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特異事例
ワカサギ釣りでの一酸化炭素中毒
講師
氏名:坂木 健一(さかき けんいち)
所属:釧路市西消防署 阿寒湖温泉支署
出身:北海道夕張市
消防士拝命:平成17年1月1日
趣味:バレーボール
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はじめに
(写真一)白湯山から見た阿寒湖全面結氷
マリモが生息する神秘の湖として全国にその名を知られる阿寒湖は、雄阿寒岳の噴火によりできた淡水湖で、原産のヒメマスをはじめ、ニジマス、アメマス、ワカサギなど豊富な魚たちが生息する湖です。冬は全面結氷(写真一)し、ワカサギ釣り、スケート、スノーモービルなどのウィンターレジャーが盛んで阿寒湖氷上フェスティバル・氷上花火大会などのイベントも開催されています。
今回は、一月一日~三月三十一日まで楽しめる氷上でのワカサギ釣りで起きた一酸化炭素中毒*1事故について掲載します。
*1 一酸化炭素は、炭素含有物の不完全燃焼によって生じる無色・無味・無臭の気体です。体内血液中酸素の搬体であるヘモグロビンとの結合力が酸素の約二OO倍であり、容易に酸素を追い出して一酸化炭素ヘモグロビンとなります。そのため少量の一酸化炭素でも血液の酸素運搬能力が著しく損なわれ症状が出現します(表1)。治療は酸素吸入であり、重症の場合は高圧酸素療法が行われますが、精神運動能力に後遺症を残すことも少なくありません。
事例
覚知 厳冬の二月二十七日午前三時五十一分阿寒湖上でワカサギ釣りをしている男性がテント内で倒れたとの救急要請により出動。
現場状況 湖岸の釣り人専用駐車場(陸上)から約五十メートル地点の結氷湖上に張られたテント内(写真二)であり、関係者の誘導により傷病者と接触する。
ホワイトガソリン式ランタン。※実際に使用された製品とは異なります。
発症状況は、昨日二十二時頃からテント内で男性二名がワカサギ釣りをし、照明のためのランタン(ホワイトガソリン燃料)をテント内で長時間使用していた(写真三)。換気のため時々通気口を開けてはいたが、徐々に眩暈や虚脱感を感じていた*2けれどもそのまま釣りを続けていたもの。
傷病者状況 テント内には二名の男性(写真4)。
傷病者Aはテント内で右側臥位、意識レベルJCSⅠ?1、呼吸様式正常、主訴は上肢の痺れ感を訴えていた。状況聴取及び観察を実施し、酸素投与(高濃度酸素マスク二十五リットル)*3実施。
傷病者Bはテント内で坐位、意識清明、呼吸様式正常、主訴は呂律が回らないと訴えていた。観察を実施し、酸素投与(高濃度酸素マスク二十五リットル)実施。二名とも関係者の所持していたスノーボートに収容したのち、釣り人専用駐車場に待機の救急車まで搬送後車内収容。車内にて二名の観察及び酸素投与継続。容態変化なく医療機関*4へ到着。医師引継ぎ実施。
診断名 収容先の初診医の診察により、二名とも一酸化炭素中毒(軽症)との診断結果であった。酸素投与のみで症状は消失しそのまま帰宅しています。
事例解説
*2 表1の通り、一酸化炭素濃度が少量から初期症状が出現してきます。
*3 意識が清明ならば高濃度酸素マスクにより十分な流量で一00%酸素を投与します。自発呼吸が弱いときは補助換気をリザーバー付きバッグ・バルブ・マスクで行います。また、一酸化炭素中毒ではSpo2の値が信用できません。Spo2の値が一00%だからといって酸素投与をやめてはいけません。
*4 一酸化炭素中毒を疑った場合、救急隊員が搬送する医療機関を選定する際のポイントは、医療機関に血液ガス分析装置があることと高気圧酸素療法が可能な医療機関を最低限考慮します。ただ今回の事例では消防と地元医療機関との当時の取り決めで全ての救急患者は地元医療機関に搬送することが決まっていたため地元の診療所に搬送しています。
釧路市では、救急搬送で常時高気圧酸素療法が可能な医療機関は二次救急医療機関二施設、三次救急医療機関一施設あります。阿寒湖温泉地区から救急車での搬送時間は、二次救急医療機関で六十分、三次救急医療機関では九十分掛かり救急搬送に関し苦慮していることであります。平成二十一年十月から、道東ドクターヘリ運航に伴い搬送時間の短縮、医師による早期治療が可能となりました。
普段から救急出動に備え、医療機関の診療状況等を把握することも救急隊員として必要なことと思われます。
おわりに
一酸化炭素中毒は、常識では考えられないことが起こりえることを改めて認識させられた事例です。
一酸化炭素中毒といえばテント内での木炭コンロ(写真5)や
ガソリンコンロ、(写真6)、室内でのガス湯沸かし器やストーブの不完全燃焼が思いつきます。
しかし、本事例のように通常照明用器具として使用されるランタンでも、密閉された狭いテント内で長時間使用すれば酸素不足から器具の不完全燃焼による一酸化炭素中毒を引き起こします。これら一酸化炭素の発生源がすぐ目の前にあれば判断は容易ですが、ガス湯沸かし器など死亡後に確認される事例もあります。救急隊による適切な現場観察及び処置が傷病者の予後を左右しかねないことから、その疾病原因を正しく判断することが重要です。
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