最新救急事情 「マウス・ツー・マウスはいらない」

 
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最新救急事情

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最新救急事情

「マウス・ツー・マウスはいらない」

旭川厚生病院麻酔科
玉川 進

 

行き倒れにマウス・ツー・マウスを行う勇気が読者諸氏にはおありだろうか。私がやったのは3回だけ。医師になってすぐに老人ホームに呼ばれて96歳のおばあさんにしたのが初体験だった。茶色い胃液が老人の口にボコボコと逆流してきてとても気持ちが悪かった。あとは手術室で1回、眼科病棟で1回。全て年上の女性とである。今なら老人ホームの事例では寿命だろうからマウス・ツー・マウスはやらないし、行き倒れにマウス・ツー・マウスができるかと聞かれれば、やっぱりいやだと返事してしまう。

ABCという明解な語呂合わせは、CPR手技の普及に貢献してきた。しかし、世界は今、マウス・ツー・マウス抜きで蘇生させる方向に動いている。

1 事例:北海道帯広市1)

67歳男性。急性心筋梗塞。とうもろこしを買いに来た男性が代金を払おうとトラクターの運転手に向かって50m走ったところで突然倒れた。運転手が近づいたところ息も脈もなかった。直ちに持っていた携帯電話で119番通報し、前日テレビで見た心臓マッサージ(心マ)をやってみた。救急隊は覚知から6分後に現着したものの心肺は停止したままであった。

CPRを行いながら病院へ搬送した。病院収容時には自発呼吸がわずかだが再開していた。心電図では心室細動であったため除細動をかけ洞調律になった。翌日にはJCS 100、翌々日にはJCS 10となり、1か月後に後遺症なく社会復帰した。

倒れてから心マを開始するまで2分、救急隊が到着するまで6分、計8分間は人工呼吸はされていない。それでも完全社会復帰した。

2 マウス・ツー・マウスの欠点

1)難しい
私の経験では、医学部学生につきっきりで教えてもマスターできないことがあった。バイスタンダーにとって最も難儀したのがマウス・ツー・マウスで、次が嘔吐であった2)。

2)すぐ忘れる
心マに比べマウス・ツー・マウスは覚えづらい。救命講習会の6カ月後には正しく覚えている人は5%になってしまう3)。

3)感染の恐れ4)
実際に感染した報告もある5) 。HIVは報告がない6) 。

3 マウス・ツー・マウスは必要ないという意見

胸骨を押すだけで換気は可能である。呼気中の酸素は16%で大気中の21%より低い。心停止直後にはまだ血中に酸素が溶けているので換気自体が必要ない7)。胃に空気を送り込むため、嘔吐から誤嚥する危険も大きい6) 。ブタを用いた実験では、マウス・ツー・マウスをせず気道確保して心臓マッサージをするほうがマウス・ツー・マウスを行うより動脈血中の酸素濃度は高く二酸化炭素濃度は低かった8)。また、マウス・ツー・マウスを行っても行わなくても24時間後に生きている割合は変わらず、神経学的な後遺症の程度も変わらなかった9, 10) 。これらの結果から、マウス・ツー・マウスを外して蘇生教育を行うべきだと断言する論文もある11)。

4 マウス・ツー・マウスは必要とする意見6)

上に挙げた実験は動物のもので、気管内挿管で気道を確保してある。また突然の不整脈で心停止になることを想定している。しかし、実際には異物や肺疾患など、気道が開通しないこともある。マウス・ツー・マウスには胸腔内圧を高め心臓から末梢に血液を送り出す働きがあり、これは特に小児で有効である。

4 結論

1)肩枕の挿入など速やかに気道確保したのち直ちに心マを開始する。ひたすら心マを続ける。
2)マウス・ツー・マウスを嫌がる人には強制しない。嫌がって何もしないよりマウス・ツー・マウス抜きで心マをするほうが遥かによい6)。
3)心マの手技は電話での口頭指導でも簡単に教えることができ、実施者も受け入れやすい。


謝辞
本稿執筆にあたっては 北海道帯広市消防本部 沢田秀樹 救命士の協力を得た。

文献
1)第7回北海道救急医学会救急隊員部会, 1998, 旭川
2)Resuscitation 1996; 33 (1): 3-11
3)Resuscitation 1997; 35 (2): 129-134
4)Circulation 1992; 85 (6): 2346-2355
5)Ann Intern Med 1998; 129 (10): 813-828
6)Ann Emerg Med 1997; 30 (5): 654-666
7)Ann Emerg Med 1996; 27 (5): 569-575
8)Ann Emerg Med 1997; 29 (5): 607-615
9)Circulation 1997; 96 (12): 4364-4371
10)Circulation 1997; 95 (6): 1635-1641
11)Arch Intern Med 1995; 155 (9): 938-943


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