近代消防 2020/4月号 p76-80
今さら聞けない資器材の使い方シリーズ「バック・バルブ・マスク」
目次
1. はじめに
「今さら聞けない資機材の使い方」シリーズ第83回「バッグ・バルブ・マスク」について執筆させていただくことになりました、留萌消防組合留萌消防署・佐藤悠生と申します。
私自身、採用3年目であり、昨年の6月に北海道消防学校専科教育救急科を卒業し、現在は救急隊員を兼任しながら、日々の活動に励んでおります。
今回私がテーマとして選んだ「バッグ・バルブ・マスク」は、標準課程を卒業した隊員にも使用可能な資機材ではありますが、取り扱いが難しく、操作に技術が求められる資機材となっています。そのため標準課程の隊員にも技術の習得・習熟が求められます。
今回は「バッグ・バルブ・マスク」の使用方法や使用時の留意点について、執筆をさせて頂きます。
2.バッグ・バルブ・マスクとは
「バッグ・バルブ・マスク」とはどのような資機材なのか、またどのような構造になっているのか。深く考えず、現場で何気なく使用している方もいるのではないでしょうか。
「バッグ・バルブ・マスク」は、人工呼吸をするために使用する資機材であり、「バッグ(Bag)」、「バルブ(Valve)」、「マスク(Mask)」という3つのパーツから構成されています。(001)
では、「バッグ・バルブ・マスク」は年齢や体格に関係なく使用できるのか。性別も異なれば、年齢や体格は当然のことながら人それぞれです。そこで、どんな傷病者であっても対応可能なようにバッグ及びマスクにはサイズがあり、成人用の他に小児用・新生児用と3つに分けられています。(002)
現場では、様々な傷病者に対して使用する場面があると思いますが、傷病者の年齢や体格に適したものを選定し、使用するようにしましょう。
構造についてですが、「バッグ」と「マスク」は比較的イメージできるかと思いますが、「バルブ」についてはどのようになっているのかイメージが膨らまない方も多いでしょう。「バルブ」は一方向弁構造となっており、「バッグ」を押して加圧すると弁が解放され(003)、離すと減圧し弁が閉鎖するような構造となっています。(004)
この構造によって送気した空気がバッグ内に逆流せず、新鮮な空気を供給することができます。
また、「バッグ・バルブ・マスク」はそれぞれの頭文字を取って短く「BVM」とも呼ばれます。
001
「バッグ(Bag)」、「バルブ(Valve)」、「マスク(Mask)」
002
※左から、成人用・小児用・新生児用
003
「バッグ」を押して加圧すると弁が開く
004
「バッグ」を離すと減圧し弁が閉鎖する
3.適応傷病者
一体、どのような傷病者に対して適応となるのか、このことを明確に理解していなければ現場では混乱してしまいます。そうならないためにも適応傷病者に関して明確にしましょう。適応となる傷病者は、【自発呼吸がない】、あるいは【自発呼吸があっても、10回/分未満の呼吸】や、【換気が不十分】、【ショックや心不全等で努力呼吸を認める場合】、更には【酸素を投与しても効果がない重症低酸素症等】の場合に用います。また、使用に際し、以下の4点は救急隊員にとって非常に重要な基本手技となっています。
- 用手にての気道の確保
- マスクを確実に保持し、顔面に密着させる
- バッグを強く加圧しない
- 胸の挙上が見られるかを確認
これらを一連の作業として同時にかつ確実に実施しなければなりません。上記のうち1つでも疎かになってしまうと十分な効果が得られなくなってしまいます。特に心肺停止の緊迫した現場では緊張で冷静さを失って上記4点を疎かにしてしまいがちですが、緊迫した現場ほど落ち着いて1つ1つの手技を確認し、確実に実施していきましょう。
4.取扱要領
基本的な取扱要領について説明します。
- バッグにリザーババッグを取り付け、酸素ホースをバッグに接続し、10L/分以上の酸素を流すことで、傷病者の吸引する酸素濃度を100%に近づけることができます。(005)
- 使用するマスクは送気した酸素が漏れることのないよう顔面にフィットするものを選びます。(006)
- 送気する際は、傷病者の頭部側にて、片方の手で下顎を挙上しつつ、傷病者の口及び鼻を覆うようにマスクを当て、もう一方の手でバッグを持って圧迫することで送気します。(007)
- 傷病者の胸の挙上を目視で確認します。送気が確実になされているかを確認するために重要な作業です。(008)
※②で紹介した方法は1名の隊員で行う「EC法」と呼ばれるものです。
「EC法」とは、マスクを保持した手の中指から小指までが「E」、母指と示指が「C」
の形をしていることからそのように呼ばれています。「EC法」は、小指を傷病者の下顎角に当てて、下顎骨を上に突き上げるようにして下顎を挙上させて行います。(009)
005
10L/分以上の酸素を流す
006
マスクは顔面にフィットするものを選ぶ
007
下顎を挙上しつつマスクを当て、もう一方の手でバッグを持って圧迫する
008
傷病者の胸の挙上を目視で確認
009
「EC法」の由来。「E」と「C」の指文字から
また、隊員が2名の場合は、「両手によるEC法」が可能となります。隊員1名が傷病者の頭部側に位置し、右手と左手でそれぞれ「EC」の形を作ってマスクに添え、1名で実施する際と同様に下顎角に小指を当て、下顎骨を挙上させ、もう1名の隊員が送気する方法です。この方法を用いることで、より確実な気道確保とマスクフィットの点で効果的となります。(010)
送気する隊員が胸骨圧迫と併せて実施します。この方法を「米田式」と呼びます。
上記2つの方法とは若干異なりますが、隊員2名で行う方法で、「母指球法」というものがあります。(011)
写真のように両手の示指から小指までの全体で下顎を引き上げると同時に、両手の母指と母指球で顔面にマスクを密着させるという方法です。こちらの方法も「両手によるEC法」と同様に確実な気道確保とマスクフィットという点で効果的となります。
また、マスクフィットに関しては高齢者や痩せて頬がこけてしまっている傷病者では、マスクと頬の間に隙間ができてしまい空気が漏れてしまう場合があります。そのような場合にはマスクと頬の間にカーゼを詰める(012)ことで隙間を埋めることができ、空気の漏れを防ぎ換気が可能となります。
おおまかに基本的な取扱要領について説明をしましたが、あくまでも基本的な手順や方法ですので、実際の現場では状況に合わせた手順や方法で傷病者にとって最適な選択をしましょう。
010
両手によるEC法
011
母指球法
012
頬がこけてしまっている傷病者ではマスクと頬の間にカーゼを詰める
5.使用における注意点
○「バッグ・バルブ・マスク」を使用して行う人工呼吸では、高流量での酸素投与及びリザーバ装着を原則としています。そのため使用前にはそれぞれの弁が正常に作動すること(013)や高流量の酸素投与によってリザーバが膨らむか(014)を事前に確認するようにして下さい。
○バッグを加圧する際、過剰に加圧行うと、食道側にも送気され胃が膨満し、嘔吐を誘発せてしまう可能性があります。嘔吐によって気道を塞ぐ可能性があるため、バッグは1秒間かけて優しく加圧する(015)ように注意して下さい。
○心肺蘇生中に過剰な陽圧換気をしてしまうと、静脈環流量が減少し、心拍出量が減少してしまうため、過剰な換気には注意して下さい。(016)
○補助呼吸では、傷病者の胸腹部の動きやバッグから空気が吸い込まれる時に指に感じる感覚には細心の注意をして下さい。(017)
○補助呼吸における換気は、傷病者の自発呼吸のタイミングに合わせることが重要です。(018)タイミングを誤ってしまうと、傷病者の呼吸を妨げてしまうことになるため、自発呼吸のタイミングを計って実施して下さい。
013
弁が正常に作動するか確認
014
リザーバが膨らむか確認
015
バッグは1秒間かけて優しく加圧すること
016
過剰な陽圧換気は厳禁
017
補助呼吸では指に感じる感覚に細心の注意を払うこと
018
補助呼吸における換気は、傷病者の自発呼吸のタイミングに合わせる
6.洗浄・消毒・点検
【洗浄】
○弱性洗剤等を使用して各パーツを洗浄します。(019)
※各パーツの材質に適した洗剤を使用して下さい。(020)
○洗浄完了後は、洗剤が残らないよう十分にすすいで乾燥させて下さい。(021)
※洗剤が残った状態で乾燥させてしまうと、材質を傷め寿命を短くしてしまいます。(022)
【消毒】
<煮沸消毒>
○清浄な水を沸騰させ、10分間程度煮沸消毒して下さい。(023)
<薬液消毒>
○使用前に添付文書の指示に従って消毒を実施して下さい。特に濃度、浸潤時間については厳守して下さい。消毒完了後は、薬液が残らないように清浄な水で十分にすすいで下さい。
※リザーババッグ内部は、薬液の完全な除去が難しいため、薬液による消毒には注意して下さい。
また、薬液は各パーツの材質に適したものを使用するようにして下さい。
【点検】
○各パーツに破損や亀裂、劣化がないか点検(024)して下さい。破損や亀裂、劣化が確認された場合は交換を実施して下さい。消毒の方法によっては、機能に影響がなくとも色褪せが見られる場合やリザーババッグにしわが見られる場合がありますが、機能そのものや寿命に影響はありません。
019
弱性洗剤等を使用して各パーツを洗浄する
020
各パーツの材質に適した洗剤を使用すること
021
洗剤が残らないよう十分にすすいで乾燥させる
022
洗剤が残った状態で乾燥させてしまうと材質を傷め寿命を短くする
023
煮沸消毒では清浄な水を沸騰させる
024
各パーツに破損や亀裂、劣化がないか点検する
7.おわりに
今回、この執筆活動を通じ、私自身「バッグ・バルブ・マスク」について、再確認できた部分や考えを新たにできたことが多くありました。救急現場では、救急救命士が多くの処置ができることに対し、標準課程の隊員は処置が限られています。その中でいかに安全・確実に処置ができるのかが大切なことだと考えています。使用に際しての注意点や使用によって発生するリスクを理解しなければ傷病者へ苦痛を与えてしまいます。救急現場において何よりも大切なことは、傷病者に対し、負担を与えないことだと私自身考えています。そのため現場では状況に応じた活動を心掛け取り組んでいます。
今回は主に、私のような標準課程の隊員に向けて、取扱要領や注意点、私自身の考えについて執筆をさせて頂きました。この記事を読んで頂いた方に少しでも役に立って頂けると幸いです。
プロフィール
satou_yuuki.JPG
名前:佐藤悠生(さとう ゆうき)
所属:留萌消防組合留萌消防署
年齢:21歳
出身:北海道増毛町
消防士拝命年月日:平成29年4月1日
趣味:サッカー、ドライブ
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