月刊消防 2024/01/01号 p52-3
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体重と心肺蘇生の関係
目次
はじめに
アメリカに行くと、日本ではまず見られない超肥満体の人が普通に歩いている。アメリカの国内線の飛行機に乗った時のこと。50歳くらいの恰幅のいいご婦人が私に話しかけてきた。聞くと、足元に物を落としたのだが自分は屈むことができないので拾って欲しいとのこと。確かに座席いっぱいに体幹がはまっている。このご婦人も今に糖尿病になったり関節が痛くなったりするんだろうなとその時思った。
今回は体重に関する研究を紹介する。
肥満は蘇生を妨げるという論文
まずは東京女子医大から出た論文1)。人工心肺や人工肺を使った体外式心肺蘇生法(ECPR)を受けた患者のBody Mass Index(BMI)と転機の関係を報告している。対象は2013年から2018年までにECPRを受けた1044例。これを低体重(BMI<18.5)、正常体重(BMI=18.5~24.9)、過体重(BMI=25~29.9)、肥満(BMI>=30)に分類した。検討項目は院内死亡、退院時の神経学的後遺症、ECPR関連の合併症である。
結果として、年齢の中央値は61歳、BMI中央値は24.2であった。各群の比較では、正常体重群に比べ過体重群と肥満群は院内死亡率が有意に高かった。神経学的後遺症については、正常体重群と比較して肥満群で有意に増加した。
同じような論文がアメリカから出ている2)。こちらは対象が難治性心室細動・心室頻拍による院外心停止患者で体外式心肺蘇生法が行われた2803例。BMIが30以下の患者と30を超える患者で比較している。BMIが30を超えた患者群は30以下の患者群と比較して心肺蘇生時間が有意に延長し、膜型肺を必要とした割合が有意に高く、退院までの生存率が有意に低かった。ただ生存退院した場合の4年後の死亡率には差が見られなかった。
体外式心肺蘇生という特殊な状況での研究であるが、太り方がひどいほど胸骨圧迫もカテーテル挿入も大変になるので、納得できる結果である。
メタアナリシスでは差がない
一方、メタアナリシス論では差はないと結論している。中国から出た報告3)で、過去に発表された心停止に関する20件の研究を解析対象としている。それによると、正常の体重の患者に対して、低体重の患者は院内死亡率が高く、6ヶ月後の死亡率は低いが1年後の死亡率が高いという、よく分からない結論になっている。神経学的後遺症のリスクについては低体重群は正常体重群より低い。また正常体重群に対する過体重・肥満群の比較では、院内死亡および退院後6ヶ月以内の死亡リスクは正常体重群と同様で、1年後の死亡リスクは正常体重群より低かった。神経学的後遺症のリスクは正常体重群と同じであった。
集中治療室でも差がない
ポーランドからの報告4)である。集中治療室入室時に測定されるBMIと院内死亡の関係を調べたものである。対象は心停止後に心拍が再開し単一の大学病院集中治療室に入院した患者129例。平均年齢は男性63歳に対して女性69歳と、女性の方が高齢であった。BMIは男性女性にかかわらず院内死亡との関連はなかった。院内死亡リスクに関連する項目は、男性における年齢および初期心電図波形(心室細動もしくは無脈性心室頻拍)であり、この項目は女性ではリスクに関連していなかった。
体温管理療法でも差がない
韓国からは、BMIと体温管理療法(低体温療法)との関連が報告5)されている。対象は1315例。6ヶ月後の死亡率および神経学的後遺症の程度はBMIとの関連は認めなかった。また33度で管理した場合ではBMIが18.5未満の低体重患者は6ヶ月後の神経学的後遺症のリスクが高かったのに対し、36度で管理した場合には体重とリスクの関連はなかった。
肥満の人は心臓突然死が多い
突然死についても報告6)が出ている。オーストラリアのビクトリア州で2019年から2021年の間に発生した全ての若年性心臓突然死の集計である。対象は504例、年齢は18歳から50歳。BMI30以上の肥満群と30未満の非肥満群の比較である。それによると、年齢をマッチさせた一般集団ではBMI30以上の割合は29%であるのに対して突然死の患者群は55%と肥満の割合が有意に多かった。また高血圧、糖尿病、閉塞性睡眠時無呼吸症候群の割合も有意に高かった。心停止時に観察されたのは心室細動で、左室肥大の割合も有意に多かった。一方違法薬物摂取率とアルコール乱用歴は有意に低かった。死因は左心室肥大(肥満群の61%が罹患)による不整脈であり、冠動脈疾患で死亡した割合は全体の9%しかなかった。
肥満は体に悪いが蘇生を妨げるものではない
こうしてみると、BMIが30を超えるような高度の肥満は生活習慣病になる可能性が高いので、その結果病院外心停止も起こしやすい。だが一回自己心拍が再開した後では、通常の心肺蘇生では同じような結果が得られるようだ。ただ人工心肺や人工肺を用いる蘇生現場では、低い予後予測から適応から外れる可能性がありそうだ。
文献
1)Resusc Plus 2023 Nov 9:16:100497.
2)Kosmopoulos M: Resuscitation 2023 Jul:188:109842.Epub
3)Xie W: Cardiol Rev 2023 Nov 30. Online ahead
4)Nutrients 2023 Aug 4;15(15):3462.
5)PLoS One 2022 Mar 29;17(3):e0265656
6)Am J Prev Cardio 2022 Jul 26:11:100369
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