近代消防 2020/7月号 p86-89
救急活動事例研究 39 高齢者見守り支援システム (総社市消防本部 佐々木寛文)
高齢者見守り支援システム
佐々木寛文
総社市消防本部
目次
1.はじめに
内閣府の高齢社会白書では、65歳以上の認知症患者は2060年には約1100万人を上回ると示されている。また、2040年には65歳以上の約900万人が一人暮らし(独居世帯)となるとの推計も出ている。このような経緯から今後増加すると思われるのが高齢者の徘徊である。高齢者の徘徊は認知症を背景としたものだけではなく、認知症のない人でのせん妄による徘徊も多く起きている。せん妄のリスクとしては、独居、呼吸器系疾患を始めとする基礎疾患の存在が指摘されている。警察庁の発表では認知症またはその疑いで行方不明になった人は統計を取り始めた平成24年と平成30年とを比較すると1.76倍となっており、今後さらに増加すると考えられる。
以上のような背景から、当市では平成20年から個人情報を記載した救急安心カード(c001)というリーフレットを全世帯に配布している。その後、携帯型(c002)も作成し一定の成果もあげてきた。これらに加え、今後の超高齢化社会を見据え、平成29年から情報通信技術(Information and Communication Technology, ICT)を利用した「高齢者見守り支援システム(以下支援システム)」を救急活動に活用しているので報告する。
c001
救急安心カード
c002
携帯型救急安心カード
2.高齢者見守り支援システム
(1)システム概要
支援システムとは、高齢者及び支援が必要な住民の情報を一元化し、119番通報を受けた通信指令員が専用端末で傷病者情報を検索できるシステムである(001,002)。住民基本台帳システム、介護保険システム、障害福祉システム、高齢者サービス情報、家族構成や緊急時連絡先を統合しており、これにより独居世帯や情報収集困難な可能性がある救急事案で、出動途上もしくは傷病者接触直後に救急隊が傷病者情報を入手できる。
例えば、靴に書かれた名前や身元証明ネックレスから傷病者の名前さえ分かれば、通信指令台から端末を利用して検索ができる。素早い人物特定が可能で、緊急時連絡先や掛かり付け医なども分かるようになっており、現場滞在時間の短縮、適切な病院選定に寄与している。
001
高齢者見守り支援システム。本人情報
002
高齢者見守り支援システム。緊急連絡先
(2)活用例
実際に支援システムを利用した事例を報告する。
1)認知症の徘徊として指令を受けた事案であったが認知症を否定し適切な医療機関へ搬送した例。
87歳男性、独居世帯。「認知症の高齢者が徘徊をして転倒。両手から出血がある」(003)との内容で出動した。独居世帯、認知症、徘徊のキーワードから、救急隊が出動途上で支援システムによる調査を通信指令室へ依頼した(004)。
通信指令員は119番切断後、支援システムで得られた緊急連絡先の家族へ連絡した(005)。家族からは「認知症ではない」との情報を得た。指令員は家族に対して現場へ向かってもらうよう依頼した。
接触時の傷病者の状態を表に示す。意識障害、頻脈、高熱、認知症の否定から、感染症によるせん妄状態という別の答えにたどり着くことができた。
003
「認知症の高齢者が徘徊をして転倒。両手から出血がある」
004
出動途上で支援システムによる調査を通信指令室へ依頼した
005
通信指令員は119番切断後、支援システムで得られた緊急連絡先の家族へ連絡した
2)意識障害あり意思疎通が困難だった例。
79歳女性。早朝、通行人が路上で倒れている傷病者(006)を発見した。前額部から出血がある(007)とのことで救急要請があった。現着時、右前額部に3cmの血腫、右頬部及び右手に擦過傷(008)あり。JCSI-2 (Loss of consciousness(+))、呼吸数20/分、心拍数84/分、血圧148/68mmHg、SpO2 97%、体温37.4℃。傷病者は意識障害があり、意思疎通困難。衣類に名前が書いてあり(009)、支援システムによる傷病者情報の調査を通信指令室へ依頼。その結果人物特定に至り、傷病者は独居世帯、認知症で近医掛かりつけと判明。緊急連絡先に記載のあった別居家族に連絡し、市外2次医療機関へ救急搬送。傷病名は顔面打撲。
屋外の意識障害では、傷病者情報が不明で救急隊、医療機関の双方が困ることが多い。本症例では、所持品に書かれた名前からICTを使用して傷病者情報を入手。適切な病院選定、現場滞在時間短縮に寄与した。
006
通行人が路上で倒れている傷病者を発見した
007
前額部から出血が
008
右前額部に3cmの血腫、右頬部及び右手に擦過傷あり
009
衣類に名前が書いてあった
3)発見地点とは別の場所で発見された症例
75歳男性。8月の日中、アパートの前で倒れている(010)のを近隣住民が発見。泡を吹いて会話不能であった(011)ため、救急要請。現着時、座位でおり(012)、意識清明。呼吸数20/分、血圧110/50mmHg、SpO2 94%、体温35.4℃、構音障害(+)、倉敷病院前脳卒中スケール1点、多量の発汗あり。
構音障害があり、会話困難であったため、支援システムによる傷病者情報の調査を通信指令室へ依頼し、人物特定に至る。傷病者の住所は発見地点とは別の場所で、独居世帯ではないため緊急時連絡先の記載はなかったが、掛かりつけ医療機関の記載があったため、救急隊から担当医師へ連絡し、傷病者情報の提供(キーパーソン、現病、既往歴、処方薬)を受けた。脳血管障害を否定できないため、担当医師と協議の末、対応可能な市外2次医療機関を選定した。傷病名は脳梗塞。
本症例は、緊急時連絡先に記載はなかったが、掛かりつけ医療機関の記載により、傷病者情報の提供を受けることで、適切な医療機関の選定に寄与することができた。
010
75歳男性。アパートの前で倒れていた
011
泡を吹いて会話不能
012
現着時、座位であった
3. 考察
支援システム使用の有効性を確認できた症例があるので紹介したい。
84歳女性。認知症があり、主訴は不定愁訴最近複数回の救急要請あり。どちらの事案もバイタルサインに異常はなく、傷病者には認知症があり、主訴は不定愁訴であった。
支援システム | 現場滞在時間 | 受入要請 | 連絡時間 | |
A隊 | 不使用 | 23分 | 3件 | 8分 |
B隊 | 使用 | 9分 | 1件 | 1分 |
B救急隊出動時、通報段階で独居世帯の情報があり、出動途上、支援システムによる傷病者情報の調査を通信指令室へ依頼。掛かりつけ医や搬送歴が判明し、搬送歴のある市内2次医療機関へ救急搬送。
本症例は偶然にも、同一人物の救急事案であるが、支援システム使用により現場滞在時間を14分短縮することができた。また、医療機関への受入要請に関しても、搬送先決定までに7分の時間短縮となった。
当消防本部で活用している支援システムについての概要とそれによる奏功事例を報告した。今後、独居世帯や認知症高齢者が増加し、現状行っている、現場到着前の電話連絡(prearrival call)では通用しない事案が増加すると推測される。これから先の新たな時代は、ICTによって、傷病者情報を活用する救急活動が求められるのではないか。我々救急隊は現着前通話(prearrival call)から現着前情報(prearrival information)を活用するという新たなステージへ向かっていかなければならないのではと考える。
4.結論
(1)当消防本部で活用している高齢者見守り支援システムとそれによる奏功事例を報告した。
(2)現着前通話(prearrival call)から現着前情報(prearrival information)への転換が必要である。
プロフィール
名前:佐々木 寛文(ささき ひろふみ)
sasaki.JPG
所属:総社市消防本部
出身地:岡山県高梁市
消防士拝命年:平成23年
救命士合格年:平成24年
趣味:スニーカー取集
ここがポイント
個人情報のデータベース化を進め、消防から容易にアクセスできるようにした報告である。このようなシステムの構築は以前から行われていて、仕組みもおおよそ似ている。
問題点は二つ。第一に、データベースにない患者にはアクセスできない。患者が違う自治体で迷子になった場合が該当する。データベースの広域化が今後必要になる。第二に、全く手がかりがない場合に使えない。三重県鈴鹿市ではネックレスを配布しつけてもらうことで手がかりを増やそうとしている。
総人口に占める75歳以上の割合は2054年まで増加し続ける。個人情報管理との兼ね合いがあるにせよ、これからは顔認証や指紋認証などの方法で迅速に患者が判明するようになっていくだろうと思われる。
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