]]>aeml
目次
最新救急事情12月号
点滴か、病院か
救急救命士の特定行為三点セットの中で最も嫌われている静脈確保。手技は難しいし時間はかかるしで、現場での施行率は他の二点に比べて低い。それに、すでに心臓が止まっているのに点滴したってどれほどの効果があるのだろう。
静脈確保したら乳酸加リンゲル液。だが、待って欲しい。病院実習で乳酸加リンゲル液がぶら下がっているのを君は見たことがあるか。
事例:北海道江別市
「90歳男性、意識がなく、呼吸もしていないようだ」との通報で出動した。傷病者宅までに到着するにはかなりの時間を要するため、通信指令員により口頭指導が実施されており、また医師にはCPAの可能性があるので待機願いたい旨の連絡をしておいた。
救急隊現場到着時には家族が心臓マッサージを実施していた。救急隊が引き継ぎ観察を実施。JCS300,呼吸感ぜず、脈触れず、心電図上スタンドスティール、体温低下は観られず、硬直等もなかった。
車内収容後、医師に特定行為の指示をもらう。スミウェイWBを挿入、バックマスクにて換気実施。換気は良好でこの時点で機関員に病院に向かうように指示した。オートベントに切り換え、傷病者右前腕部での静脈路確保を実施することにした。駆血帯を巻き静脈のうっ血を探すがなかなか見あたらない。かすかに見える部分を酒精綿で消毒した後、刺針を実施するがバックフローが確認できず、その後2回刺針を試みたが結果は同じであった。
病院へ到着し、医師・看護婦に引継を行い、院内協力を実施しているときにある看護婦に「今日はルート(静脈)は採っていないんですね」と言われた。
救急救命士の特定行為の中に「静脈路確保による輸液」がある。CPAの傷病者の静脈は虚脱しており、数度の刺針にもかかわらず静脈を確保できないことがある。しかし、我々救急救命士に認められている行為であれば確実に行わなければならない。傷病者が若者であろうと老人であろうと確実にできてこそ救急救命士と私は考える。病院内で医師・看護婦がルートを採れるのに私が採れないのは私自身の技術の未熟さであり、常にどんな状況においても採れるような体制・技術・精神状態を持たなければならない。
最近は医師、看護婦にも特定行為は知られてきており、今後それが拡大されていくしても、今できることを確実にできた上でのことと痛感させられる事例であった。さらに、救急救命士としての技術・知識を確固たるものとするには、今後就業前実習に止まることなく、生涯学習という形で年間数度の病院実習・セミナー・研修会等の参加が必要になってくると思われる。
現状で輸液は必要か
静脈確保には手技・時間・輸液自体の有効性が問題となる。心停止患者では末梢静脈は浮き出ずバックフローにも乏しいため穿刺は難しい。血管を探し穿刺して針を固定して輸液を開始するまで2分はどうしてもかかる。
外傷患者では現場の処置を最小限にして迅速に搬送した方が救命率は高い1)。出血性ショックでは循環血液量が減少しているので、輸液は有効な治療手段となる。しかし、心停止となるまで出血した場合、酸素供給のための赤血球が不足しており、輸液の効果は減少する。
また、致死性不整脈ではアドレナリンなどの循環作動薬を投与し除細動をするべきだ。つまり、心停止前に輸液を開始するか、心停止後なら循環作動薬を使わないことには、輸液は救命に結びつかない。
乳酸加リンゲル液の立場
救急の輸液は細胞外液の補充に使われる。細胞外液にNa, K の濃度を一致させ、足りない陰イオンを乳酸で補ったのが乳酸加リンゲル液である。乳酸は疲労物質として元々体内に存在するため、代謝についても問題ない。乳酸加リンゲル液は輸液の中心となった。しかしここ数年、乳酸加リンゲル液を見ることは少なくなった。乳酸は安静時では肝臓で50%、腎臓で30%代謝される。肝臓や腎臓の障害があれば乳酸の代謝は遅延し、乳酸アシドーシスになる可能性がある。そのため肝機能の劣る小児では乳酸加リンゲル液は使われない。さらに、正常人でも乳酸の代謝に伴ってアルカローシスになるため、投与後3〜7日目までは血液pHの異常がみられる。
乳酸に変わって注目されているのが酢酸である。酢酸は「す」そのものであり、昔から健康にいいとされてきた。酢酸は肝、心、腎、骨格筋など全身で代謝されるのみならず、呼気で5-10%が排出される。半減期は乳酸の1/2、分解されて速やかに重炭酸イオンになりpH緩衝作用をもたらす。現在酢酸輸液剤はマーケットシェアの1/3を占め、消費量も毎年1割ずつ伸びている。
プレホスピタル領域で注目されているのが高張食塩水である。乳酸加リンゲル液は、投与と同時にその3/4は血管外に漏出するため、出血を補うためには出血量の4倍を投与しなくてはならない。高張食塩水は生理食塩水の2〜8倍の濃度を持ち浸透圧を高めている。さらにデキストランを溶解したものや乳酸加リンゲル液に近似させたものもある。浸透圧を高くすれば血管外から血管内に水を引き込むため、投与した高張食塩水より増えた循環血液量の方が多くなり、血液の粘性は低下する2)。
出血性ショックモデルに高張食塩水を投与することによって、同量の乳酸加リンゲル液に比べ高い血圧と生存期間の延長をもたらした3)。臨床では血圧維持には少量の高張食塩水で済む4)。頭部外傷では脳浮腫が抑制され生存率の向上が期待できる5)。高張食塩水だけでは生存率は上昇しないが、食塩水に澱粉やゼラチンを混ぜることによって生存率の向上がもたらされる可能性がある4)。アメリカでは近日発売予定である。
結論
1)救命士の静脈確保は現状では救命効果は不明である。
2)酢酸加リンゲル液が乳酸加リンゲル液に代わろうとしている。
3)高張食塩水は少量で血圧維持が可能である。
本稿執筆にあたっては、北海道江別市消防本部 濱崎利彦 救急救命士の協力を得た。
引用文献
1)Am J Emerg Med 1995; 13(1): 133-5
2)Lakartidningen 1999; 96 (9): 1014-7
3)J Trauma 1995; 39 (4): 674-80
4)Anaesthesist 1997; 46 (4): 309-28
5)Arch Surg 1993; 128: 1003-11
コメント