月刊消防 2020/10、2020/11
救助の基本+α
解体予定建築物を利用した救助訓練
目次
1.はじめに
今回「救助の基本+α」シリーズを担当させていただきます、山梨県にあります峡南広域行政組合消防本部の消防司令補齋藤幸司と申します。現在、北部消防署で救助係長として勤務しております。
今回投稿させていただくのは、解体予定の旧町役場を活用した訓練についてです。他の消防本部ですとこのような訓練は、定期的に実施しているかと思います。しかし、当消防本部では、これまで解体予定の建物がほとんどなく実施できない状況でした。全国には当消防本部のように、実際の建物を活用した訓練を実施できていない消防本部があるかと思います。今回はこのような消防本部の方々に何か一つでもお役に立つことがあれば幸いです。
2.山梨県峡南地域について
まず初めに、当消防本部管轄の山梨県峡南地域について簡単に説明させていただきます。
峡南地域は、山梨県(001)の南端に位置し5町(002)によって構成されています。人口は約5万1千人で、西側に位置する早川町は、日本一人口の少ない町で知られております。また、面積は約1、060千平方キロメートルあり、東は天子山系、西は3,000メートル級の南アルプス山系に囲まれ、中央には日本三大急流の富士川が北から南へ流れる地域となっております。気象は南北に鰻の寝床のような形となっているため、北と南側地域では月平均気温3℃から4℃の温度差があります。その南北を縦断するように整備されているのが、2020年内に開通予定の中部横断自動車道。また、リニア中央新幹線(リニアモーターカー)も北側を横断する計画となっております。
観光スポットとしては、毎年8月7日(今年は東京オリンピックに伴い10月10日)に開催される市川三郷町の「神明の花火」。「日本さくら名所百選」に選ばれている富士川町の大法師公園の桜。千円札の裏側に描かれている富士山を眺望できる身延町の本栖湖。さらに、日蓮宗総本山の身延山久遠寺、南部町の百八たいの南部の火祭りなどがあります。また、日本一のハンコの町(旧六郷町:現市川三郷町)も管轄しています。
当消防本部の救助出場状況は、交通・水難・山岳・機械による事故が主な出場件数となっており、近年は南アルプスがユネスコ登録され登山客が増えたため、山岳救助件数が増加傾向にあります。
001
山梨県全体図。□が峡南地域
002
峡南地域を構成する自治体。峡南広域行政組合ホームページから引用
3.救助隊の編成
当消防本部の消防職員数は120名、1本部2署1分署3分駐所で管轄しております。救助体制は、2署に救助工作車を配置し、特別救助隊員16名(以下「正隊員」(※1)という。)(003)及び救助隊員37名(以下「準隊員」(※2)という。)により隊編成しており、正隊員、準隊員の全員が兼任救助隊員です。
また、近年増加傾向である山岳救助事案は、2,000メートル以上または特異な場所で事案が発生した場合、特別救助隊及び救助隊で構成された選抜隊が参集し事案対応しています(004,005)。
※1当消防本部では、特別救助隊員を「正隊員」と言います。正隊員は、通常救助事案の対応、緊急消防援助隊への派遣、高山岳救助事案等の活動及び県消防防災航空隊派遣隊員となります。
※2当消防本部では、救助隊員を「準隊員」と言います。上記以外の隊員をいい、正隊員前の準備隊員です。
003
特別救助隊ワッペン
004
当消防本部の山岳救助服
005
山岳用シェル
4.訓練経過
3.に記載のとおり、当消防本部の正隊員及び準隊員は兼任救助隊員で編成されています。よって、救助隊員とはいっても日常業務では、救助業務はもとより警防、救急及び予防業務の全てをこなさなくてはなりません。また、近年、救急出動件数、重大違反に伴う立入検査等が増加しています。それと反比例して救助業務に特化した時間を費やすことができず訓練時間は減少、さらには、訓練時間、救助、火災件数の減少に伴い若年隊員の知識、技術不足が課題となっております。
そこで今回「平成の大合併」で使用しなくなった旧町役場庁舎(006)の解体情報を聞きつけ、役場担当者と綿密な打ち合わせを実施し令和元年8月8日、9日の二日間、解体予定の旧役場庁舎で訓練を実施させていただけることとなりました。
訓練を実施するにあたり、訓練場所周辺の住民へ消防PRのため、また、訓練に対する理解及び安全を確保するため、事前に近隣住民へ通知文を配布し周知しました。
006
旧町役場庁舎の様子
5.訓練目標
当消防本部は平均年齢33.2歳と非常に若い組織です。したがって、経験不足の若手隊員が多いため、基本的でかつ実践的な訓練を経験させたいという目的でこの訓練を計画しました。
本訓練は、当消防本部が実施している毎月一回の正隊員、準隊員を対象とした「月例訓練」と署員のみで実施する訓練とし、できるだけ多くの隊員が経験できるように工夫しました。
また、訓練実施日の二日間は、気温が36℃を超える猛暑日であったため、小隊長はこの悪状況のなか自隊の隊員の体調管理、さらに、いかに効率よく活動できるかを目標としました。
6.訓練内容
⑴月例訓練
ア正隊員
(ア)ブリーチング訓練(007)
(イ)ショアリング訓練(008)
(ウ)木造建物を想定した救出訓練
イ準隊員
建物進入及び救出訓練(009)
⑵署員訓練
ア火災を想定した放水訓練
イガラス等の破壊訓練(010)
ウ建物進入訓練
エ高所からの救出訓練
オ切断器具を活用した切断訓練
カ狭隘空間における特定行為訓練(011)
キCPAを想定したPA連携訓練
007
ブリーチング訓練の様子
008
ショアリング訓練の様子
009
準隊員の基本訓練の様子
010
若手職員によるガラス破壊訓練の様子
011
救急隊と連携した搬送訓練の様子
7.訓練成果
⑴正隊員
ア普段実施している訓練施設ではないため、構造建築物等による活動障害があり、臨機応変に対応することの重要性を感じることができました。
イ想定をブラインド訓練として隊員にストレスを与え、より実践的な訓練を実施することができました。
ウ暗所、狭所に加え猛暑日、そして、耐火造で風の通らない蒸し暑い環境のなか訓練することで、厳しい環境下でも長時間の活動に耐えられる体力及び忍耐力を養えました。
⑵準隊員
ア正隊員と準隊員を分けて訓練を実施したため、各隊員のレベルにあった技術と知識を養うことができました。
イ若年層の隊員は、教科書でしか見たとこのない救助方法等を「見て・聞いて・感じる」ことができ、個々のスキルアップに繋がり隊全体の底上げができました。
ウ訓練施設で行っていた基本訓練を訓練施設以外で実施したことにより、これまでの技術を理解することができ、若手職員の自信に繋がりました。
⑶署員訓練
ア署員全員が訓練に参加したことにより、救助、消防、救急隊の連携した訓練が実施でき、連携活動を見直す良い機会となりました。また、活動の統一性を図ることができました。
イ救急救命士が普段使用しない他隊の資機材に触れることができたこと。また、要救助者役をすることによって、他隊及び要救助者の気持ちを理解することができました。
ウ当消防本部管内は、年間平均30件ほどの火災が発生しており、その中で木造建物の火災件数が大半を占めています。そのため、耐火造の火災戦術や階段を活用したホース延長等が全員で確認でき、隊全体のスキルアップに繋がりました。
8.今後の課題
⑴今後も定期的に他機関と連携を図り、訓練場所の提供の確保に努めていきます。
⑵都市型捜索救助訓練は、反復して訓練を行うことが難しいが、年に数回実施し正隊員のレベルアップを図る必要性を痛感しました。
⑶都市型捜索救助等は、長時間の活動となります。したがって、隊員の体力消耗だけではなく、ビット、切断歯及び燃料等の消費も激しいので、計画的な購入が必要だと感じました。また、隊員の体力消耗については、隊員管理及び隊員管理基準の作成を検討する必要があると感じました。
⑷実施班によっては、救出活動に入る前の建物の状況評価に時間を無駄に要してしまったため、状況評価シートや要救助者状況観察シートの活用等の統一化を図る必要性を感じました。
⑸火災、救助件数減少及び隊員の若年化に伴う育成指導の重要性を改めて感じました。
9.他機関と訓練
今回紹介させて頂いた訓練のほかに、当消防本部では他機関と連携した訓練を実施していますので一部紹介します。
⑴ロープウェイゴンドラからの救出訓練
日蓮宗総本山身延山久遠寺に設置されているロープウェイのゴンドラが、地上20メートル付近で緊急停止しケガ人がいるとの事案で実施しました。
隊員はゴンドラ乗務員の協力により設定された登攀ロープで地上から進入(012)、乗務員と協力して乗客を救出(013)します。この活動は、ゴンドラ常務員の協力が不可欠のため毎年実施しています。
012
ゴンドラへの進入状況
013
ゴンドラからの救出状況
⑵七面山敬慎院の僧侶との連携訓練
日本二百名山の七面山(標高1,989メートル)は信仰の山で、標高1,800メートル付近には敬慎院という宿坊があります。この山には年間を通し多くの登詣者が入山するため、救助事案も多く発生しています。
このことから、敬慎院僧侶と共通認識のもと活動できるようにと合同訓練を実施(014)しました。その結果、負傷者等を僧侶が途中まで担いで降ろしてくれる(015)ようになり、救助までの時間を短縮することができています。
014
僧侶と連携した搬送訓練
015
僧侶が搬送している状況
⑶地元解体業者と連携した木造建物における訓練
地元解体業者の協力により解体予定の木造住宅を提供していただき、火災・救助・救急の総合訓練を実施しました(016, 017)。当消防本部は、木造建物の割合が多いため同内容の訓練を継続して実施していきたいです。
016
木造建物の屋根部から進入する状況
017
狭隘空間における特定行為訓練
10.終わりに
当消防本部は、東海地震の発生が危惧されており、今後起こりうる災害に対応していく必要があります。当消防本部管内は、上記にも記載しましたが木造建物の割合が多いため、まずは木造建物の捜索救助技術を隊員個々がスキルを上げることが大切ではないかと思います。そして、今回の訓練のような耐火造等の救助技術をスキルアップしていく計画でおります。
消防には、災害から住民の生命・身体・財産を守るという使命があります。それには「小規模消防」であることに甘んじてはならないと考えます。私達はプロフェッショナルとして住民からの期待に応える義務があります。想像もできない災害が発生した時に迅速に対応するため、あらゆる非常事態に対応できる体制を追及しなければなりません。
当消防本部のように兼任救助隊で活動している消防本部は、近年の消防業務の増加に伴い、救助隊の訓練等に費やす時間に苦慮していることを思います。そのような中で、訓練時間を構築するためには、今回のように積極的に関係機関と協力し実践的な訓練の場を提供してもらうことが必要です。そして、限られた時間を有効活用するために、様々な業務において効率化を図る必要があると考えます。
これからも、地域住民の期待に応えられるよう個人としても隊全体としても、さらなるレベルアップを目指していきます。
プロフィール
齋藤幸司(さいとうこうじ)
018
職:消防司令補
所属:峡南広域行政組合消防本部 北部消防署
出身地:山梨県富士川町
拝命:平成10年4月
趣味:登山、渓流釣りw、野球、薪割り
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