帯電話で119番通報すると札幌・岩見沢・旭川のいずれかの消防に通報され情報が不明確になるため、登山者に入山前に雨竜消防の電話番号をインプットしてもらうようパンフレットを作成し山小屋に配備した。
考察すべきことの第二は、一般市民に対する「よきソマリア人」の啓蒙と救命講習普及の重要性である。
我々救急隊員に出来ることは限られている。その場に居合わせた人がいかに早くCPRに着手するかが患者の予後を大きく左右する。ところが、今回の事例では、現場に向かう登山道で何人もの登山客にすれ違ったものの、現場に居たのは妻と心臓マッサージしていた消防団員だけで、携帯電話を持った人も励ます人も誰もその場に居なかった。「せっかく北海道まで観光にきたのだから」「私には無関係」と通り過ぎていったのだろうか。携帯電話を持った人が状況の変化を伝えてくれたら口頭指導も可能になり、もう一人CPRの出来る人・習った人が居たならさらに有効なCPRを継続できたはずである。患者の妻にしても、救命講習を受講していればおそらく夫のウオーニングサインを捕らえてCPAのはるか以前に登山を断念し救急車を要請できただろうし、CPAに陥った場合でも人工呼吸を行っていただろうと思い悔やまれてならない。

結論
今回我々は登山中胸部痛からCPAに陥った患者に対しヘリを利用して搬送した事例を報告した。ヘリにより迅速な患者搬送が可能であり、患者への負担・救助隊への負担が大幅に軽減されることが分かった。また、現場に居たのは配偶者以外一人だけであったことから、救命講習普及の重要性を実感した。


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06.10.28/5:53 PM

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