心肺停止患者にドーピング薬剤を投与するという怪しい話

 
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心肺停止患者にドーピング薬剤を投与するという怪しい話

2018年3月2日金曜日

院外の心肺停止患者に赤血球を増やすホルモンであるエリスロポエチンを投与するという論文を見つけた。心臓が止まっているのにそんなホルモンを使っても効果がないだろうと思いつつ、論文を読んでみることにする。

エリスロポエチンとは

腎臓で作られるホルモンで、赤血球の数を増やす働きがある。腎不全で腎臓の機能が低下するとエリスロポエチンの産生も低下するため、腎不全患者は貧血となる。スポーツ界ではエリスロポエチンが酸素の運搬機能を高めることからドーピング薬物に指定されている。このホルモンがなぜ心肺停止患者に使われるのかというと、虚血時に組織の保護作用を持っているかららしい。エリスロポエチンの受容体は脳や心臓等に広く分布しており、動物実験では脳や心臓の虚血に対して抵抗性を発揮する。しかしヒトでの脳梗塞や心筋梗塞では効果が認められていない。脳や心臓といった局所の虚血ではなく、心肺停止という全身の虚血に対しては大量投与ならば効く可能性があるだろう、というのが論文の背景である。

最初の論文と2番目の論文

いつも文献を探しているサイトのPubmedで探すと、最初の論文はフランスから2008年に出ていた1)。ここではエリスロポエチンと低体温療法を組み合わせている。病院外心肺停止で蘇生に成功した患者18名に低体温療法を行うとともに、蘇生成功時にエリスロポエチンを投与し、さらに48時間内に4回の追加投与をする。エリスロポエチンの量は合計4万単位である。対照群は低体温療法だけでエリスロポエチンを投与しない患者40名である。発症28日後の評価では生存率はエリスロポエチン投与群が55%, 非投与群が47.5%であった。また神経学的に全く後遺症を認めない割合は投与群が55%であったのに対し非投与群では37.5%であった。数字だけを見ればエリスロポエチンを投与した方が結果は良さそうだが統計学的には有意差は認めない。エリスロポエチンを投与すると当然引き起こされる血小板増多症は投与群で15%、非投与群で5%の患者に見られた。また血球増多症と関係する動脈閉塞症は投与群で1名(5%)見られた。非投与群では動脈閉塞症は見られなかった。

次の論文はスロベニアからで、同じ雑誌に翌年掲載されている2)。投与群24名に投与されるエリスロポエチンの量は9万単位で、これを病院の救急外来到着後2分以内に投与する。対照群30名には生理食塩水を投与する。結果として、エリスロポエチン投与群は対照群に比べて有意にICU入室率が高く、心拍再開率も高く、24時間後の生存率もその後の生存率も高かった。この好成績の理由は筆者らはエリスロポエチンの持つ心筋保護作用のためと考察している。

完全否定の論文

症例数は少ないながらも有意差のあるデータを並べられたら後続の論文がたくさん出てくると思われるのだが、実際にPubmedに掲載されている論文は5編しかない。そのうち2編はまとめで、1編は論文を集めた比較、1編は意見広告みたいな内容で、まともな研究は2016年に出たものだけである。先に挙げた論文は2009年で次の論文が2016年だから、臨床医はエリスロポエチンには期待していなかったようだ。

2016年に発表された論文は476名を対象とした大規模なものである3)。エリスロポエチン投与群234名は12時間置きにエリスロポエチン4万単位を5回、合計20万単位を投与された。初回投与は患者が病院に到着してすぐとした。対照群242名はエリスロポエチンを投与されないだけで、処置や治療は投与群と同じである。結果として、発症60日の段階で神経学的に後遺症を認めないのは投与群32.4%, 対照群32.1%で有意差なし。死亡率も有意差なし。エリスロポエチン投与群では血栓症の発生率が12.4%であったのに対して対照群は5.8%と有意に多く、血栓症を含めた重大な合併症の発生率も投与群22.6%対照群14.9%と有意差を認めた。筆者らは院外心停止患者に対して早期にエリスロポエチンを投与することは利益がなく合併症を増加させるだけだとしている。

一番新しい論文4)ではメタアナリシスによる効果解析を行っている。メタアナリシスでは症例数の大きい論文に結論が引っ張られるから、ここでも当然「エリスロポエチンは意味なし」という結論になっている。

エリスロポエチンでは役不足だろう

蘇生時のアドレナリンが無効とされるくらいなのだから、赤血球を増やすエリスロポエチンでは役不足だろう。2009年に有効性を示した論文が出た後に追試論文が1編しか出ないのは、世界中で私と同じことを考えている人が多かったということだ。蘇生に有効な薬が新たに出てくるのはいつになるのだろうか。

文献

1)Resuscitaion 2008;76:397-404

2)Resuscitation 2009;80:631-7

3)J Am Coll Cardiol 2016;68:40-9

4)World J Cardiol 2017;9:830-7

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