心電図波形はVFだが、自発呼吸があった事案

 
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症例

心電図波形はVFだが、自発呼吸があった事案

2018年2月25日日曜日

心電図波形はVFだが、自発呼吸があった事案

この事案では、当初救急搬送を頑なに拒否していた傷病者。突然、全身性強直性痙攣が生じCPAとなり、心電図波形はVFだが、自発呼吸があった事案です。

発生日時と通報に至る経緯

平成27年9月某日。現場は一戸建て住宅が立ち並ぶ閑静な住宅街。傷病者宅は一戸建て(二階建)住宅。7時50分頃、隣人が1階の庭先で洗濯物を干していたところ、急にガラスの割れる音が聞こえたので、傷病者宅を見に行くと、庭先の掃出し窓が割れていた。傷病者宅の玄関が開いていたので、中に入って確認すると、顔面付近から血を流し倒れている傷病者を発見し119番通報。

(時間経過にあっては表1参照。)

表1

時間経過

—————————-

07:50 隣人が窓ガラスの割れる音を聞く

08:08 消防覚知

08:15 現場到着

08:59 玄関先で全身性強直性痙攣

09:00 車内収容及び除細動(1回目)

09:02 評価で自発呼吸確認(補助換気)

09:03 除細動(2回目)

09:05 現場出発

09:12 除細動(3回目:医師の指示あり)

09:18 病院到着

10:16 病院引揚

10:30 帰署

 


 

出動途上の考察

 通報内容は「60代男性、顔面から血を流し倒れている。」通報時の事故種別は「一般負傷」。転倒した際に負傷したと推定。

 「つまずいたことによる転倒」、「意識障害などが先行したことによる転倒」の2点を疑い現場へ向かった。

現場到着時の状況

 傷病者は独居。1階の玄関で仰臥位、身体を激しく動かし不穏状態であった。(001)

001

身体を激しく動かし不穏状態の傷病者

現場到着時の考察

傷病者は不穏状態で体動が激しく、救急隊の問い掛けにも明確な返答が無かったため、意識障害を来す疾患や精神疾患等も考慮し活動した。

車内収容までの状況

観察した結果、意識レベルJCS―1、顔面蒼白・冷汗著明・橈骨動脈は微弱。ショック症状を呈しており顔面にはガラスで負傷したと思われる切創(約3㎝で出血は治まっていた)を確認した。

 主訴にあっては「腰が痛い。目がかすむ」と聴取。傷病者の状態が悪いと判断し、車内収容しようとしたところ「病院には行かない。時間が経てばすぐ治る。息子に連絡してくれ。」と頑なに搬送を拒否。また、バイタルサイン測定にあっても体動が激しく、本人も非協力的で難航した。(002)

002

体動が激しく、本人も非協力的

 傷病者が落ち着いたときを見計らい、バイタルサイン測定及び事故概要の聴取を実施した。この間、隊員は通報者である隣人及び室内に有益な情報がないか情報収集。傷病者は転倒した原因や顔面の切創についての記憶はなく、有益な情報は聴取できなかった。

 傷病者への説得(003)を続けている最中、台所に置いてあった携帯電話内メモリを検索し、ようやく息子との連絡がつき「仕事に行く途中でしたが、そちらへは10分後に到着できます。」とのことで、救急車内で息子を待つよう説得(約10分間)したところ、ようやく了承を得た。その後突然、全身性強直性痙攣(十数秒)が生じ、容態変化。

003

傷病者を説得

 観察したところCPA(004)。心電図波形を確認すると、VFであったため1回目の除細動を実施。その間、市内三次病院に連絡開始。

 1回目除細動後(2分後)の評価の際に自発呼吸は再開していたが、頸動脈触知できず。心電図波形はPEAから再度VFとなった。この後、胸骨圧迫時にのみ開眼し体動を認める(005)。機器の不具合及び振動等の影響もないと判断し、自発呼吸はあるもののVFのため2回目の除細動を実施した。「自発呼吸ありの心停止で傷病者」

 2回目の除細動後(2分後)の評価で心拍再開を頸動脈で確認し(心電図波形は洞性頻脈)、市内三次病院へ、搬送開始する旨を伝えた。

 傷病者を車内収容した直後に到着した息子に搬送先及び傷病者の状況を伝えると「同乗せず、車ですぐ病院へ向かいます。」との返答(006)。同乗なしで現場出発。

 搬送途上に3回目のVF(自発呼吸あり、BVMにて補助換気実施中)となり、医師に連絡し指示を仰ぐと、「除細動を実施し、早期搬送して下さい。」との指示、3回目の除細動を実施した。その後、胸骨圧迫及び補助換気を継続し、病院到着。(写真③)

 病院到着し処置室に搬入。CT室での検査時、胸骨圧迫中はうめき声及び開眼を認めるが、胸骨圧迫を中断すると呼び掛けに反応せず頸動脈触知不能となる状態が繰り返された。胸骨圧迫実施中のみ、医師や救急隊の「分りますか。大丈夫ですか。」との問い掛けに開眼し(006)、頷く程度の反応があった。搬送先医師も「非常に稀なケース。」と驚いていた。

検査の結果、急性心筋梗塞と診断。後遺症なく約三週間後に無事退院したと病院から情報提供があった。

医療機関からの返信にて傷病名は「急性下壁心筋梗塞」傷病程度は「重症」。

梗塞箇所

#1(100%)、#7(90%)

#8(80%)、#13(90%)

約3週間後に退院(後遺症なし)

救急隊が記録した心電図データを図1に示す。また観察結果を表2に示す、

004

心肺停止のため心肺蘇生を開始した

005

開眼する傷病者

006

家族(息子)への説明

 

救急隊が記録した心電図データ

 

救急活動全体の考察

 今回の事案では、ショック状態と思われる傷病者が救急搬送を頑なに拒否したため、救急活動に苦慮した。ドクターカーを要請することも考慮したが、要請要件に当てはまらず、ドクターカーが到着したとしても現場滞在時間がさらに延長する可能性があると判断し、要請に至らず。CPA移行後、「自発呼吸ありの心停止で胸骨圧迫時にのみ開眼及び体動がある傷病者」を目の当たりにし、驚きと疑問があったが、実施する処置に変わりはないと心を落ち着かせて活動ができた。

胸骨圧迫の有効性及び重要性

今回の事案のように、今までとは明らかに異なるCPAを体験した救急隊員は全国にどれほどいるのでしょうか。私が知る限りでも聞いたことがありません。

「実施した胸骨圧迫が有効であったため社会復帰をした。」それとも「傷病者がもともと特殊な体質であったため社会復帰した。」のどちらか、もしくは両方なのかは分りません。この事案だけ胸骨圧迫を頑張ったというわけではなく、全てのCPA事案共通で同じ質の胸骨圧迫を実施しています。

結果的に傷病者は社会復帰をし、活動隊員として大変嬉しく感じていると同時に胸骨圧迫の有効性及び重要性について考えさせられた事案でした。

西宮消防局 瓦木消防署 救急係長

荒石 芳生(あらいし よしお)

消防司令

拝命 平成2年4月1日

救急救命士取得 平成12年

趣味 ゴルフ

アドバイス

玉川進

蘇生時に患者が目を開けるという話を初めて読んだのは多分active compression-decompression resuscitation(押した後胸を引き上げる胸骨圧迫方法)の論文を調べていた時だと思う。「胸骨圧迫している時だけ夫は目を開ける」と119番に妻が叫んでいたという話であった。今から25年前の話で、残念ながら文献を探してみたが見つからなかった。胸骨圧迫中だけ顔をしかめたり手を払いのけるような仕草をすることも聞いたことがある。胸骨圧迫は患者にとってはよほど痛いのだろう。

心停止中は体の機能が停止するため、通常より酸素要求量が減る(20%程度になるという説がある)。また胸骨圧迫で押し出された血流は脳と心臓に多く流れるようになっている。この症例もとても上手な胸骨圧迫によって脳の血流が保たれ、それが開眼や自発呼吸へと繋がったものである。

患者は、まれにではあるが救急隊の努力をその場で評価してくれることがある。皆さんもその評価を楽しみに頑張って頂きたい。

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