近代消防 2024/02/11 (2024/03月号) p86-9
目次
1.富岡甘楽広域消防本部の紹介
富岡甘楽広域消防本部は群馬県南西部に位置し、富岡市、甘楽町、下仁田町、南牧村で構成されている。総管内面積は488.67㎦、人口は6万7,783人。管内には1消防本部、2消防署、4分署、1分遣所があり、職員数は135名である。直近3次医療機関までは場所により、搬送時間約20分から90分と大きく異なるため、ドクターヘリとの連携が必須の地域である。
当消防本部の救急概要は、救急救命士42名(薬剤認定33名、気管挿管認定15名、処置拡大認定30名、ビデオ喉頭鏡認定5名、指導救命士4名)である(令和5年4月1日現在)。令和4年中の救急出動件数は2,953件で、前年に比べて265件増加した。また、登山で有名な妙義山を管轄しており、山岳救助も多いが、紅葉の時期はとても綺麗で全国からたくさんの登山者が足を運んでいる。
2.はじめに
攪拌機を洗浄中に作業服が回転軸に巻き込まれ右上肢が開放性骨折を生じた機械救助事案を経験した。大量出血が懸念されたものの、医師の早期の介入により傷病者の容態を悪化させずに救出できたものである。
3.症例
21歳男性。
某日16時01分入電。発生場所は、富岡市内の工場内である。指令内容は、「工場内で、21歳男性が食品製造の攪拌機を洗浄中に、右上肢が回転軸に巻き込まれ、意識がない」とのことであった。富岡指揮1(3名)、富岡救助1(3名)、一ノ宮救急1(3名) 富岡化学1(3名)が出動し、ドクターヘリを覚知要請した。
現着し状況を確認後、機械の停止、傷病者の人定情報の記載、家族への連絡、活動現場を目隠しするための大きめのブルーシートの準備(001)、後続隊の案内誘導を依頼し傷病者に接触した。
傷病者接触時の初期評価を表1に示す。指令内容と異なり意識は清明であった。
傷病者接触時の状況を002に示す。右上肢が回転軸に巻き込まれた状態であり、骨折端を認め、下腹部にあっては攪拌機専用容器の縁に自重により圧迫されていた。
傷病者は顔面蒼白のため高濃度酸素10ℓ/分投与を実施(003)。また、救助に時間を要すると判断し、酸素10ℓボンベを持ってくるよう隊員に指示すると同時に指揮隊に、現場へ医師搬送要請を依頼した。
右上肢にあっては、回転軸と作業服の捻れにより止血されていて、継続する外出血は認めなかった。しかし、活動中に大量出血する可能性があるため、ガーゼやシーツ、ターニケットを準備し観察を継続した(004)。
無線状況が悪く、ドクターヘリの運行状況を把握できなかったことから、地域MC医療機関に処置の助言及び循環血液量減少性ショックを疑い、特定行為の指示要請を実施した。しかし、左上肢と左下肢は、処置実施場所が狭隘(005)であり、右下肢にあっては静脈路確保を実施することで、救助活動の妨げになると危惧された。また医師が支援車に同乗し現場付近まで来ているとの情報を得られたため、静脈路確保は行わず救助を開始した。
医師到着後、傷病者情報及び活動状況を伝えたところ、救助を優先するよう指示があり救助活動を継続した。傷病者の下腹部が圧迫されていたため踏み台に乗ってもらい(006)圧迫を解除、さらに救助完了後の移動のため、腹部下にバックボードを挿入し(007)、救助開始から30分後に救助完了となった。その後は、切断した回転軸を保持し(008)、止血された状態で搬送用に準備したスクープストレッチャー上へ愛護的に移動し車内収容した。
回転軸の切断に使用したのは、空気で動くエアソー(009)という救助資器材である。火花をほとんど発生させず、熱の発生を抑える特徴がある。しかし、熱の発生は100%抑えることはできないため救助隊長の判断で受傷部位から約15㎝離して切断した(010)。回転軸切断時間は下部が19分、上部は7分、その間切断刃を4枚交換した計30分の救出時間となったた。酸素投与下での救助活動となるため、万が一、火花が発生することがあれば、冷却しつつ切断する方法も考慮し救助活動を行った。
傷病者のバイタルサインの経過を表2に示す。意識レベルは接触時から病院収容まで変化はなかった。
時間経過を表3に示す。指令から傷病者接触まで5分(直近の一ノ宮分署から現場まで道のりで1.1㎞)。接触から車内収容が51分。現場出発から病院到着まで39分(現場から搬送先の三次医療センターまで道のりで23.3㎞)であった。
現場出発後、ランデブーポイントに向かっている途中、収容先が直近の3次医療機関に決定したため、医師同乗のもと陸路にて搬送を開始した。その後は、医師の指示により、右肩の衣服と右手袋を切断し受傷範囲の把握をした。傷病者の容体変化はなく、病院収容となった。
001
現着し状況を確認後、活動現場を目隠しするための大きめのブルーシートを準備した
表1
傷病者接触時の初期評価
002
傷病者接触時の状況
003
高濃度酸素10ℓ/分を投与
004
ガーゼやシーツ、ターニケットを準備した
005
狭隘な場所での救助
006
傷病者の下腹部が圧迫されていたため踏み台に乗ってもらい圧迫を解除した
007
腹部下にバックボードを挿入
008
断した回転軸を保持
009
エアソーを用意した
010
受傷部位から約15㎝離して切断した
表2
傷病者のバイタルサインの経過
表3
時間経過
4.考察
本症例は、地域MC医療機関医師からの処置の助言があったため、全隊が活動方針を共有でき、同じ認識を持って活動できた。また、工場内が無線不感地帯のため、事前にドクターヘリの医師に傷病者情報を伝えることができなかったが、指揮隊と携帯電話で連絡を取り合い、早期に医師を現場介入できた事案である。
今回の事案では救助活動に伴い、大量出血を引き起こす可能性があったが、数分で医師が到着する情報が入っていたため、医師の到着を待ち、医学的な助言を仰いでから救助活動を開始するべきだったのか、医師の到着を待たずに救助活動を優先して、早期に医療行為ができるよう救出するべきだったのか判断が難しかった。しかし、現場状況や傷病者の重症度、緊急度を客観的に評価し、静脈路確保を実施しなかったことにより救助活動の弊害にならず、全隊と連携できたため、傷病者の容態を悪化させずに救出できたと考えます。
回転軸に巻き込まれた作業服の捻れにより確実な止血ができていたため、救助隊により、回転軸を保持し、回転軸や作業服が緩まないよう救助できたことが、大量出血を引き起こさず、循環血液量減少性ショックによる心肺停止を防げた要因と考える。しかし、救出に時間を要してしまったため、傷病者の容態を考慮し、今後の活動のために処置や救出方法の検討が必要と感じた。
ここがポイント
四肢の完全切断では現着時に出血は治っていることが多いようだ。出血で血圧が下がることと、解放された動脈が攣縮して内径が細くなるためである。今回の場合は患者を動かす必要があったので、その際に血餅が剥がれて再出血する可能性があった。ターニケットの用意は必須である。
外傷出血に対する病院前補液は凝固因子を薄めることで出血を増長させる。今回の症例では行う必要はなかったと考える。
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