190729心電図電極貼付位置の工夫により急性冠症候群を見抜く一方策 堺市消防局堺消防署 渡邉泰司ほか
プレホスピタルケア 2019年6月20日号
心電図貼付位置の工夫により急性冠症候群を見抜く一方策
渡邉泰司,片岡竜彦,澤村高志
堺市消防局堺消防署
渡邉泰司
片岡竜彦
澤村高志
著者連絡先
堺市消防局堺消防署第1警防課
主幹(救急担当)
片岡竜彦
電話 072-228-0119
目次
1.はじめに
堺市消防局は、大阪府の中央部南寄りに位置する政令指定都市である堺市と、隣接する高石市より構成され、管内面積は161.12平方キロメートル、管内人口は約90万人である。組織体制は、1本部8署1分署8出張所の職員920933名体制で、救急隊22隊(平日昼間帯にドクターカー運用を行う特別救急隊1隊、消防隊との乗換え隊2隊含む)を配備し、救急隊員229228名(救急救命士121116名、救急隊員108112名)で運用している。(平成31年4月51日現在)
メディカルコントロール体制は、大阪府堺地域メディカルコントロール協議会(以下、「堺地域MC協議会」という)に属し、管内の救急告示医療機関は、三次救急医療機関1施設、二次救急医療機関28施設となっている。当地域の病院前における救急活動は、「傷病者の搬送及び受入れに関する実施基準」と「堺地域MC協議会病院前救護プロトコル」にて定められたアルゴリズムに従い、循環器疾患の中でも特に急性冠疾患(Acute Colonary Syndrome, ACS)を疑う傷病者については、「心カテ・経皮的冠動脈形成術 (Percutaneou Colonary Intervation, PC)」の施行可能な医療機関へ搬送することとしている。
2.取り組みの背景
日本蘇生協議会JRC蘇生ガイドライン2015では、ST上昇型急性心筋梗塞(ST-elevated myocardial infarction, STEMI)患者に対する再灌流までの時間目標は発症から120分以内とされ、傷病者に最初に接触する医療従事者である救急隊が「病院前12誘導心電図」を評価・記録し、PCIまたは血栓溶解薬静脈内投与が可能な医療機関へ心電図所見を伝えることが推奨され、全国的に普及が広まりつつある。一方、当地域は、医療資源が比較的豊富で、「心カテ・PCI」施行可能な医療機関が9施設あり(うち、循環器担当医師へ直接連絡が可能な「ハートコール」を設置している医療機関は7施設ある)、循環器疾患を疑う傷病者の救急受入れが積極的かつ短時間で搬送可能な地域であることから、救急車両に12誘導心電図は搭載せず、従来の心電図モニターを使用し活動している。その中で、堺地域MC協議会の指導のもと、心電図貼付位置の工夫により心電図評価を行っているので、一方策として紹介する。
3.CM5, CMf, CM2の説明
モニター心電図の貼り付け位置を変更することにより、心臓の側壁(CM5)、下壁(CMf)、前壁(CM2)を観察する(図1,2)。
(1)CM5(主に心臓の側壁)
モニター心電図の赤の電極を胸骨柄に貼り付ける。黄の電極についてはアースとなるため、特に貼付位置の指定はなし。緑の電極は第5肋間左前腋窩腺上に貼り付ける。
(2)CMf(主に心臓の下壁)
赤、黄はCM5と同様、緑の電極を左鎖骨中線と肋骨下縁の交点に貼り付ける。
(3)CM2(主に心臓の前壁)
赤、黄はCM5と同様、緑の電極を胸骨左縁第4肋間に貼り付ける。
実際の傷病者にモニタリングを行う際には、CM5から始まり、緑の電極をCMf、CM2の順番で貼り替えモニタリングを行う。※画像1参照
図1(拡大)
CM5, CMf, CM2の解剖学的位置関係
図2(拡大)
実際の貼り付け例
4.症例
入電日時:平成29年11月某日9時34○分
指令内容:「女性、85歳、胸痛、意識あり。」との内容。
現場到着時の状況:救急隊到着時、傷病者は居室内の椅子に座っており、胸が重いと訴えていた。
主訴:胸が重い
発症概要: 今朝5時頃に胸部の違和感で起床し、様子をみていたが改善せず処方薬であるニトロ舌下錠を9時頃に服用した。さらに様子をみるも症状のが改善がみられないしないため、狭心症でかかりつけの医療機関(現場から約18km)に連絡をした後に、救急要請。
その他:かかりつけ医療機関への搬送を希望。
以上を確認後、布担架にて階下まで移動しストレッチャーにて車内収容。
観察結果を表1に示す。現場と車内でバイタルサインについては大きな変化はなし。SpO2の若干の低下が認められため、鼻カニューレによる酸素投与(2L/分)を行う。心電図についてはCMfにて陰性T波、CM2にてST上昇を確認できたこと(図3)及びニトロ舌下錠服用後も症状改善しないことから急性冠症候群を強く疑う。
そのため、搬送に時間を要するかかりつけ医療機関よりも、直近の循環器対応医療機関(心カテ・PCI施行可能・現場から約3km)に搬送することが妥当と判断し、かかりつけ医療機関医師に状況を伝え、さらに家族の了承を得て搬送する。
時間経過を表2に、病院到着後の治療を表3に示す。
図3
CM5, CMf, CM2の所見を示す
図4
12誘導心電図
V2~4でST上昇がみられる(○で示す)
表1
観察結果
表2
時間経過
表3
病院到着後の治療
5.考察
報告した症例は、通常の近似四肢誘導心電図モニター上は明らかなST異常を認めなかったが、電極位置を貼り替えることにより急性冠症候群を疑い、実施基準に定められた心カテ・PCI施行可能施設へ搬送できたことで早期治療開始に繋がった事例である。本誘導法は、時間的猶予のない急性冠症候群疑い傷病者に対し、簡便かつ迅速に多角的(側壁、下壁、前壁)方向から心筋虚血の有無を観察・評価することが可能である。本症例でも通報の遅れにより発症から救急隊到着まで3時間半経っており、救急隊の判断いかんではPCIの許容時間をオーバーする可能性もあったがCM5, CMf, CM2を使うことで迅速・的確にACSを判断できた。また、使用する電極が少ないというコスト面の利点もある。
一方で、本誘導方法の病院前救護における正確性・有用性について検証していく必要があると認識している。また、より円滑な救急搬送に繋げるため、医療機関スタッフの認知度を向上させなければならない。
今回、本誘導法の運用と課題についてご紹介させていただいたが、引き続き検証・評価(見直し)を重ね、将来、改めてご報告させていただく機会を設けたいと考えている。
結論
(1)モニター心電図電極を特定の位置に貼ることで簡便かつ迅速にACS波形を検出することができる方法であるCM5, CMf, CM2を症例を引用して紹介した。
(2)本誘導方法の病院前救護における正確性・有用性についてさらに検証していく必要がある。
本内容の要旨は、第27回全国救急隊員シンポジウム(2019年1月,高松市)で発表している。
謝辞
最後に、このたび、本誌に掲載させていただくにあたりご協力くださった編集委員の先生方、また編集室ご担当者さまに感謝の意を申し上げます。
コメント