近代消防 2024/02/11 (2024/03月号)p60-3
気道異物除去について
目次
1.はじめに
この度執筆させていただくこととなりました、神奈川県伊勢原市消防本部に勤務しております菅原大樹と申します。
今回のテーマは「気道異物除去」です。救急活動の中で、あまり実施する機会は割合的に少ないと思いますが、容態悪化を防いだり、心肺停止の原因を取り除くためにも重要な処置のため、改めて基本的な知識と手技をご紹介させていただき、現場で自信を持って実施できるようになっていただけたらと思います。
伊勢原市は、神奈川県のほぼ中央に位置し、人口は101,495人(令和5年12月1日現在)で、ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンにも紹介されました大山があり、紅葉の時期には多くの観光客が訪れます(001. 002)。組織は、1本部1署2分署で、職員数は127人、救急救命士は37人、令和5年中の救急出動件数は5,902件になります。
001
大山
002
伊勢原びより。伊勢原市公式インスタグラム
2.気道異物とは
気道異物とは、咽頭、喉頭から気管支に至るまでの気道にとどまる異物を意味し、異物の性状やとどまる部位によりその症状は異なってきます。
食事中や処方薬などを服用中の激しい咳き込みや突然の呼吸困難がみられる場合は、気道異物を念頭に置き活動します。特に、発声不能の場合やチアノーゼがみられる場合には、気管分岐部より上の上気道閉塞が考えられ、気道が完全閉塞すると換気が不可能となるため、迅速な対応が必要となります。
日本では、窒息は冬に多い傾向があります。これは、正月に食べる餅が影響していると考えられています。また、5分以内に異物除去すれば死亡率は約6%に留まりますが、気道閉塞時間が6~10分になると死亡率は20%に跳ね上がるため、できるだけ早く異物を除去することが重要となります。そのため、119番入電時に気道異物が疑われる場合には、口頭指導で異物除去を指導することが必要になります。さらに、乳幼児と高齢者共通で、窒息しやすい食べ物の制限や食材の切り方の工夫などとともに、乳幼児では、口に入る小さな物を遠ざけるなど予防策も重要となってきます。
3.用手的気道異物除去
(1)適応
意思疎通が可能の場合は、まず傷病者自身の咳で喀出させるように努めます。傷病者自身で喀出不可能であれば、背部叩打法と、腹部突き上げ法または胸部突き上げ法を組み合わせて行いますが、どちらか一方の手技が無効の場合にはもう一方の手技を試みます。また、手技を実施する前に、傷病者に「喉に詰まったものを取り除きます」など、声掛けをしてください。
処置中に反応がなくなった場合は、直ちにCPRを開始しますが、人工呼吸の際に口腔内の異物が視認できる場合は指拭法を実施します。
(2)禁忌
乳児、妊婦、極度の肥満者に腹部突き上げ法は禁忌です。
(3)方法と手順
1)背部叩打法(003)
左右の肩甲骨の中間あたりを手掌の基部で連続して叩き、気道異物を除去する方法です。比較的手技が容易で、合併症も少なく、あらゆる年齢層において実施できますが、喀出力が弱く効果が不十分なことがあります。
003
背部叩打法
2)腹部突き上げ法(004)
上腹部を圧迫し横隔膜を挙上させることで、胸腔内圧の上昇を図り、上気道の異物を除去する方法です。
傷病者の背後に位置し、片方の手を傷病者の脇の下を通して握り拳にします。握り拳の母指側を傷病者の臍部やや上方で、剣状突起より十分下方の腹部正中に当てます。その握り拳をもう一方の手掌で包み込むようにつかみ、素早く手前上方に向かって圧迫するよう突き上げます。この手技を連続して実施します。
004
腹部突き上げ法
3)胸部突き上げ法(005)
妊婦や極度の肥満の傷病者に対しては、腹部突き上げ法の代わりに胸部突き上げ法を行います。
傷病者の背後から、両手を傷病者の両脇の下を通して前胸部に回します。片方の手は手掌側が内側にくるよう握り拳を作り、胸骨の下半分(胸骨圧迫の位置)に置きます。その握り拳をもう一方の手掌で包み込むようにつかみ、素早く後方に圧迫するよう突き上げます。この手技も、腹部突き上げ法と同様に連続して実施します。手技を実施するにあたり。剣状突起や肋骨を圧迫しないよう注意してください。
005
胸部突き上げ法
4)指拭法(006)
指拭法実施中は、人工呼吸の際に気道を確保するたびに口の中を覗き、異物が固形で視認できる場合に実施します。傷病者の顔を横に向け、示指(人差し指)にガーゼを巻き、口蓋から口角に向けて異物をかき出しましょう。
006
指拭法
5)乳児に対する異物除去(007)
乳児の気道異物は、液体であることが多いため、強い咳をしている場合には、原因となった異物を吐き出しやすいように側臥位にして咳を介助します。有効な強い咳ができず、まだ反応がある場合には、背部叩打法と胸部突き上げ法(胸骨圧迫と同じ要領で)を組み合わせて行います。乳児では、腹部臓器損傷の危険性が高いため腹部突き上げ法を行ってはいけません。
007
乳児に対する異物除去
(4)処置後の評価
異物除去後に用手的気道確保を行い、呼吸状態を確認します。自発呼吸がある場合は酸素投与などの処置を行い、自発呼吸がない場合は人工呼吸を行うとともに、異物が残っていないか確認します。
(5)注意点と合併症
異物除去には複数の手技が必要となりますが、どれを最初に行うかについては明確な根拠はありません。ですが、背部叩打法は手技も容易で合併症も少ないため第一選択として推奨されています。
腹部突き上げ法においては腹部臓器や胸部臓器の損傷が、また、胸部突き上げ法においては胸骨圧迫と同様の合併症(肋骨骨折、気胸、血胸、肝臓の損傷など)を生じる場合があります。
4.器具による気道異物除去
(1)適応
用手による気道異物除去ができず反応がなくなってしまった傷病者や、既に心肺停止あるいは高度意識障害の傷病者で咽頭より下方に異物があると推定される場合には、喉頭鏡およびマギール鉗子を使用した異物除去を試みます。
喉頭鏡とマギール鉗子により除去できるのは、咽頭から声門までの異物です。
ちなみに、マギール鉗子の本来の使用目的は、挿管チューブの導入介助です。
(2)方法と手順
喉頭鏡による喉頭展開で異物を発見したら、異物から目を離さないように注意しながらマギール鉗子を手にとります。マギール鉗子のリングハンドルに母指と環指を入れ把持します(008)。視線を遮らないように口角横からマギール鉗子を挿入します(009)。リング状の先端で異物を把持して除去します。
008
マギール鉗子のリングハンドルに母指と環指を入れ把持する
009
視線を遮らないように口角横からマギール鉗子を挿入する
(3)評価
声門を視認して異物が残っていないかを確認します。その後、用手的気道確保を行い、呼吸状態を再度確認します。自発呼吸がなければ、直ちに人工呼吸を実施します。
(4)注意点と合併症
喉頭鏡とマギール鉗子の準備が整うまでは用手的異物除去を行います。3歳以下の小児への使用は困難を伴うので、原則として避けてください。喉頭鏡やマギール鉗子の使用により、歯牙や口腔内粘膜などの損傷を生じることありますので注意してください。
5.活動フローチャート(010)
気道異物傷病者に対する活動フローチャートになります。活動の参考にしてください。
010
気道異物傷病者に対する活動フローチャート
6.おわりに
今回は気道異物除去について執筆させていただきましたが、私自身も改めて手技と知識を確認することができ、とても勉強になりました。また、今回感じたことは、継続して訓練、教養を行っていかなければ、迅速な手技を実施することが困難であると感じました。
これからもまずは、基本に忠実に教養・訓練に励み、そこからさらにスキルアップを目指していき傷病者の社会復帰に繋げていきたいと思います。このような機会を作ってくださいましたことと、お手伝い頂いた職場のみなさんにこの場を借りて感謝申し上げます。最後まで読んでいただきありがとうございました。
•参考文献
•改訂第10版救急救命士標準テキスト
•改訂第5版救急隊員標準テキスト
•救急蘇生法の指針2020医療従事者用
•気道異物による窒息の対処法~救急隊到着前と後・院内治療別の極意
•JRC蘇生ガイドライン2020
次回は「発表スライドの作り方(1)症例報告編」です。
プロフィール
氏 名:菅原 大樹
読み仮名:すがわら だいき
所 属:伊勢原市消防本部
出身地:東京都町田市
消防士拝命:平成25年
救命士合格年:令和5年
趣味:野球審判、サウナ
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