近代消防 2020/7月号, p68-74
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目次
感染者(疑いを含む)を搬送する場合の標準予防策
(1)覚知から出動まで
通常、救急隊員が救急出動を行う際には、マスクやプラスチックグローブ、感染防止衣といった標準的感染予防策が講じられます(写真1)。
また、現在感染が拡大している新型コロナウイルス感染症のように、感染の拡大が急速、かつ、人的被害が大きな指定感染症については、標準的な感染防止対策を更に強化することが求められます。
実際の出動においては、救急要請の通報を覚知した段階で、標準予防策はスタートしています。指令員において、感染症罹患の有無や疑いのある症状の情報を入手し、出動する隊員へ的確に伝達する事が重要です。(写真2)
(受信時に新型コロナウイルス感染症を疑う情報の例)
症状等 | 聴取すべき内容 |
発 熱 | 37.5℃以上の発熱があり、呼吸器症状を伴う |
近況等 | 発症前14日間で流行地域に渡航した、または居住していた者との濃厚接触がある |
(帰国者・接触者相談センター、保健所への相談目安となる例 ※令和2年5月8日現在)
目安となる症状、基礎疾患 |
① 息苦しさ(呼吸困難)、強いだるさ(倦怠感)、高熱等の強い症状のいずれかが
ある場合 ② 重症化しやすい方で、発熱や咳などの比較的軽い風邪の症状がある場合 ※高齢者、糖尿病、心不全、呼吸器疾患(COPD等)の基礎疾患がある方、透析を受けている方、免疫抑制剤や抗がん剤等を用いている方 (妊婦の方は念のため、重症化しやすい方と同様に早めに相談する) ③ 上記以外の方で発熱や咳など比較的軽い風邪の症状が続く場合 (4日間以上続く場合や強い症状と思う場合、解熱剤などを飲み続けなければならない場合) |
まずは、個人装備について、資機材別のポイントを解説していきます。
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マスク
飛沫感染、飛沫核感染の予防に必要なのがマスクです。
着用に際しては、顔面への密着が最も重要です。鼻翼の横や口周りは特に隙間ができやすいため、鼻翼部分を自分の鼻の形状に合わせてマスク内部ワイヤーを調整します。
また、口元は隊員間の会話のやりとりや傷病者との問診などで動きがでる部分となるため、マスク下辺は顎先までしっかりと伸ばし、顎先に引っ掛けるように着用すると会話などによるズレが少なくなります(写真3)。
N95マスクのような全体に伸縮性が少ないマスクでは、不用意に普段どおりの会話をするとマスク自体がズレることがありますので、活動時の会話なども注意しながら行います。
また、マスクは感染予防の典型的な装備ですが、マスクの着用だけでは完全な予防策にはならないため、マスクの着用にあたっては「感染経路を狭くし、感染源の侵入を最小限にする」という意識をもっておくことが重要です。
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ゴーグル
感染者の体液(唾液、血液、咳やくしゃみの飛沫など)は、感染源が拡大していく主たる原因であり、隊員の眼球は粘膜が露出している部分になるため、ゴーグルを使用し確実に保護します。
ヘルメットに付属するタイプのゴーグルや眼鏡型ゴーグル、シチュエーション次第ではシールド型のものなど、場面にあったものを着用します(写真4)。
傷病者の搬送中に明らかな感染物質の付着があった際には、都度交換するなどの対応が望まれるため、活動中も予備のものを準備しておいたほうが良いでしょう。
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グローブ
救急活動を行う上で血液や体液、吐物、失禁、その他傷病者周辺の物品にも接触することがあるため、着用は必須となります。
活動中にグローブと感染防止衣の袖口に隙間ができやすく、手首が露出してしまうことが多いため、袖口にグローブを被せるようにして装着し、隙間の発生を防ぎます(写真5)。
グローブは二重に装着して脱ぎ替えて交換することができるようにしておくと、出血や嘔吐などの高度な汚染がある場合にも履き替える手間がなくなることはもちろん、交換や感染防止衣の離脱(後述)に際して隊員が汚染された部位に触れるリスクも軽減できます。また、長時間の活動が予想される場合や傷病者への接触回数が頻回となる場合には、予備のグローブを携行しておくと活動が滞ることがありません。
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感染防止衣・シューズカバー
感染症(疑い)の傷病者を搬送する際には、オーバーオール型を選択します。
首元、袖口、裾部分は隙間ができやすいため、粘着テープなどを使用して隙間を作らないよう養生します(写真6)。
着装や各部の養生を迅速に行うことは難しいため、各隊員間で着装を協力するなどの訓練も必要になってくると思います。
屋内における事案では、靴を脱いで活動し、また靴を履くということになりますが、必要に応じてシューズカバー(写真7)を活用すると、体液等による足底からの汚染拡大を防ぐ事が出来ます。
ここからは傷病者接触から搬送まで順を追って解説していきます。
(2)傷病者接触~医療機関収容まで
①傷病者接触時
感染症が疑われる場合、傷病者に接触する隊員は可能な限り限定することが望まれます。事前に役割分担を決めておき、傷病者に接触する隊員を最小限の人員に定めることで、感染リスクをできる限り抑えます。
接触時には傷病者本人に速やかにマスクを着用してもらい、感染源物質の拡散を防止します(写真8)。この際、酸素吸入で鼻カニューラを使用している場合でも、その上からマスクを着用するようにします(写真9)。
②搬送(現場~救急車内)
救急車内までの搬送に際しては、不用意に他者と接触、接近しないような配慮が必要となります。特に家族や関係者がいる場合や集合住宅などでの活動では、感染症の傷病者を罹患していない人間に接近させることで新たな感染拡大の原因となりうるため、一定の空間を確保しながら搬送するよう心掛けます。
観察や処置を行う際には、観察や処置で接近・接触を伴う隊員と、記録や病院連絡をする隊員は極力分けておく(写真10)と良いでしょう。
また、傷病者に同居者がいる場合は、濃厚接触者として経過観察や検査の対象となる可能性があるため、関係者からの状況聴取も並行して行います。
③搬送(車内収容~医療機関引継ぎ)
救急車内は密閉空間のため、窓の開放や換気設備を活用して可能な限り換気を行いながら搬送します(写真11)。
病院連絡時には感染症(疑い)であることを確実に伝え、受入体制を確保してもらいます。
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処置について
現場や車内で行う処置、特に気管挿管などの特定行為については、各通知や地域のメディカルコントロール体制による指示内容を事前に確認し、適正に処置を行い搬送します。
感染症の情報は受け入れ先の医療機関でも最重要情報であり、受け入れに際し準備をしてもらう必要があります。通報から現場到着、患者接触し収容するまで、判明した段階で速やかに情報提供するようにします。ファーストコール時や指示要請時においても、感染症患者であることや現在の主症状、傷病者の背景情報(渡航歴、行動の近況など)を確実に伝えるようにします。
2.医療機関引継ぎ後の処理
(1)汚染された資機材の取扱い
活動中に汚染空間に曝露されてしまった資機材や体液等の感染物質が接触した資機材は洗浄、消毒処理が必要となります。帰署途上の車内では、汚染された資機材が感染媒体とならないよう、密閉する等の処理をして、持ち帰りましょう。(写真12)また、密閉する前段階においても、曝露した部位を裏返す、被覆するなど、可能な限り拡散や二次的汚染が発生しないよう注意します。
(2)個人装備の取扱い
帰署するまでの間、資機材や車内の各部を不用意に触らないようにします。また、帰署後に消毒等の作業を開始するまでは、たとえグローブを交換したとしても、感染物質の付着した物・箇所をべたべたと触ってしまっては拡散防止の意味をなさないため注意が必要です。
3.帰署後の処理
(1)感染防止衣等の離脱
感染防止衣等を離脱するにあたっては、保護されていた部分に触れることによって新たに汚染部位を増やさないよう、次の手順で行います。
※離脱写真一覧
①アウターグローブを離脱し、インナーグローブ表面をアルコールで消毒する
→感染源を他の部位に付着・拡散させないための措置
→離脱時は外表面に指を引っ掛けるようにして、インナーグローブに直接触れ
ないように注意する
②ゴーグルの離脱
→離脱後、曝露していたグローブや袖で目を擦らないように注意する
③感染防止衣の離脱
→全体を裏返すように脱いでいき、汚染された面を内側にくるむようにする
→必要に応じ、離脱を補助する隊員を1名決めておくと良い
→離脱後はそのまま破棄できるよう、足元に廃棄用のビニール袋等を準備して
その上で離脱していくと良い
→腕部分を離脱した際にインナーグローブも合わせて離脱する
→グローブ離脱後は内側にのみ触れるようにして下側を離脱する
④マスクの離脱
→マスクの外表面は感染物質が付着している可能性が高いため、ゴム部分を持
って離脱、露出していた外表面に触れないよう廃棄する
⑤使用した感染防止資機材の密封処理
→ビニール袋の口はしっかりと閉じ、医療廃棄物として処理する
4.消毒・滅菌
再利用する資機材や救急車本体各部などは消毒・滅菌処理が必要となります。
主として薬剤は「アルコール製剤」と「次亜塩素酸」を用いて行い、その他
としては紫外線やオゾン発生装置を併用します(写真13)。
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作業環境・準備
屋外の開放された空間で、十分な換気を行いながら実施します。また、消毒
作業実施者も感染予防策を講じ、汚染が疑われる箇所はグローブ装着した上で
のみ触れることとします(写真14)。
出動隊員、消毒作業に従事する隊員の動線を予め定め、不要な場所に立ち入
らないようにすることで、二次的感染を防止します。
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消毒作業・滅菌処理(各必要部分…写真15)
アルコール製剤による清拭で消毒を行います。
特に、隊員、傷病者が触れた物品、箇所は念入りに行うとともに、傷病者の
周辺で曝露されていた部分は全て清拭していきます。
アルコール成分が薄まると消毒効果が失われるため、表面上の汚れや血液、
体液などの汚染や水分の付着がある場合は、消毒前に拭き取りと乾燥を行った
上で改めてアルコール消毒の処理をします。
隊員が触れた部分でも、ドアノブや携帯電話、計器類などは拭き忘れや拭き
残しが起こりやすい部分ですので、注意して行うようにします。また、同様に
表面上死角になる箇所や直接触れていない部分も見落としがちになるため、資
機材、部品、計器の裏側まで清拭するよう心がけます。
次亜塩素酸を用いた消毒は主に車内の床面清拭、資機材の浸漬などに用いら
れますが、資機材によっては次亜塩素酸を用いた浸漬が逆に材質に悪影響を及
ぼす場合があるので、事前に資機材ごとの消毒方法について確認しておく必要
があります。
十分な換気を行った後、清拭による消毒作業、車内空間の滅菌作業を行いま
す。
当本部では、紫外線発生装置やオゾン発生装置を用いて行っていますが、こ
の際、次亜塩素酸と同様に、資機材等に硬化などの影響がでる場合があるため、
使用前に確認が必要になります。
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出動隊員の対応
出動後は着用していた被服を交換し、洗濯などの処理を行います。頭髪や気
づかない体表への感染源の付着も考えられるため、入浴などで洗い流すように
します。
また、うがい・手洗いの励行は言うまでもありませんが、意外に盲点となる
のが顔の表面です。入浴をしない場合においても、顔には感染源が付着してい
る可能性が高いだけでなく、無意識に触れてしまうことが多い箇所のため、洗
顔を行うことも、うがい・手洗いに並ぶ感染防止の重要な要素となります。
(写真15-2)
5.留萌消防組合における陽性傷病者搬送時の対応について
前記における隊員個々の装備のほか、要請段階で陽性が明らかである傷病者
を搬送する際には、事前に車内に隔離措置を講じた車両で出場します。
(1)救急車内の養生
運転席と患者室の間に間仕切り(ビニールシートによる養生)を設け、車内
全体が汚染されないような措置を講じます(写真16)。
(2)関係者、家族等の同乗
搬送先医療機関へ個別に確認して対応することとします。
関係者の接触度合いによっては、観察・検査等の対象者となる場合があるた
め、現場到着後に判明した際にも、早い段階で搬送先への確認作業が必要とな
ります。
(3)出動車両の整備
感染症の傷病者を搬送した後、消毒等の処理が終了するまでの間は、当該救
急車両は出動不能として扱います。帰署から処理完了までの1時間~1時間半
程度は、第2出動車両を出動させることとし、必要であれば近隣署所からの応
援等も考慮し、出動計画を定めています。
(4)その他(保健所及び医療機関との連携)
感染症発生の有無を問わず、日常的に役割分担や各機関の対応能力について
情報交換を行い、連携を強化しています。
また、管内医療機関の協力を得て、感染管理認定看護師を講師に招き、感染
予防対策の講義を開催し、全職員が共通認識の元、業務に当たることとしてい
ます。
6.留萌消防組合における現状
当組合管内においては、数名の新型コロナウイルス感染症患者が発生しまし
たが、幸いなことに集団感染は発生しておらず、救急搬送した事例もまだあり
ません。
職員においては傷病者の検査結果を問わず、毎日の職員健康管理記録
(エクセルデータ①)を実施しています。
万が一体調に異変が生じた場合は、当該職員は自宅待機とした上で、同一日
に勤務をしていた他職員の健康状況の確認を行い、一定期間の自宅待機も検討
することとしています。
7.まとめ
私たち救急隊員は、感染者や感染疑いのある傷病者と接触し、他の医療従事
者同様、常に感染のリスクに晒されています。
自身の感染はもちろん、他者へ拡大させることがあってはなりません。
感染症を正しく恐れ、万全の準備をして救急業務に携わっていくことが、
私たちの責務であり、感染症の脅威と戦うための最大の防御策となるのです。
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