近代消防 2023/12/11 (2024/01月号) p77-9
クッシング潰瘍を合併した脳梗塞の一例
森 博
横須賀市消防局
目次
はじめに
クッシング潰瘍とは、頭蓋内圧亢進に伴って生じる胃十二指腸潰瘍を指す1)。急性胃粘膜病変であり、ストレス性潰瘍の一種と考えられている。私は脳梗塞を発症後に吐血を合併した一例を経験したので報告する。
症例
80歳女性。ADLは自立で、普段は車の運転や、仕事もしている。既往は心房細動で通院加療中。最終の健常確認時刻は前日の22時頃の就寝前と夫から聴取した。
覚知は某日8時30分。指令内容は「80歳女性、吐血、呼吸苦、意識状態が悪い、既往に心疾患」との通報内容であった。
接触時、傷病者は2階寝室ベッド上に布団をかけている状態で仰臥位であった。周囲に乾いたコーヒー残渣様の吐血痕を確認した(001)。吐血は顔面周囲と敷布団に付着していたが、吐血量は、さほど多くはない印象であった。第一印象から緊急性が高そうであり、処置介入の必要があると判断した。
観察結果を表1に示す。気道は開通していたが、頻呼吸で不規則なリズムであった。四肢末梢にチアノーゼを認めた。意識レベルⅢ-300、体幹部に熱感を認めた。
用手により気道確保し、AEDパッドとSpO2プローブを装着した上でリザーバー付き酸素マスクで酸素を毎分10L投与した(002)。心電図はパッド誘導で陰性T波を確認した、SpO2はルームエアで90%であったが酸素投与により99%まで上昇した。
吐血による循環血液量減少性ショック、または感染症による敗血症性ショックと判断し救命救急センターに収容を依頼した(003)。
車内収容後のバイタルサインを表2に示す。心肺停止に移行する可能性があることを考慮し、家族を乗せてすぐに直近の救命センターに搬送した。瞳孔や詳細な全身観察を実施する前に病院到着している。時間経過を004に示す。
病院での頭部CT上では、左右の大脳領域に脳梗塞を認めた。また胸部CTでは肺水腫も認めた。
001
傷病者は仰臥位。周囲に乾いたコーヒー残渣様の吐血痕を確認した
002
酸素を毎分10L投与
003
救命救急センターに搬送した
004
時間経過
表1
観察結果
表2
車内収容後のバイタルサイン
考察
過去5年間、横須賀市消防局が搬送した事案で脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血等、傷病名が脳卒中の症例の中で吐血を合併していたものを表3に示す。5年間で脳卒中は3786件であり、そのうち吐血を伴っていたものは29件、割合は0.77パーセントであった。
この吐血症例29件の観察結果を005に示す。意識レベルⅢ桁が圧倒的に多く、他の観察所見でも麻痺、瞳孔などの神経学的症状以外に、血圧、呼吸、体温の異常やSpO2の低下を認めることが多いことがわかる。このため、重症の意識障害ほど緊急性が高いと判断し、神経症状の評価は実施せず酸素投与して直ちに搬送している事案が多く、また症例数の半数近くは診療科目を内科で選定していた。また、この吐血症例29件の中で、脳卒中の発症直後に吐血した例はなかった(表4)
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表4
脳卒中と吐血を合併した例
1)脳卒中発症から数時間経過して吐血したもの
・訪問ヘルパーや看護師が訪れたところ、意識なく吐血をしている傷病者を発見
・家族が様子を見に行ったところ、意識なく吐血をしている状態を発見
・屋外転倒、頭部を受傷して自宅に帰ってきたが翌朝に吐血をしている状態で発見
2)意識障害進行により吐血したもの
・接触時には、激しい頭痛、嘔気を訴えており意識レベルⅠ桁→意識レベルⅢ桁に容態し吐血
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本症例では「吐血」というキーワードから消化管出血を想起し、「消化管出血に伴う出血性ショック」を強く疑った活動となり、脳卒中を疑う観察をしていなかった。しかし循環血液量減少性ショックにしては出血量はさほど多くないこと、発熱からは敗血症性ショックを考えるがウォームショックとならずに四肢末梢チアノーゼがあったことなど、想起した病態とは異なる観察結果に疑問を持っていた。瞳孔所見やバビンスキー反射など、神経症状を含めた観察を行っていれば、吐血があっても臨床推論の一つとして脳卒中を考慮することができたと考える。また本症例では呼吸に異常が見られた。あらゆる内因性疾患から外傷に至るまで、呼吸の観察について、もっと重要視しなければならないと感じる。
表3
横須賀市消防局が搬送した事案で傷病名が脳卒中の症例の中で吐血を合併していたもの
表4
脳卒中と吐血を合併した例
文献
1)Am J Surg 1988 Dec; 156(6):437-40
ここがポイント
クッシング潰瘍は中枢神経病変に伴って起きる胃十二指腸潰瘍を指す。臨床をやっていた頃は全く見たことがなかったのでまれな疾患と思っていたが、病理解剖を行うようになって、死亡者のほぼ全員に粘膜下出血が見られることからごくありふれた病態なのだと思うようになった。死ぬことがその患者にとってストレスなのかは場合によるだろうが、中枢神経の異常には違いないだろう。
死亡時にできる胃粘膜病変は、胃体部に多く、ほとんどは面積がわずかであるが、1割弱の患者では胃粘膜全体に粘膜下出血が見られる。また胃の内腔に出血し血餅が粘膜についている例も経験する。救急隊が遭遇することはまれだとは思うが覚えていてもいい病態である。
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