200917今さら聞けない資機材の使い方 86 毛布 (唐津市消防本部唐津消防署 原口良介)

 
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基本手技

近代消防 2020/7月号 p79-85

今さら聞けない資機材の使い方 86 毛布 (唐津市消防本部唐津消防署 原口良介)

目次

はじめに

みなさんは、消防において最も使われている資機材って何だと考えますか?それはズバリ「毛布」ではないでしょうか。
こんにちは。唐津市消防本部の原口と申します。今回紹介させて頂く資機材は「毛布」です。

毛布は多くの家庭において「寝具」として用いられており、日本へは明治時代初頭、「防寒具」として導入されたといわれています。消防においては「保温搬送資機材」として古くから広く用いられておりますが、実に様々な用途にも転用することができます。

そして、その使用は簡単、安全、迅速、さらに、安価、軽量、省資源と、大変コストパフォーマンスに優れた資機材といえます(001)。今回は、そんな毛布の活用法を紹介していきたいと思います。

001

消防にとって毛布は欠かせない資機材です

1.体温管理

毛布を使用する主な目的は「保温」、つまり体温低下の防止です。身体は、中心部から体表面に向かって温度勾配というものがあり、呼気や体表面から熱が失われます。毛布を使用して保温することで体表面からの放熱を防ぎ、傷病者自身の適正な体温を保つことが出来ます。外部から積極的に熱を与えて体温低下を防ぐ、あるいは体温を上昇させる「加温」とは異なります。

救急活動において、本人が拒否した時など特別な状況下以外は、原則として毛布を用いて保温します。特に悪寒、低体温、外傷、飲酒、ショック症状などを認めた時は、積極的な保温が必要となります。

保温の原則は、下に厚く、上に軽く、保温性のよい材料を用いて傷病者の負担がかからないようにすることです。

毛布を、担架やストレッチャー等の上に広げて、背面からしっかりと体を包んであげましょう(002-006)。背中が床面に直に接していると、接地面から体温が奪われてしまいます。毛布を傷病者の上にかける際は、呼吸を抑制しないように気を付けます(007)。

滅菌アルミシートを使うと、さらに保温効果が期待できます(008)。外界の熱の吸収や反射による体温維持を目的とし、広範囲熱傷や外傷による出血、新生児の保温などで使用します。

002

毛布による保温要領

毛布を広げておいて傷病者を中央に収容します

 

003

傷病者の右側から毛布を傷病者に掛けます

 

004

足側の毛布で傷病者の下肢を包みます

 

005

傷病者の左側から毛布を傷病者に掛けます

 

006

毛布一枚による保温の完了です

 

007

呼吸の抑制がないように気をつけます

 

008

滅菌アルミシートによる保温。金色を外側、銀色を内側にすることで体温低下を防ぎます

2.体位管理

次に紹介するのは、毛布による体位管理です。傷病者の苦痛を軽減し、呼吸や循環機能を維持させることによって、病態を安定させることを目的とするものです。

誤った体位をとると、苦痛を増強させて病態が悪化することがあります。また、体位を変換する際には、傷病者に事前に説明するなどをして、痛みや不安を与えないようにしましょう。

(1)起座位

上半身を挙上した体位です(009,010)。静脈還流量を減らすことによって、肺のうっ血を減少させ、呼吸困難が軽減されます。極度の肥満傷病者においては、仰臥位になると腹部の臓器が横隔膜を圧迫するため呼吸困難をきたす恐れがありますが、その影響を軽減することができます。

例)心不全や肺水腫、気管支喘息で呼吸困難の傷病者、極度の肥満傷病者

 

009

起座位。上半身を挙上した体位。心不全や肺水腫で呼吸困難の場合

 

010

起座位。気管支喘息で呼吸困難の場合

(2)足側高位(ショック体位)

仰臥位で足側を水平面より約15°高くなる状態にします(011)。仰臥位で両下肢を挙上することによって、体幹部への静脈韓流量を増やして心臓の前負荷を増加させます。

例)循環血液量減少性ショック、極度の貧血の傷病者

 

011

足側高位(ショック体位)。仰臥位で両下肢を挙上する体位。循環血液量減少性ショックや極度の貧血に適応あり

(3)膝屈曲位

膝を曲げる(012)ことによって、腹壁の緊張が緩和します。傷病者を仰臥位にして両膝を立て、両下肢を軽く開かせます。立てた膝の下に毛布を入れて安定させます。

例)腹部外傷、腹痛の傷病者

 

012

膝屈曲位

傷病者を仰臥位にして両膝を立て、両下肢を軽く曲げる

3.傷病者搬送

傷病者の収容や搬送においても、毛布を使用することがあります。傷病者搬送は、できるだけ傷病者に苦痛を与えず、容体を悪化させることなく医療機関へ安全で迅速に行うことが目的となります。

毛布は充分に握りしめることが難しいので、長距離や階段など搬送困難な場所で使用は避けるようにしましょう。また、使用程度や経年劣化、摩耗などに十分に注意して使用することが重要です。

(1)通常の搬送

毛布を折り込んで(013)、側臥位にした傷病者の下に挿入します(014)。傷病者を仰臥位に戻し、反対側に側臥にして毛布を引き出し(015)、毛布の中央へ乗せます。毛布の両端を丸め(015,016)、しっかりと把持して搬送します(017,018)。

 

013

毛布による搬送要領。傷病者を横にして毛布を入れ込む

 

014

傷病者を仰臥位に戻す

 

015

傷病者を反対側に横にして毛布を引き出す

 

016

毛布の両端を持ちやすいように丸める

 

017

両側から丸めると速い

 

018

毛布の両端をしっかり持つ

 

019

搬送開始

(2)緊急搬送毛布法

傷病者を毛布やシーツに包み、頭部部分を丸めて把持し、後方の安全を確認しながら両肩を浮かせ気味にして毛布ごと引っ張り搬送します(020)。

 

020

緊急搬送毛布法

4.救出搬送

交通事故の現場において、事故車両に傷病者が取り残されていることがあります。現場状況が火災や水没等の危険性がある場合や傷病者が心肺停止状態にある場合は、いち早く車外に救出する必要があります。あくまで緊急時の活動になりますが、毛布を使用することで、頸椎をある程度固定した状態を保ったまま、速やかに救出することが出来ます(021-026)。

 

021

毛布による車外救出要領。両端を持ちます

 

022

毛布を細く丸めます

 

023

毛布の出来上がり

 

024

傷病者の頸部から脇の下に毛布を通します

 

025

脇の下から出てきた毛布を持ち上げます。頭頸部を固定するようにします

 

026

布にしっかりと張力をもたせたまま車外へ救出します

5.固定

骨折や脱臼時においては、損傷部およびその周辺の動揺を防ぐために固定を行います。目的は二次性損傷の予防や、搬送途上の安静を保ち、体位変換時の痛みを軽減することにあります。

(1)股関節脱臼

股関節の脱臼では、激しい痛みのために伸展することができません。無理に伸展すると、動脈や神経の二次損傷をきたす恐れがあります。毛布などを利用して、股関節周辺の動揺を防ぐことができます(027)。

027

毛布による股関節の固定

(2)頚椎保護(中間位)

中間位とは、頸椎が生理的に彎曲した状態をいいます。外傷で頸椎を痛めている恐れがある場合、頸椎カラーによる頸椎保護を行いますが、痛み等で中間位を取れない時は毛布を利用し、そのままの状態で固定します(028)。

028

中間位困難時の固定

6.接遇・精神的ケア

傷病者は病気や怪我によって、ひどく動揺していることがあります。毛布は、その肌触りや温かみから「包まれている」という安心感を与えることができます(029)。時として、対症療法のみならず原因治療につながることもあるといえます。

 

029

動揺している傷病者に安心感を与えることができる

7.遮蔽・プライバシー保護

デジタル化が加速度的に進んだ昨今、スマートフォンやSNSの普及により、個人情報は常に公開・引用・記録されるリスクがあります。また、国際化が進み、訪日外国人観光客が増加している中で宗教的な理由から家族以外の異性に素肌を見せてはいけないといった戒律をお持ちの方もおられます。そのような時代において、傷病者をいたずらに衆人監視に晒したまま救急活動を行うことは望ましくありません。

そこで、毛布は遮蔽・プライパシー保護としても使用できます。第一選択としてはクイックシールド®︎やブルーシートを使いますが、状況に応じて毛布を利用することがあります(030)。

 

030

傷病者のプライバシーを衆人環視から防ぐことができる

7.緩衝材

毛布は使用済となった後でも「緩衝材」として使用することができます。車内や倉庫に資機材を置く際、空間を埋めることで転倒や振動を防ぐことができます(031)。

また、訓練や体力錬成時に下敷きとして使用することができます(032)。

 

031

消防車に積載した毛布

 

032

体力錬成に毛布を使用する隊員

8.おわりに

いかがでしたか?

今回、毛布が持つ活用法をいくつか紹介してきましたが、掘り下げれば掘り下げるほど底知れない可能性を持った資機材だと再認識することが出来ました。

時代は平成から令和へと移り、多様化する災害等に備えるために、AIやロボット等による消防防災体制の科学技術の充実化が加速しています。しかし、今回紹介した毛布というものは、救急業務が始まった「昭和」から救急救命士制度が発足した「平成」を経ても、その形を変えず、そして未来永劫も変わる事なく、使われていく資機材だと思います。

私も先輩方から学んだ思いをしっかり引き継ぎ、今後「令和」という時代を担っていく救急救命士の一員として活躍できるように、日々、訓練や勉学、自己研鑽に励んでいきたいと思います。

 

著者

原口良介(はらぐちりょうすけ)

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唐津市消防本部消防署救急第一係

消防士長

消防士拝命:平成21年4月

救命士運用:令和元年7月

趣味:カメラ、動画編集

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