月刊消防2019年3月号
ペンネーム:月に行きたい
「ビビるやつと、グイグイくるやつ」
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2年くらい前だろうか、 私は処置拡大2行為の講習を受けるために、 消防学校で数日間寝泊まりした。 心停止前の輸液とブドウ糖投与の認定を受けるために、 県下から集まった数十名の救急救命士達とトレーニングをする。 普段、教育側にいる私にとって、この期間は非常に新鮮だ。 指導を担当してくださるのは、 各消防本部から選ばれた指導救命士と呼ばれる方々。 いわば各消防本部のエリート救命士からご教授いただけるこのチャ ンスは無駄にはできない。最終日は効果測定があって、 医師と指導救命士数人が私の針先を見つめる。「 さすが文句なしのシミュレーションですね! 手技も確実で時間も早い!」 顔見知りの医師が褒めてくださったのはありがたいが、 本音を言うと手が震えるのを誤魔化すには、 素早く動くのが一番だったりするのだ。 様々な教育コースでインストラクターをする私だが、 残念な結果にならずにホッとしている。
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追加講習は気管挿管から始まって何度かあったが、 もう一つの楽しみがある。それは、 様々な年代の救急救命士が集まると言うことだ。下は20歳、 上は50歳までの救急救命士が集まって同じ内容を受講する。 普段教育の立場にいる私にとって、20〜 30代の彼らが他の消防本部でどんな成長をしているのか非常に興 味があるところだ。シミュレーション一つとっても、「面白い」 と答えるものもいれば、「あと何回隊長をしなければならいのか」 と指を折って数えているものもいる。 指導救命士から厳しい指摘を受けた反応も様々で、「もうダメだ」 と悲観的になるやつもいれば、「次も隊長していいですか?」 とグイグイくるやつもいるから面白い。
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同じ体験に対してなぜこんなに違った反応をするのか。それは、「 過去に失敗した時の周りの反応はどうだったかによる。」 と説明するのは早稲田大学名誉教授である社会学者の加藤諦三さん 。私が採用された頃の消防はまさに軍隊式教育で、 ミスをすれば怒涛のごとく罵られ、 手が飛んでくるのは当たり前だった。 現代の消防はさすがにそうではないとは言ったものの、 一度刷り込まれ記憶はなかなか上書きされることはない。 失敗をいかに生かすか後輩に説いている私ですら、 上司から怒鳴られそうになると昔の記憶が蘇り、 しばらく落ち込んでしまったりその場から逃げたりすることすらあ る。このことについて加藤さんは、失敗を恐れる人は「 体はここにあるのに心が過去にある人」だと言う。「 失敗は怖いもの」と思い知らされた体験が過去にある。「 心が過去にある」 このことに気付かないと自分の人生を一生棒に振ってしまうことに なりかねない。最悪自殺だってあり得ると・・・。
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ビビりまくっているその子に聞いてみると、 やはり私と同じような体験をしていた。 消防の教育ってまだまだ発展途上なんだなあ。 拡大2行為の講習のはずが、思わぬ勉強をしてしまった。
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ついでにグイグイくるやつにも聞いて見た。「 なんかムカつくんですよね!あの指導救命士エラそうに話すんで! もう一回やりますっ!」こいつはまた、いいような悪いような。 ただ、心はすでに未来へ向いているようなので、 これはこれでいいのかな。
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