近代消防 2021/02/10 (2021/3月号)p88-91
救急活動事例研究 47
止血帯(ターニケット)を使用し有効性を実感した3症例
戸嶋一也
荒木廣太
杉本正人
男鹿地区消防一部事務組合消防本部
名前 戸嶋一也
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読み仮名 としま かずや
所属 男鹿地区消防署 天王分署
出身地 秋田県秋田市
消防士拝命年 平成21年
救命士合格年 平成18年
趣味 スイーツ巡り
目次
消防本部の概要
当消防本部は秋田県の西側に位置し、なまはげで知られる男鹿市と隣接する潟上市、大潟村の2市1村を管轄としている(001)。管内の人口は約5万2000人であり、救急隊は7隊である。
はじめに
救急隊の行う外出血の止血に関する処置には、直接圧迫止血と間接圧迫止血がある。直接圧迫止血が困難であれば、止血点を手指で圧迫または止血帯の使用を考慮しなければならない。近年、テロ災害等の事態対処についての対応力向上を目的にターニケットを用いた止血処置が注目されている。
今回、我々は通常の救急活動での止血困難症例に対して、ターニケット(002)を使用した作業事故や交通事故症例を経験したので報告する。
001
男鹿地区消防一部事務組合消防本部の管轄地域
002
使用したゲージ付きターニケット
症例1
平成30年○月70歳男性
掘削工事現場で作業員が旋回した油圧ショベルに左大腿部が接触し受傷したもの(003)。接触時の状況は、顔貌蒼白、冷汗があり、JCSⅡ桁(004)、左大腿部内側長さ10cmの深い挫創で活動性の出血あり。直接圧迫止血を実施し、救急車内へ早期収容した。車内収容後のバイタルサインを表1に示す。
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表1
症例1の車内収容時のバイタルサイン
JCS 30 不穏
呼吸 14回/分
脈拍 66回/分
血圧 81/54mmHg
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003
受傷機転。ショベルに接触した
004
接触時、顔貌蒼白、冷汗があり、JCSⅡ桁
直接圧迫止血では止血困難だったため左大腿近位部に幅12.5cmターニケットを装着した(005)。傷病者接触から4分後、加圧220mmHgで止血が完了した。酸素は毎分10L投与した。増悪するショックと判断し静脈路確保を実施した。医師引継後から徐々に血圧は上昇した。ドクターヘリによって病院搬送となった。傷病名は出血性ショック、左大腿部挫創、大腿骨骨折。重症であった。
005
左大腿近位部に幅12.5cmターニケットを装着
症例2
平成30年○月88歳男性
トラクター(006)の点検中、ロータリー部分(007)に左下肢を巻き込まれ受傷したもの。自力で巻き込まれていた部分を外し帰宅。接触時は居室に仰臥位(008)であった。意識清明、顔貌蒼白、冷汗、苦悶表情。左下腿部内側に長さ15cm幅5cmの開放創があり活動性の出血を認めた(009)。接触から5分後、左大腿部に幅13.5cmターニケット装着し500mmHgの加圧で止血を完了(010)しドクターヘリに引き渡した。傷病名は左下腿部開放創、動脈損傷。中等症であった。
接触時と車内収容時のバイタルサインを表2に示す。収容後に血圧は上昇した。
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表2
症例2のバイタルサイン
接触時車内収容時
JCS 0 0
呼吸 18回/分 18回/分
脈拍 55回/分 59回/分
血圧 95/47mmHg 144/126mmHg
SpO2 99%(room air) 97%(room air)
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006
トラクター全体
007
ロータリー部分
008
接触時は居室に仰臥位でいた
009
開放創の模式図
010
左大腿部に幅13.5cmターニケット装着し500mmHgの加圧で止血を完了
症例3
平成31年○月65歳男性
2tトラックを運転中に防雪柵に衝突し、両下腿が挟まれ脱出不能となったもの(011)。
接触時、傷病者は運転席に坐位でありJCSⅢ桁。両下腿部が車両フロント部分で狭圧され脱出不能であった。
011
トラック運転中に防雪柵に衝突し両下腿が挟まれた
救出に時間を要するためショック症状の増悪を考え特定行為指示と医師の現場出場を要請した。また現場での静脈路を確保し、酸素を毎分10L投与した。救出後の車内収容時、右下腿部内側に長さ15cm幅5cmの挫創(012)があり止血困難であった。右大腿部に幅13.5cmターニケットを装着し加圧500mmHgで止血開始(013)。救出完了2分後に止血を確認した。
搬送途上でドクターカーとドッキングし、救急車へ医師と看護師乗り込み病院へ搬送した。
接触時のおよび車内収容後のバイタルサインを表3に示す。
傷病名は出血性ショック、右下腿開放骨折であった。
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表3
症例3のバイタルサイン
接触時車内収容時
JCS 100 1不穏
呼吸 頻呼吸 30回/分
脈拍 98回/分 88回/分
血圧 左橈骨動脈微弱、右橈骨動脈触知せず 134/106mmHg
SpO2 80% 99%(酸素10Ⅼ投与)
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012
右下腿部内側に長さ15cm幅5cmの挫創。実際の写真
013
右大腿部に幅13.5cmターニケットを装着し加圧500mmHgで止血
考察
平成29年度救急業務のあり方に関する検討会報告書によれば、全国732消防本部のうちテロ災害等を想定した救急資器材(ターニケット等)を配備していると回答したのは32消防本部(4%)であった。
秋田県については秋田県指導救命士会プロトコル班が調査を行なっている(表4)。それによると、過去3年間でターニケットを使用する可能性があった症例は最大40症例発生していた。40症例の受傷部位を014に示す。最多は下腿で21件、次に前腕10件、大腿4件、上腕3件、下肢全体が2件であった。またこの全40症例中25症例、62.5%が開放骨折を伴っており、開放骨折を伴っているものが止血困難であった。40症例のうち救急隊接触から病院到着までに血圧低下していたものが65パーセントあった(015)。
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表4
重症四肢外傷の救急搬送状況調査の概要
調査:秋田県指導救命士会プロトコル班
対象:秋田県内全13消防本部
調査期間:平成27年~29年までの3年間
症例対象:直接圧迫止血困難や動脈性出血等を認めた四肢外傷で重症と診断されたもの
結果:ターニケットを使用する可能性があった症例は最大40症例
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今回ターニケットを使用した3症例では、従来から配備されていた加圧ゲージ付ターニケットの使用により、直接圧迫止血困難な開放骨折を伴う症例でも迅速に出血をコントロールすることができた。調査結果と3症例を経験することによりテロ災害等に限局した考え方にとらわれずに通常の救急活動においてのターニケットの必要性、有効性を実感することができた。
今後新たな救急資器材ターニケットを導入するにあたり、出血の病態と理論やターニケットの使用方法について救急救命士、救急隊員をはじめとした消防職員への教育体制の整備が重要となると考えられた。
014
過去3年間でターニケットを使用する可能性があった40症例の受傷部位
015
40症例での、救急隊接触から病院到着までの血圧の変化。血圧低下していたものが65パーセントあった
結論
(1)従来から配備されていた加圧ゲージ付ターニケットの使用症例を3例経験した。
(2)調査結果と3症例を経験することによりテロ災害等に限局した考え方にとらわれずに通常の救急活動においてのターニケットの必要性、有効性を実感することができた。
(3)今後新たな救急資器材ターニケットを導入するにあたり、出血の病態と理論やターニケットの使用方法について救急救命士、救急隊員をはじめとした消防職員への教育体制の整備が重要になる。
ここがポイント
ターニケットはオリンピック用に軽い使い捨て製品が普及しているが、以前から救急外来では手っ取り早く血圧計のマンシェットを巻いて止血していた。この報告で使われているのもマンシェット型のものである。
現在の消防庁のテキストでは「小児に対しては、使用しない」とある。だが日本以外ではターニケットに年齢制限はない。小児であっても爆弾で吹き飛ばされることがあるからだ。もしもに備え日本でも対象患者を広げるべきと思う。
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