近代消防 2022/11/11 (2022/12月号) p78-81
「現場のニオイ」を言語化する:救急活動リフレクションシート
南波慶己
久留米広域消防本部
目次
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1.はじめに
私が新人の頃、先輩方は「現場のニオイ」をよく口にしてました。ファーストコンタクトだけで、「なんかヤバそう。」「急ぐぞ!」と判断していた先輩方は、何をもって判断しているのか当時の私には理解できませんでした。そこには何らかしらの情報、新人が理解不能な何かがあるのではないか。それを言語化して欲しいといつも考えていました。
今では、指令内容、ファーストコンタクト(表情や顔色)、過去の経験から、あの時先輩方が口にしていた「ニオイ」を感じています。この「ニオイ」を救急隊員にも伝えたい、経験の浅い隊員が感じる漠然とした「感じ」を言語化することではっきりと「現場のニオイ:感じるようになってもらいたい。その思いから「救急活動リフレクションシート」(REFシート)を考案しました。
このREFシートを用い、外からではなく自らの意思で事後検証を行うことで、自らが課題を見つけ改善していく姿勢を身につけて欲しいと考えています。
2.救急活動リフレクションシート*
REFシートはエクセルシートで作られています。現場活動を、出動途上、活動初期、中期、後期に分割し各シーンにおける思考のプロセスを「言語化」し、最後にリフレクション(振り返り)を記入するものです(001)。現場活動の部分はチェック方式にしており(002)、該当する項目をダブルクリックすることで黄色に塗りつぶされます(003)。
このシートはA4用紙4枚構成となっています。各活動区分を説明します。
001
REFシートの概要
002
現場活動の部分はチェック方式になっている
003
ダブルクリックすることで黄色に塗りつぶされる
(1)出動途上(004上)
指令内容やプレアライバルコールにて得られた情報を基に、どのような現場をイメージし、どのような疾患を想定したかをチェックします。
例として提示している表は「70歳代男性突然倒れた。現在意識回復。」との指令内容から、当出動隊は、脳、循環器、代謝内分泌疾患、失神を想定しています。
004上
出動途上の部分
(2)活動初期(004下)
ファーストコンタクトで得られた情報から、緊急度重症度を判定し、開始された処置をチェックします。
004下
活動初期の部分
(3)活動中期(005)
接触後に得られた現病歴や既往歴の情報やバイタルサインから想定された疾患をチェックします。ここでの想定疾患が重要なポイントであり、その後の観察や問診の内容が決まることとなります。当出動隊は、『傷病者はトイレ内で倒れ、数秒間の意識消失、徐脈、低血圧、以前も同様の症状の経験あり』との情報から脳神経系疾患、神経調節性失神を想定しています。
005
活動中期の部分
(4)活動後期(006)
想定された疾患を鑑別するために実施した観察の陽性所見及び陰性所見をチェックします。そして、最終的に想定した疾患及び実施した処置や搬送先医療機関をチェックします。
当症例は結果的に大動脈解離スタンフォードAでした。出動隊は、脳神経系疾患、神経調節性失神のみを疑っていたため、大動脈解離を想定した観察、(脈拍の左右差や痛みの移動など)の情報を収集していないということがわかります。
006
活動後期の部分
(5)リフレクション(振り返り)(007)
別紙の『鑑別疾患一覧』や『症候別ポイント』を参照しながら活動の振り返りをおこないます。
007
リフレクションの部分
3.使用した感想
救急隊員118名を対象に、令和2年6月から2か月間の出動事案に対して、REFシートを用いた検証を依頼し、シートの有用性や使用前後における変化を無記名式アンケートにて調査しました。シートを用いた検証が3回未満の隊員は調査から除外しています。検証から2か月後、隊員の行動変容について、指導救命士(9名)による評価を依頼しました。
結果として、ほぼ100%の隊員が非常に有効または有効と回答しました(008)。次に、「何を得る(学ぶ)ことができたか?」との問いには、「自隊振り返りの重要性を認識した」との回答が(009)、「使用後の思考の変化」については「鑑別疾患を多く意識するようになった」との回答が最も多く寄せられました(010)。
利便性については「非常に使いづらい」「使いづらい」が合わせて37%あり(011)、1事案あたりの記入所要時間については「30分以上」が73%ありました(012)。REFシートはチェック項目が細分化されており、煩雑で時間を要すことから、利便性に配慮した改訂を進めています。
そして、REFシートを作る目的であった教育については、指導救命士の意見として、活動中におけるコミュニケーションが活発になった、隊員が行動前に自らの判断根拠を述べるようになった、検証会において揚げ足取り的な議論が減ったなど、肯定的意見が多くみられました。
008
有用性
009
何を得る(学ぶ)ことができたか?」
010
使用後の思考の変化
011
利便性
012
1事案あたりの記入所要時間
4.作成者から
隊員たちには、「REFシートの目的は想定傷病名と確定診断名を一致させることではない」ことを強調しています。我々救急隊の目的は、迅速に適切な医療機関へ搬送することです。その際に最も注意すべきことは何か。「それはアンダートリアージを極限までなくすこと」です。鑑別(想定)すべき疾患がわからなければその疾患に応じた観察をしない。観察をしなければ所見が取れない。所見が取れなければ判断ができない。これらを理解して上で使用することが重要です。
私自身、REFシートの普及が最終目的ではなく、REFシートを用いることで皆が時間軸に沿った検証を習得することと考えています。この検証方法を習得できれば、(項目を埋めていくだけの)REFシートは必要ないと思っています。なぜその疾患を想定したのか。なぜ緊急度が高いと判断したのか。この症状(身体所見)の時に鑑別(想定)すべき疾患は何か。根拠を説明できるようになれば良い。その思考過程を会得するためのツールとしてREFシートが存在するとと考えています。
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座長コメント
O15-7
●受動的事後検証から能動的事後検証へ ~救急活動リフレクションシートの考案と効果~
救急活動の質を向上させるためには、隊員間の連携が必要不可欠であり、この連携は、傷病者に抱く病態のイメージがどれだけ共有できているかが鍵となる。今回提案された「救急活動リフレクションシート」は、救急活動を各場面に分け、隊員が活動中に感じた思考を見える化し、傷病者に抱く病態のイメージのズレの検証を試みており、隊員間の活動を振り返るきっかけ作りとして、非常に効果的と感じる。また、合わせて各場面の隊員個人の判断根拠を検証することができ、何が足りて、何が足りていなかったかが、形として確認できるため、今後の教育ツールとしての将来性を感じさせるものがある。ただ、この検証方法は時間を必要とすることから、隊員のモチベーションを維持する工夫が必要となろう。そのため、自分たちの行動変容が、救急活動時間をどう変化させたかなど、見えて実感できる検証を加えると、隊員のモチベーションの維持に繋がり、より効果的な検証に発展するだろう。
プロフィール
・名前:木嶋 浩之(きじま ひろゆき)
・所属:高崎市等広域消防局 高崎北消防署群馬分署 係長代理(消防司令補)
・出身地:群馬県前橋市荒子町
・消防士拝命:平成18年4月1日
・救命士取得:平成26年救急救命士国家試験合格
・趣味:ダンス、散歩
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