近代消防 2022/10/11 (2022/11月号) p78-80
救急活動事例研究 66
9歳男児の破傷風
名護市消防本部 當銘 伸吾
9歳男児の破傷風
當銘伸吾
名護市消防本部
著者連絡先
名護市消防本部
所在地: 〒905-0019 沖縄県名護市大北3丁目31−50
電話: 0980-52-1142
目次
はじめに
破傷風とは、傷口に入り込んだ破傷風菌が毒素を放出することで特有の症状(開口障害、強直性痙攣など)を引き起こす疾患である。外傷による創傷のほか、熱傷、凍傷、咬傷などからも菌が侵入し、軽微な外傷、虫歯などからも発症することもある。症状は、大きな音や体動、冷気や光などの感覚刺激によって、全身強直(後弓反張)を誘発、増強する。重篤な場合には呼吸停止により死亡する。意識障害はなく、強い筋収縮が生じると痛みが伴い、腱反射の亢進やバビンスキー反射などの病的反射も認める。日本における破傷風の年間報告数は120例程度で死亡数は年間10名程度発生している。世界では年間100万人が発症し、30万~50万人が死亡している。地震や津波などの自然災害の後に増加する傾向にあり、2011年3月に起きた東日本大震災時でも、10例ほどの破傷風症例が報告されている。
直近5年間の破傷風発生状況を図1に示す。全国が青色で、赤が沖縄県である。年齢分布では、60~70代以上が多くを占め、予防接種が開始された40代以下は少なくなっている。10歳未満の事例では2006年に4歳男児、2008年に2歳女児の報告がある。
今回、小児の破傷風症例を経験したので報告する。
図1
直近5年間の破傷風発生状況
症例
9歳男児
覚知は某年某日07:54。2−3日前から体調不良があり、昨日19時頃から発熱(体温計なし)と呼吸苦があり改善せず、今朝から開口障害も出現したため救急要請したものである。なお会話は可能とのことであった。患児の自宅での要請だが携帯電話の不感地帯である。救急隊3名で出場した。
現着まで約20分。プレハブ内にテントを張った、暗く劣悪な環境の中で患児は仰臥位(001)でいた。傷病者は全体に不潔で洋服も汚れていた。意識レベルは清明。橈骨充実、冷汗、熱感なし。項部硬直(002)、痙笑(003)、開口障害・嚥下障害を認めた。全身を見ていくうちに、左下肢の絆創膏に気付いた。絆創膏はは乾燥していて何日も取り替えていない様子であった。絆創膏を剥ぐと左膝下に約5cmの開放創があった(004)。この開放創は1~2週間前にカマで切ったとのことであった。この時点で破傷風の可能性を考えた。
現場環境が悪く車内収容を優先し、接触から3分で車内収容した。現場から車内に移動する際に後弓反張(005,006)を認めたため、隊員が用手にて搬送(007)した。呼吸苦を訴えたためネーザルカヌラを用い酸素毎分2Lで投与し呼吸苦は改善した。心電図モニターでは洞性頻脈であった。
搬送中および病院到着時には呼吸、脈拍数は落ち着いてきており、他は特に大きな変化はなかった。項部硬直は継続、後弓反張は改善していた(表1)。
患児は病院到着後に三次医療機関へ転院搬送され、気管切開での呼吸管理を受けていたが回復し退院した。その後の経過は再診していないため不明である。
考察
呼吸苦での救急要請だったが、傷病者症状(痙笑・嚥下・開口障害)に違和感を感じ破傷風を疑うことができた。しかし反省点として、隊長の私だけが破傷風を疑い、隊員間への情報共有を怠っていた。後弓反張が出現した時点で呼吸停止の可能性があったことを考えると、隊員館へ情報共有し活動する必要があった。患児の意識レベルは清明で常に呼びかけはしていましたから呼吸停止になるというのは予想できなかった。
小児の破傷風は減少傾向にあるが、今後同様の事例が発生した場合には、現場状況から外傷後の感染症も念頭に入れ今後の活動に活かしていきたい。
001
暗く劣悪な環境の中で患児は仰臥位。左下腿前面には絆創膏。再現写真
002
項部硬直。再現写真
003
痙笑。再現写真
004
左膝下に約5cmの開放創。青矢印。実際の写真
005
後弓反張。実際の写真
006
後弓反張。実際の写真
007
用手にて搬送。再現写真
表1
バイタルサインの推移
車内収容時 |
搬送中 |
病院着前 |
|
意識レベル |
クリア |
クリア |
クリア |
呼吸 |
42回/分 |
30回/分 |
24回/分 |
SPO2 |
99RA |
98%(2ℓ) |
98%(2ℓ) |
脈拍 |
137回/分 |
116回/分 |
120回/分 |
血圧 |
120/90 |
130/90 |
120/80 |
体温 |
36.7℃(非接触) |
36.8(腋窩) |
|
瞳孔 |
両側3.5mm 対光反射あり |
||
心電図 |
洞性頻脈 |
洞性頻脈 |
洞性頻脈 |
ここがポイント
小児破傷風の症例報告である。破傷風はどうということもない小さな傷から発症し、病期当初は筋肉の硬直や痙攣による呼吸停止が、病期中期には血圧や脈拍の乱高下による循環虚脱と敗血症が死因となる。破傷風から回復し人工呼吸器から離脱できても、長期臥床による関節拘縮により長期のリハビリは避けられない。私も集中治療室にいた頃に2例破傷風を経験したが、それはそれは大変だった。
報告にあるように破傷風は特徴的な症状を呈するが、知識がなければ破傷風とは思いつかないだろう。読者諸兄もこの報告で勉強していただきたい。
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