231215_VOICE#87_天敵

 
  • 210読まれた回数:
主張

月刊消防 2023/04/01, p55

月刊消防「VOICE」

松枝 輪太郎(マツエダ リンタロウ)
所属 松本広域連合丸の内消防署
平成4年12月20日生まれ
出身 長野県安曇野市
平成25年 消防士拝命
令和2年 救命士合格
趣味 カラオケ、動物の世話

 

天敵

長野県の中でも田舎色の強い土地で、農家に生まれ育った私にとって蜂は、昆虫の中でもひときわ身近な存在である。春になると家の軒裏には大小いくつもの蜂の巣が出来上がる、隣人以上同居人以下の存在である。時に彼らは玄関など人が多く通る場所にも巣を作ることがあるため、その時は仕方なく蜂に殺虫剤を浴びせてから、作った巣を棒などで落とす。もっぱらこの作業は家族の中で一番背丈のある私の役目であった。そんな環境で育ったため、蜂に対しては人よりも強気で接することができ、そんな自分が自慢でもあった。

しかし、蜂に対する私の強気な姿勢は、一昨年おきた2つの出来事によって、いとも簡単にひっくり返ったのである。秋に脱穀を終え、米袋を土蔵へ運んでいる時のこと。右手首に激痛が走った。スズメバチに刺されたのだ。辺りをよく見ると、土蔵の軒裏のすきまから出入りする無数のスズメバチがいた。今までミツバチやアシナガバチなどには何度も刺されたが、スズメバチに刺されるのは初めてだった。刺された瞬間の痛みもさることながら、その後の腫脹と掻痒の程度は今までに経験した蜂刺されよりも明らかに強力なものであった。加えて、刺されてから丸2日間は38度台の発熱が続き寝込んでしまった。幸いにもアナフィラキシー症状はでなかったが、二度目に刺されたときの方が危険だと聞く。私は幼少期にアトピーや小児喘息に罹患したことがあるため、一度目がこれでは次に刺されたときのことを考えると不安で仕方がない。

また別の日、私が救急隊員として勤めている時に、“男性がスズメバチに刺され意識がない”との通報内容の救急要請があった。現場に到着した時、男性はすでに心肺停止となっており、私たち救急隊は心肺蘇生と除細動などの応急処置を実施して病院へ搬送した。後日、収容先の病院からその男性についての情報提供があり、男性が蜂刺されによるアレルギー反応によって冠動脈攣縮をきたし急性冠症候群を発症するコーニス症候群が原因で心肺停止となったことを知った。コーニス症候群は医療従事者の中でもあまり認知されていない疾患であり、蜂刺されによるものは全国的にも珍しい事例であったため、私はこの事例について全国救急隊員シンポジウムで発表することにした。発表するにあたり、コーニス症候群についての過去の事例や論文などを調べていくうちに、スズメバチに一度刺されている身として、この疾患を人一倍恐ろしいものに感じた。特に、急性冠症候群だけでなく、脳梗塞を発症した事例や、腸管虚血や下肢動脈閉塞など、全身の臓器血流障害が起こり得るという論文を読んだ時には背筋の凍る思いであった。

万が一、私がもう一度スズメバチに刺されるようなことになれば、アナフィラキシーショックにより喉頭浮腫を発症して窒息するか、コーニス症候群により急性冠症候群を発症するか、さもなければ脳梗塞を発症して植物状態になるに違いない。そうならないためには、彼らを怒らせないよう戦々恐々と生きていくほかに選択肢はあるまい。

本稿では、自身の経験を基に、蜂刺傷に伴う急性冠症候群(コーニス症候群)について、読者の皆様と情報共有したいと考え題材とした。蜂の活動が活発になる季節を控え、参考にしていただければ幸いである。

主張
スポンサーリンク
opsをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました