220521救急隊員日誌(210)医療用語と知識

 
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救急隊員日誌
月刊消防 2021/11/01, p71
空飛ぶクルマ

医療用語と知識

救急搬送した際の救急医の会話「アッペかもしれないな。」「ダイセクかもしれないな。」何気ない救急医の会話であるが、救急救命士の資格取得直後は、その医療用語がわからなかった。救急医が救急救命士からの申し送り後に、何の病態を疑っているのかがわからず、恥ずかしく「アッペ(虫垂炎)って何ですか?」「ダイセク(大動脈解離)って何ですか?」と質問することもできなかった。これを機に、医療用語について救急隊で勉強することになった。

東京大学名誉教授で教育学者の汐見稔幸氏は「なぜ勉強するのか」という問いに、「好奇心や思考力、表現力を伸ばすため」と答えている。「これからは「教えたことをどのくらい覚えているか」ということを学力の目安にするよりは、「与えたテーマをどう解決していくか」という思考力や、「考えたことをどう伝えるか」というコミュニケーション力や表現力を学力として考えたほうがよい」、としたうえで、「豊かな思考力を身につけるには『思考する練習』が必要」と述べている。
救急搬送後の帰署途上の車内で救急事案のフィードバックをしながら、医療用語についてお互いが調べた項目をクイズ形式で質問しあう。このような会話を通じ、医療用語で病態を考える方法で知識の向上を図った。

先日の救急事案。「40歳女性、気分不良を訴えています」との通報内容で出動した。現場に到着すると母親から「右乳がんの手術をしていて、医師から右で血圧測定をしないように言われています」と聴取した。私は、隊員に左上肢で血圧測定するように指示をして医療機関へ搬送した。


帰署途上の車内で隊員は「救急救命士標準テキストには、「透析用シャントがある傷病者は、シャント部に血栓を形成する可能性があるので、反対側で測定する。」と書かれているが「血圧測定注意点に乳癌のことは書かれていない。(*)」と訴えた。
私は、医療用語のクイズ形式で得た知識で隊員に説明した。

マンマ(乳癌)の手術をして、腋窩リンパ節の郭清範囲が広いほど、乳癌術後におけるリンパ浮腫の発症リスクは高くなる。リンパ節郭清後はリンパ管の輸送機能が障害されてリンパ液の流れが停滞し、タンパク成分を多く含む組織間液が皮下組織に過剰に溜まり、むくみが生じやすくなる。また、毛細リンパ管は表皮の直下にあるため、外部からの影響を受けやすい。そのため、血圧測定時のマンシェットによる患側の圧迫は、毛細リンパ管を壊してしまう恐れがある。しかし、乳癌診療ガイドラインには、「スキンケアや術後早期からのウエイトトレーニングによりリンパ浮腫が予防される」「採血、血圧測定、飛行機の搭乗などは、リンパ浮腫のリスクにはならなかったという報告もある」と書かれている。今回は、手術した医師の指示のため、その指示に従うべきだよ。」と伝えた。

何気ない医師の会話から生まれた勉強方法であるが、知識の向上に繋がっている。今日もまた、帰署途上の医療用語を交えた勉強が楽しみだ。

*この原稿をいただいた時に発行されていた標準テキストには乳癌について確かに書かれていませんでした。この原稿をもらった後に、出版社に連絡して追加記載してもらっていますので、現行のテキストには書かれています(私は救急救命士標準テキストの筆者の一人です)。

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