231125救助の基本+α(79)燃料電池自動車への対応 豊田市消防本部 寺村裕弥

 
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基本手技

月刊消防2023年03月号, p20-24

目次

プロフィール

【プロフィール】
氏 名:寺村 裕弥(てらむら ひろみ)
所 属:豊田市消防本部中消防署1課 救助担当
出身地:滋賀県長浜市
拝命日:平成27年4月1日
趣 味:野球

月刊消救助の基本+α   第79回 燃料電池自転車への対応

 

 

1.はじめに

豊田市は「クルマのまち」として世界にその名を知られる産業都市でありながら、四季を通じて変わりゆく美しい自然に囲まれた広大な都市です。現在人口約42万人、面積918.32k㎡で愛知県のほぼ中央に位置し、長野県に源を発する矢作川が南北に流れ、市域は、東・北部の三河高原を形成する山間部と、西・南部の西三河平野につながる丘陵・平野部からなり、標高3.2mから1240mに至る変化に富んだ地形条件を有しています。

当消防本部は1本部、4消防署、5分署、7出張所で、消防職員数は536名で各種災害に対応しています。管轄区域には、東名高速道路、新東名高速道路、伊勢湾岸自動車道、東海環状自動車道、といった高速自動車国道及び一般国道の自動車専用道路の出動エリアが総延長距離にして約400kmあり、多種多様な交通事故の発生が懸念されます。

令和2年度救助技術の高度化等検討会報告書「次世代自動車事故等に対する活動技術の高度化について」を受け、当消防本部の取り組みを御紹介します。

2.燃料電池自動車研修の受講

(1)トヨタ自動車株式会社での研修

令和3年6月3日、22日の2日間、トヨタ自動車株式会社の協力で燃料電池自動車による事故等に対する災害対応力の向上を目的とし、燃料電池自動車についての座学と実車(MIRAIカットモデル)を使用した構造説明を学ぶ研修を受講しました。詳細については、各項目を御覧ください。

 【001研修を受講する様子】

 

ア燃料電池自動車(FCEV=Fuel Cell Electric Vehicle)について

近年では、水素をエネルギーとした燃料電池の普及が進んでいます。燃料電池は、水素と空気中の酸素を化学反応させて電気を発生させます。燃料電池自動車は、その電気でモーターが駆動することで車両が走行し、エネルギー効率が高く、反応の際に水しか発生しないため、環境負荷が小さい車と言われています。


(002燃料電池自動車の仕組み)

 

燃料電池自動車にはエンブレムが表示されてます(003,004燃料電池自動車のエンブレム。2種類ある)。その他のハンドルやタイヤは他の方式の自動車と同じです。

高圧水素タンクは後部座席の下から後輪車軸の上部に搭載されており、圧力は70MPaです。高圧水素タンクは、水素が漏れにくい構造でガラス繊維強化プラスチック層、炭素繊維強化プラスチック層、プラスチックライナーの3層構造が採用されており、変形・破損しにくい特徴を有しています。また、高圧水素タンクの近くには水素検知器が搭載されており、高圧水素タンクや配管から水素漏洩を検知した際は、すぐに高圧水素タンクや配管のバルブを閉鎖し、運転者へ警告する仕組みになっています。さらに、車両前方等には衝突センサーもあり、想定以上の衝撃を感知することでバルブが閉鎖します。高圧水素タンクや配管は車室の外に取り付けられており、水素が漏れても車内に残らず、車外に拡散するようになっています。なお、水素配管は他の配管との識別のため赤色に塗装されています(005)。

万が一、車両火災が起きた場合、高圧水素タンクが破裂するのを防ぐために、溶栓弁がつけられています(006)。高圧水素タンクの温度が上がり、溶栓弁が約110℃まで加熱されたら、溶栓弁先端の金属部分が溶けて水素が噴出する仕組みです。

新型MIRAIの高圧水素タンクは運転席と助手席の間、後部座席の座席下、車両後部の3箇所に積載されています。

     【005新型MIRAIのカットモデル】

 

【006高圧水素タンクの水素噴出口と溶栓弁】

 

イ水素について

 

007水素の特性。他の気体との比較

水素の特徴は、空気より非常に軽く、毒性はありません。無色、無臭のため漏洩に気付くことは困難である(007)ため、水素ガス検知器等で検知する必要があります。当消防本部では、複合型ガス検知器(新コスモス電機株式会社XP-302M)で水素を測定した際の換算表を積載することで対応しています(008)。

水素は燃焼範囲が広く、最小着火エネルギーは小さいため、少しの火花で着火します。しかし、非常に軽く拡散が早いので、短時間で燃焼範囲外になります。

 

ウ水素漏洩・火災

水素の火炎の特徴は、火炎温度が約2000℃に達するにも関わらず、周囲への輻射熱が少ないため、近づくと急に高温になります。また、無色で認識が困難です。

出場指令時に燃料電池自動車にかかわる事故と判明した場合は、複合型ガス検知器、防爆ライト、送風機、高圧用電気絶縁手袋、熱画像直視装置を準備します。部署位置は水素ガスの漏洩を考慮して風上、風横の危険が少ない場所を選定します。

現場到着後、車両のエンブレムを確認し、燃料電池自動車であることを確認します。その際に火災と判断したら、熱画像直視装置で火炎の範囲を確認し、筒先部署位置を選定します。水素噴出方向に建物等がある場合、火炎噴出による延焼危険を考慮した筒先を最優先で配備します。高圧水素タンクから地面に対して斜め50°に噴出している水素ガスが燃えた際の火炎長は約4m、直径は3.5mになります(009)。ただし、車両が横転していた場合など、条件が変わると火炎長は約11.9mになるため注意が必要です。必要に応じて交通規制を実施し、車両に接近する場合は、風向、風速、地形、噴出方向、火炎長を考慮します。また、併せて消防警戒区域の設定も実施します。

 

009高圧水素タンクから地面に対して斜め50°に噴出している水素ガスが燃えた際の火炎長は約4m、直径は3.5mになる

放水する場合、少量放水では再燃の恐れがあるため大量放水を実施します。溶栓弁が作動していない場合、高圧水素タンクへの放水を優先します。高圧水素タンクへの放水は後輪のタイヤハウスまたは、床下から実施します。周囲への延焼防止に努めて、水素ガスの火炎が自然に収まるのを待ちます。水素漏洩している際に、風速10m/秒で送風すると、車両周辺の水素ガス濃度は燃焼下限界である4%未満に低減できます。漏洩が停止できずに救助活動する際は、送風機が有効です。また、加熱された高圧水素タンクを常温に戻すことで強度を保つことができるので、鎮火後も積極的に放水し冷却することが必要です。

隊員は、水素ガスが残留していないか確認を行う必要があります。測定する際は、高圧水素タンク、水素燃料配管付近を中心に測定します。水素ガス濃度が1%以上の場合は、直ちに報告し、風向、風速などを考慮し、車両から離れた位置で送風機や放水によって、水素ガスの拡散・排除を行います。

鎮火後、緊急に電路を遮断する必要がある場合は、水素ガス濃度測定と送風機による拡散を実施しながら、高圧用電気絶縁手袋を使用して電路を遮断します。事前にヒューズボックスの位置や、電路を遮断する方法を確認しておくことが必要です。消防警戒区域の必要がなくなったときは、水素ガス濃度が1%未満であること、高圧水素タンクの温度が常温程度であること、安全な車両の移動手段及び保管場所が確保されていることを確認し、消防警戒区域を解除します。

(2)水素ステーションでの研修

令和3年10月13日に、東邦ガス株式会社と合同で水素ステーションによる事故等に対する災害対応力の向上を目的とした訓練を実施しました。

実際に設備を見学して取り扱い方法の説明を受ける(010)ことで、事業所の初期対応を把握することができました。また、事業所と消防の連携活動や営業時間外の災害に対する消防の注意点を確認しました(011)。

【010実際に設備を見学して取り扱い方法の説明を受ける】

 

【011事業所と消防の連携活動や営業時間外の災害に対する消防の注意点を確認】

 

 

 

 

3.燃料電池自動車事故対応訓練の実施

(1)車両火災訓練

乗用車同士の衝突事故で火災が発生し、事故車両の1台は燃料電池自動車という想定で訓練を実施しました。実際に火災を発生させることは困難であるため、水素ガスの漏洩音を空気ボンベで再現し、噴出火炎長を道路に記載(012)する等、工夫しながら訓練を実施しました(013、014)。

今回実施した訓練は、当消防本部内で研修資料として使用するため、訓練中にナレーションで説明を入れた活動を映像でも記録しました。

 

 

(2)交通救助訓練

交通救助訓練は、燃料電池自動車(MIRAI)を使用し、令和2年度救助技術の高度化等検討会報告書「次世代自動車事故等に対する活動技術の高度化について」に記載されている救助活動手順のフローチャートを元に救助活動を開始するまでの手順を確認しました。

パワーポイントによる説明と実際に燃料電池自動車を使用(015)し、パワースイッチ、ヒューズボックス、12Vバッテリー(016)、サービスプラグの位置を確認(017)し、アクセスする方法を習得しました。

【015パワーポイントと実車で確認している様子】

【016ヒューズボックス、12Vバッテリーを確認している様子】

      【017サービスプラグを確認している様子】

4.おわりに

次世代自動車の交通事故現場において救助活動を的確に行うためには更なる知識及び技術の習得が求められます。当消防本部はトヨタ自動車株式会社、東邦ガス株式会社と連携し、研修や訓練の実施内容を本部内で共有することで、災害対応力の向上を図っています。

今後、次世代自動車の普及が進む中で、この投稿が皆さんの災害対応力の一助になれば幸いです。

車両火災訓練の映像を御覧になりたい方は、下記のURLに投稿しています。

【月刊消防/2023年03月号 動画】東京法令出版

※本文及び動画内で使用した用語については、研修開催時の用語であるため、変更している可能性があります。

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