201030救急活動事例研究 40 植込み型除細動器(ICD)装着傷病者の救急事例 (駿東伊豆消防本部沼津北消防署 渡邉悠可)

 
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症例

近代消防 2020/8月号

植込み型除細動器(ICD)装着傷病者の救急事例 (駿東伊豆消防本部沼津北消防署 渡邉悠可)

 

渡邉悠可

駿東伊豆消防本部沼津北消防署

〒410-0053 静岡県沼津市寿町2-10

駿東伊豆消防本部沼津北消防署救急第二係

電話: 055-923-0119

 

目次

1.はじめに

植込み型除細動器(Implantable cardioverter defibrillator, ICD)が装着されている傷病者の救急事案において、ICDによる除細動が数回にわたり繰り返された症例を経験した。対応に苦慮した症例のため、当地域のメディカルコントロール協議会にて検証を行ったので穂報告する。なお、心電図は実際の傷病者のもの、現場活動写真は再現である。

2.症例

59歳男性。現病歴として閉塞性肥大型心筋症がある。

事務作業中、来客に対応しようと立ち上がった際に卒倒し(001)、近くにいた同僚からの救急要請となった。1分間ほどの意識消失の際にICDが1度作動し、意識を回復したという情報があった。

接触時傷病者は職場の事務所内に仰臥位でいた(002)。意識レベルはJCSⅠ-1、初期評価良好。本人から、軽度呼吸苦の訴えを聴取し(003)、同時に失禁を確認した。バイタルサインを表1に示す。心電図以外に明らかな異常はなかった。車内収容後もバイタルサインに異常はなく、意識レベルにあっては清明な状態に改善した。傷病者が循環器にてかかり付けの2次医療機関を選定し現場を出発した。

現場出発2分後に容態が変化した。突然意識を消失し、心電図上で心室細動(VF)を確認した(004)。車両を停止させると意識消失から十数秒でICDが1回作動し、傷病者は意識を回復した。その後酸素投与を開始し(005)、バイタル測定を実施するも、明らかな異常はなかった。傷病者の主訴は軽度の呼吸苦から胸部の不快感に変化した(006)。容態変化した際の心電図波形(007)を示す。

1回目の容態変化後、医療機関へ再出発するも、11分後に再度CPAへ状態が移行した。波形はVFで、ICDが作動するもVFは継続しており、続けて十数秒後のICD作動により意識が回復した。2回目の容態変化時の心電図を008に示す。救急隊の除細動器による除細動を考慮していた際に、再度ICDが作動し、傷病者は意識を回復した。その後、病院到着となった。

 

 

001

事務作業中、来客に対応しようと立ち上がった際に卒倒した

 

002

接触時傷病者は職場の事務所内に仰臥位でいた

 

003

軽度呼吸苦の訴えを聴取した

 

004

突然意識を消失し、心電図上で心室細動(VF)を確認した

 

005

意識を回復後に酸素を投与した

 

006

胸部の不快感を訴えた

 

007

救急車内での最初の意識消失時の心電図。上から意識消失前、心室細動発作、ICDによる除細動

 

008

2回目と3回目の容態変化時の心電図。上から二度目の除細動、3度目の除細動、その後の二段脈

3.地域メディカルコントロール協議会での検証結果

(1)ICD患者への除細動について

ICDによる除細動で改善しない致死性不整脈に対し、救急隊による除細動は必要なのか、あるいは、次のICDによる除細動を待機した方が良いのかという内容である。検証結果では、ICDによる除細動で改善しない致死性不整脈でも、AED等による除細動で改善の可能性があるとの結論であった。

(2)AED等による除細動でのICD機器本体への悪影響の有無

ICDのメーカーより、「外部からの除細動に対し、機器を保護する設計が施されていることから、除細動による影響を考える必要はない」「ただし、外部からの除細動を実施した場合には、メンテナンスの必要がある」

(3)救助者が感電する可能性及び程度について

感電の可能性はあるものの、微小電流のため、身体に健康被害があるものではなく、医療機関では通常通りの心配蘇生(CPR)が実施されている。

4.考察

ICDを植込んだ傷病者の対応については、救急隊員に限らず、現場に消防隊が先着した場合にも、ICDについての一定の知識が求められる。知識がなければ胸骨圧迫やAEDによる除細動を躊躇してしまうことも考えられる。そういった状況を回避するためにも、ICDを植え込んだ患者に対するCPRプロトコールの記載を設けることや、訓練研修を実施することで円滑な現場活動が望めると考える。さらに、先着した消防隊により、ICD手帳やお薬手帳など、傷病者情報の確保ができていれば、活動時間の短縮につながる。

地域メディカルコントロール協議会にて検証された内容に共通することは、通常通りのCPRを躊躇しないということであった。ICDが作動した時点で、致死性不整脈の出現が疑われ、緊急度、重症度が共に高い状態であり、迅速かつ適切な活動が求められる。他の地域では、すでにICDについて記載があるプロトコールの運用が開始されていると聞く。以上のことから、プレホスピタルにおけるICDを植込んだ傷病者に対するプロトコールについて、議論する必要があると考える。

5.結論

(1)植込み型除細動器(ICD)が装着されている傷病者の救急事案を経験したので報告した

(2)意識消失とICDによる除細動が数回にわたり繰り返され、意識清明の状態で病院収容となった

(3)地域メディカルコントロール協議会では通常どうりのCPRを行うとの検証結果であった

 

名前:渡邉悠可

よみがな:わたなべゆうが

所属:駿東伊豆消防本部沼津北消防署救急第二係

出身:静岡県沼津市

消防士拝命年:平成27年4月1日

救急救命士合格年:平成27年

趣味:キャンプ

ここがポイント

埋め込み型除細動器ICDを装着している患者での心肺停止事例である。ICDは致死的不整脈を検知して自動で除細動を行うものであり、アミオダロンなどの抗不整脈薬に比べて死亡率を有意に減少させることが示されている1)。高齢化と機器の進歩によって埋め込み患者はどんどん増えており、オーストラリアの例2)では患者数は10年間で3倍になっている。75%は男性。埋め込まれた患者は70歳以上で10万人あたり78人であり、日本の肺癌の罹患率より高い。適応疾患は心筋梗塞、肥大型心筋症、拡張型心筋症、うっ血性心不全が主なものである。デンマークからの報告では、心筋梗塞で病院外心停止を起こしたのちにICD埋め込みを受ける症例は19.3%もある3)。が埋め込みを受けている。本症例は肥大型心筋症であった。

老人人口は2042年にピークを迎える。それまではICD患者は増えていく。検証結果のように、ICDがあったとしてもやることは普段と変わらないことを覚えておこう。

1)N Engl J Med 2005;352:225-37

2)Med J Aust 2018;209:123-9

3)Eur Heart J Acute Carciovas Care 2017;6:144-54

症例
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