月刊消防2020/7/1, 2020/8/1
救助の基本+α
ラフトボートを用いた急流救助
目次
1.はじめに
恵那市は、岐阜県の南東部にあり南は愛知県、東は長野県に接した場所に位置し、平成16年10月に旧恵那市と旧恵那郡の5町村(岩村町、山岡町、明智町、上矢作町、串原村)が合併して誕生した、人口約5万人、面積504.24k㎡、森林面積389.59k㎡と、管内の8割弱が森林に囲まれた山間の町です(001)。
歴史的な建造物が豊富な恵那市内には中山道46番目の宿場町として栄えた大井宿の古い街並みや、朝の連続ドラマの舞台にもなり、女城主を擁した岩村城の城下町である岩村町、大正の街並みと、明智光秀ゆかりの地であり、多くの史跡が残る明智町など、歴史の面影を感じる街並みが残る一方、市内の北側には木曽川、南側には矢作川と豊富な水量を蓄える二つの一級河川が流れ、登山客やボルダリング客で賑わう、笠置山、屏風山などがあり、自然環境も大変豊かなところです。
このような、恵那市を管轄する当消防本部は、1消防本部、3消防署、1分署、1救急分遣所80名で業務を担っています。
001
恵那市の位置
2.急流救助について
急流救助の歴史は、先進国のアメリカでさえ技術体系が確立されたのが40年ほど前で、日本では20年ほど前と消防の近代化が進んで以降の新しい救助技術となります。
急流救助と陸上で行う救助活動を比較し異なる点として、水圧という環境が常に救助者に対するリスクとして存在し、このリスクをいかにして回避するかが救助活動を行う上で重要となります。当本部の管内には木曽川、矢作川という二つの一級河川が流れており、その支流であっても豊富な水量を蓄え、水深は比較的に浅いものの流れは早く、たびたび発生する急流救助事案に対する活動方針の一元化は急務の課題でした。
その中で、急流救助の安全かつ効果的な活動及び救助現場に応じた活動を行うことを目的として検討を重ね、複雑なシステムを排除し、刻一刻と状況が変化する急流救助事案に対応できるよう、救助方法をシンプルにすることでヒューマンエラーを防ぎ、かつスピーディーに、そして安全確実に活動を行うことを重点に置き、平成25年に完成したのが恵那市消防本部急流救助マニュアルです。
今回、急流救助マニュアルで定義する主な用語の説明と当本部が所有する急流救助資機材の一部及び、中州や対岸に取り残された要救助者を救出するため、ラフトボートを用いた救出方法のラダープラットホームと2ポイント・4ポイントテザーシステムを主に紹介します。
3.急流救助マニュアルで定義する主な用語の説明
・ホットゾーン(危険地帯)
水中の範囲、主に要救助者の位置を指す。
・ウォームゾーン(準危険地帯)
川岸から概ね5メートルの位置を指す。現場指揮本部を設置する場合はこの範囲に設置する。
・コールドゾーン(安全地帯)
活動を支援する範囲を指し、個人装備の着装等を行う。
・ストロングサイド
部隊の進入、配置が容易な川岸を指し、要救助者救出側となる。
・ウィークサイド
ストロングサイドの対岸を指し、部隊の進入等が困難な場所。
・スポッター
災害現場から上流側を監視する要員を指し、救助の妨げとなるような上流からの漂流物の 監視を任務とする。
・バックアップ
災害現場から下流側に配置し、救助者または要救助者が流された場合にスローバックを投入し救出するための要員を指す。救助活動現場にあわせ複数人配置する。
・エディー
流れの中にある障害物の下流側や湾曲部分の内側に発生する反転流を指し、進入、着岸及び隊員待機場所 若しくは要救助者救出場所として利用する。
・クッション/ピロー
流れの中にある障害物の上流側に発生する盛り上がった水の動きをクッションといい、その下流側にはエディーが発生する。
・ホール
流れが川中の岩などを乗り越えたあと落ち込み、巻き返すように波立つ場所をホールという。回転しながら循環する複雑な水流は、落ち込み部分に吸い付けられるようにボートや人を飲み込み、大事故につながる。
・ホワイトウォーター
水が落ち込む際、空気を含み、水が白く泡立っている部分。水に含まれる空気の比率が40%から60%あり、ホールに発生する。水の中に空気が約半分ある状態なので、浮きにくくなる。
・ボイル
ホールの下流側で湧き上がる上昇流または、それが水面から出た部分を「ボイル」と呼ぶ。また、河床の形状によっては比較的水深の深い場所で、複雑な水流が発生し、気泡を含まない上昇流が生じることもある。
ボイルによって発生するバックウォッシュとアウトウォッシュの境界をボイルラインという。
・バックウォッシュ
ボイルラインから上流に向かう流れを「バックウォッシュ」という。この部分はホワイトウォーターの状態である。この部分に巻き込まれると抜け出せなくなる可能性がある。
・アウトウォッシュ
ボイルラインから下流に出る水流をアウトウォッシュという。
・ローヘッドダム
ローヘッドダムは真っ直ぐ同じ形状で落ち込んでいるため、バックウォッシュが中央、左右で変わらない。また、右岸から左岸までつながっているのでバックウォッシュの幅が長く、左右から回避できない。ホールの中でももっとも危険な形状である。フェースからボイルラインまでの幅が広いほど危険度が増す。
・ストレーナー
川の中に存在する流木、倒木、ゴミ、岩(アンダーカットロックなど)やコンクリートブロック、取水口など、水は通すが物は通さない形状の障害物をストレーナーという。流水中では最も危険な障害物であり、要救助者の生命に直結する。救助も困難を極めることが多く、救助の失敗例も多い。救助者も不用意に近づかないこと。
・ラインクロッシング
ロープを対岸に渡すことで、隊員が橋を歩いて渡すローリスクから、対岸まで泳いで渡すハイリスクな手技まで様々な方法がある。
・フェリーアングル
水流に対しおおむね45度の角度のこと。スイムやボートで河川を渡る場合にフェリーアングルを維持し、上流からの動水圧を利用することで対岸まで押し進めることができる。
4.当消防本部が所有する流水資器材の一部
ラフトボート(002)
品 名 | アキレス RJB-340 |
定 員 | 6名 |
積載量 | 540kg |
サイズ | 全長336㎝、全幅158㎝ |
総重量 | 44kg |
気室数 | チューブ本体2気室 スウォート2気室 エアフロア1気室 |
底形式 | エアフロア |
①空気注入型でボート自体に高い浮力性能がある。
②流水環境下において、安定性、機動性が優れて
いる。
③自動排水システムがある。
④気室が5つに分かれており1室から空気が
漏れていても浮力を保つ。
⑤D環が8カ所ありロープ等を結ぶことが出
来る。
⑥徒手搬送が容易である。
(002)ラフトボード各部の名称
①アウターチューブ(外周の部分)
②バウ(船首)
③スウォート
④フロア(床の部分)
⑤セーフティーライン(ロープ)
⑥スターン(船尾)
5.スローバック
当消防本部が所有するスローロープは、ロープ径が9㎜のものと11㎜のものがあります。
どちらの径のロープもスローバック及び誘導ロープとして使うことは可能ですが、9㎜径のロープは重量890g、破断強度1KNであるのに対し、11㎜径のロープは重量1650g、破断強度1.35KNと重量と破断強度に違いがあるため、当本部では軽い9㎜径のロープをスローバックとして、強度が高く握りやすい11㎜径のロープ(003)を誘導ロープとして使用方法を分けています。
9㎜スローバックには、ガイドベルトを通してあり(004)、活動隊員の腰部に携行することが可能で、クイックリリース機能を用い、直ちにスローバックレスキューに移行することができます。
003:11mm×25m
004:9mm×22m(ガイドベルト付き)
6.PFD
PFDとはPersonal flotation deviceパーソナル・フローテーション・デバイス(個人用浮力道具)の頭文字をとったもので、流水救助において最も重要な装備の一つと言えます。当消防本部所有のPFD(005,006)は、浮力が10㎏以上のものを使用しています。
PFDにはナイフ、フラッシュライトの他、右側ポケットにはアルミカラビナ3枚、背部収納袋にはウェービングテープ4.5mが2本とアルミカラビナ2枚を収納し(007)、これ以降に紹介する救助手法に使用するものの他、支点の作成など幅広く活用します。
006
PFD, 背面から
007
PFD。背部収納袋にはウェービングテープ4.5mが2本とアルミカラビナ2枚を収納
7.ラフトボートを用いた救出方法について
(1)ラダープラットホームとは
三連はしごに結着したラフトボートを岩場や中州等に取り残された要救助者のもとへ隊員が入水することなく届ける救助手法です。
ラフトボートに三連はしごと誘導ロープを結着することで、安定した活動拠点となる足場を構築することができ、三連はしごはラフトボートへ救助員が移動するための手段として、また、要救助者自身が三連はしごを渡り、ストロングサイドへ移動することも可能です。
ただし、三連はしごを全伸ていした距離までしか使用できないので注意が必要です。
・必要資器材
三連はしご、ラフトボート、スローロープ2本(誘導ロープ)、アルミカラビナ、ウェービングテープ3本(三連はしご結着用)、その他救出や作業に必要な資器材。
・隊員数
誘導ロープの操作に各1名、三連はしごの操作に2名、乗船する救助員1名の最低5名が必要となります。6名以上の隊員で活動する場合は上流側の誘導ロープに2名配置するか、救助員を2名に増やします。
・設定要領
三連はしごの三連目をラフトボート側面にあるD環にウェービングテープで結着し、はしごを固定します(008)。掛け金は三連はしごを押し引きする際に外れてしまう可能性があることから、一連目と二連目、二連目と三連目を結着し、誘導ロープをバウ、スターンの2箇所のD環に取り付けます(009)。活動スペースが狭い場合は、伸ていしながらボートを進めることも考慮します。ラフトボートに乗船する救助員の指示で、三連はしごの送り出しと誘導ロープを操作し、目的の場所へラフトボートを到達させ、要救助者を救出します(010)。
誘導時のポイントとして、川の流速にもよりますが、下流から上流へラフトボートを移動させることは非常に困難です。このため、上流側から目標に移動させることを基本とします(011)が、下流から移動することしかできない場合は、上流側の確保員を増員して対応します。
(008)三連はしごとボートの結着方法
(009)三連はしご一連目と二連目、二連目と三連目の結着方法
(010)ラダープラットホームでの救出
(011)ラダープラットホームでの救出図
(2)2ポイント・4ポイントテザーシステムとは
2ポイントテザーシステムは、ラフトボートバウのD環2箇所に誘導ロープを取り付けるだけの非常に簡単なシステムです。バウに取り付けた誘導ロープを陸上から操作し、上流の岩場や中州に取り残された要救助者を救出します(012)。
4ポイントテザーシステムは、2ポイントテザーシステムの誘導ロープに加え、ラフトボートスターンのD環にも誘導ロープを取り付け、4本の誘導ロープを陸上から操作します。スターンに取り付けた誘導ロープはローヘッドダム等のバックウォッシュが発生する場所から要救助者を救出後、ラフトボートを離脱させるために使用します(013)。
(012)2ポイントテザーシステムでの救出図
(013)4ポイントテザーシステムでの救出図
・必要資器材
ラフトボート、スローロープ2本または4本(誘導ロープ)、アルミカラビナ、その他救出や作業に必要な資器材。
・隊員数
誘導ロープの操作に各1名、乗船する救助員が2名の2ポイントテザーシステムで最低4名、4ポイントテザーシステムでは最低6名が必要となります(014)。
川幅が広く流れが急な場合は上流側の誘導ロープ操作員を増員するか、ラフトボートを漕ぐ必要がある場合はラフトボートの救助員を増員します。
・設定要領
ラインクロッシングで対岸に渡した誘導ロープとストロングサイドの誘導ロープ2本または4本をラフトボートのバウ及びスターンのD環に取り付けます。
・注意点
誘導ロープの操作に支障のある藪や木々が生い茂っているような場所や、川が湾曲している場所ではシステムが機能しない場合があります。テザーシステムが最大限利用できる場所の目安は、川の流れが直線で見通しがきくこと、流速は毎秒2.5m以下であること、川幅が75m以内であることが条件となります。
これ以外の注意点として、誘導ロープの長さは川幅の2倍以上であること、誘導ロープの 角度は120度以内を維持することも条件となります。
ラフトボートの誘導は、乗船する救助員の笛や手信号の合図により行います。ラフトボートが横向きになると転覆の恐れがあるため、注意して誘導・操作する必要があります。
・要救助者の救出及び救助員の回収
要救助者をラフトボートに乗船させた後、ストロングサイドへ救出します。要救助者救出完了後、ウィークサイド(対岸)の隊員及び資器材等をラフトボートで回収するため、誘導ロープの操作により、ラフとボートを一旦ウィークサイドへ接岸させ、ラフトボートのストロングサイドのバウD環に取り付けてある誘導ロープをウィークサイドのバウD環に付け替え、他のロープはすべて撤収し、隊員を乗船させます。その後、ストロングサイドの誘導ロープ操作によりフェリーアングルを維持させ、ストロングサイドへ帰還します(015)。
(014)2ポイント実施写真
(015)要救助者の救出、救助員の回収
8.おわりに
流水での救助活動は特殊な環境下で活動を行う必要があることから多大なリスクを伴います。
急流救助は声を掛けること、物を差し伸べること、ロープを投げること、ボートレスキュー、ライブベイトレスキュー(救助員が直接泳いで要救助者に接触する方法)の順にリスクが高まり、二次災害の発生も懸念されます。
今回紹介させていただいた救助手法は、リスクの高いボートレスキューの中でも迅速に活動を行うことが可能な3つの救助手法を、当消防本部のマニュアルに沿って紹介させていただきました。
人員、資器材に違いがあるため、各消防本部(局)の運用方法と逸脱している部分もあると思いますが、読者の皆様の参考になれば幸いです。
最後に、マニュアルを作成するにあたりご協力いただいた各関係機関の方々に、この場をお借りしてお礼申し上げます。
所属:岐阜県恵那市消防本部
出身地:大阪府
消防士拝命年:平成14年
趣味:プチDIY
(016)著者写真
コメント
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