熱中症による複数傷病者事案

 
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症例
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熱中症による複数傷病者事案

2018年4月5日木曜日

Jレスキュー 再現!救急活動報告

2017/4月号掲載

熱中症による複数傷病者事案

湯沢雄勝広域市町村圏組合消防署

羽後分署警防班 消防司令補

藤田 和浩(ふじたかずひろ)

消防署当直長・救急班長 消防司令

松田 悌二(まつだていじ)

写真

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著者顔写真

(左)藤田和浩 (右)松田悌二

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氏 名 藤田 和浩(ふじた かずひろ)

  所 属 湯沢雄勝広域市町村圏組合消防署羽後分署

  出 身 秋田県湯沢市

  拝命年 昭和61年採用

  救命士合格年 平成13年

  趣 味 バイク、音楽鑑賞

 氏 名 松田 悌二(まつだ ていじ)

  所 属 湯沢雄勝広域市町村圏組合消防署

  出 身 秋田県湯沢市

  拝命年 昭和59年採用

  救命士合格年 平成10年

  趣 味 ロードバイクツーリング、家事

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この事案は、学校体育館を競技会場として行われていた運動競技において約1時間に4名の熱中症傷病者が発生し3回にわたり救急要請されたものである。この活動をとおして、病院前救急医療における救急隊、通信指令員をはじめとした組織全体での状況評価の重要性を再認識したものである。

【第1報、指令、活動概要】

平成28年6月某日12時過ぎ、「14歳男性。剣道競技中に過呼吸と筋肉痙攣。」の出場指令。

傷病者は剣道競技に出場し昼食前に過呼吸と筋肉痙攣を発症。体育館から担架で移動され保健室で静養していたが回復せず救急要請。(実際の内容は病院紹介で済むものであった)

直近A救急隊接触時、保健室担架上に仰臥位にあった(写真1)。体育館内環境は高温多湿であるとの情報を大会関係者より得る。

写真1
保健室で静養していた第1通報傷病者(再現写真)

【第2報、指令、活動概要】

同日第1報から11分後、「剣道競技中の13歳女性1名、頭痛嘔気。15歳男性1名、頭痛、痙攣の計2名。」の出場指令。13歳女性傷病者は、競技に出場し昼食後に頭痛嘔気を発症。また、15歳男性傷病者は、競技に出場し昼前から頭痛、筋肉痙攣を発症。いずれも症状の改善がみられず増強したため救急要請。

隣接B救急隊(先着)並びにC救急隊(後着)接触時、2名共に廊下に移動され冷却処置が施されていた(写真2)。体育館はかなりの暑さだったとの保護者談。

写真2

廊下へ移動していた第2通報傷病者2名(再現写真)

【第3報、指令、活動概要】

同日第2報から48分後(第1報から59分後)、「15歳女性、剣道競技後、過呼吸」の出場指令。競技に出場し、午後の休憩後の競技終了後に過呼吸を発症し改善がみられず救急要請。

第1報で出場の帰署途上A救急隊連続出場。接触時、廊下へ移動され担架上に仰臥位(写真3)。

4名の傷病者の収容先受入交渉では、二次医療機関2施設ともに2名までの受け入れとの回答であった。第2報での13歳女性と15歳男性の傷病者は先着B救急隊のトリアージにより収容先を決定、搬送した。なお、4名はいずれも軽症であった。(表1)

写真3

廊下へ移動していた第3通報傷病者(再現写真)

表1

傷病者概要一覧

【発症環境】

当日の気象状況は表2のとおりで、同日事案発生付近屋外で他の運動競技も行われていたが熱中症による救急要請はなかった。

競技会場であった中学校体育館は、大会運営側の判断により、審判の公平性・的確性などを確保、担保する目的で外光遮断のためにカーテンを引き、かつ、窓の開放が一部制限されたことにより、会場内が高温多湿な環境となっていた(写真4,5)。

表2

当日の気象状況

写真4

体育館(競技会場)環境

当日12時ころ。窓や扉は閉鎖状態で通風は確認されない

(当日の撮影動画からの静止画)

写真5

当日16時ころ。窓や扉は開放され通風が確認される

(当日の撮影動画からの静止画)

【考察】

今回の事案では4名の救急搬送傷病者であったが、複数(多数)傷病者事案であったことは全事案終了後に気づくこととなった。

一般的に(勝手な思い込みかもしれないが)、多数傷病者事案とは交通事故や作業事故などにより発生したもので、救急隊など先着隊接触時には事故発生現場で傷病者が多数存在している光景が思い浮かぶ。しかし、今回の現場では事故発生場所である体育館からは搬出もしくは移動された「保健室」と「廊下」という場所に傷病者がおり、しかも、発症および救急要請時刻がそれぞれ異なる4名の傷病者が発生した事案であった。このため、各出場救急隊は個の事案として平時の救急対応で活動を行うに止まった。

環境の情報があったが、気づけなかった。

実際には、救急搬送以外に同一場所から医療機関受診した者が何名かいたとの関係者後日談であったことから、発症の原因となった体育館の現場環境について何らかの形で「状況評価」が行えていたならば、以後の傷病者発生は防ぎ得た可能性があるものと考えられる。

多数傷病者対応について、日本集団災害医学会災害医療コーディネーション委員会「多数傷病者への医療対応標準化トレーニングコース」Mass Casualty Life Support(MCLS)では、最先着隊の活動、役割について、英国MIMMS®(Major Incident Medical Management and Support) より引用しCSCATTT(Command&Control,Safty,Communication,Assessment,Triage,Treatment,Transport)を確立することが重要であるとし、さらに、平時の救急対応と災害対応の切り替えとして「スイッチを入れる」ということを独自に追加し普及・研修を行っている。

早い段階で「スイッチを入れる」ことが実行されていたならば、大会運営側により参加者の体調管理や会場環境改善の措置がとられるであろう。逆に、重症度・緊急度が高い傷病者が体育館内にも多数発生、もしくは、潜在していたにもかかわらず「スイッチを入れる」ことが実行されなければ、CSCATTTは確立されることなく現場と医療機関は傷病者で溢れ、病院前はもちろん病院内も含めた地域救急医療は混乱を来し、防ぎ得た災害死が発生するおそれもでてくる。

今回の事案におけるKeyWordは「状況評価」であり、「運動競技中で競技者は他にも存在する…かもしれない。」ことであった。このことに気づけば「スイッチを入れる」ことができたものと考えられる。

そのスイッチが存在していたのは?

1.いつ?

(1)119番覚知

(2)出場指令

(3)傷病者接触時

2.どこ?

(1)通信指令センター

(2)出場署々

(3)出場車両内

(4)出場現場

3.だれ?

(1)通信指令員

(2)救急隊員

(3)出場署々勤務員

以上のことから、①スイッチは事案の覚知以降どこにでも存在していて、②スイッチが入れられるのは最先着隊だけにあらず、事案を知り得たすべての職員が対象であったことになる。つまり、それぞれの職員が、それぞれの場面、それぞれの場所で常に意識して「状況評価」を行うことで、適切な時機に、適切な部署へスイッチが入れられ伝わることになる。

平時の救急対応ならば常にCSCATTTが確立されているか確認しながら現場活動は行われている。例えば安全のための装備強化や受傷機転把握のための関係者に対する状況聴取などで必要と考えればスイッチは入れられるし、不要であると考えればスイッチは入れられない。どんな現場であっても平時の現状の延長線上にあるものとして認識すればスイッチは見つけやすいものになるはずである。

そう考えると、「スイッチを入れる」という行為は災害対応への切り替えにとどまらず、災害の発生や拡大の防止、抑止としても重要な意味を持つことになる。この認識を消防組織全体共有することは、災害による死を防ぎ得ることはもちろん、消防法第1条を遵守することに繋がる。

【事後対応】

 事案の内容について、全署へ周知するとともに所属ごとにディスカッションを実施し、状況評価の認識を深め、共有した。以後、幸いにも「スイッチを入れる」必要があると考えられた事案は発生していないが、その可能性を考慮した「状況評価」が行われた現場活動が認められた。今後も通常の事案の中に潜むスイッチの存在を失念することの無いように、適切な「状況評価」が行われるよう継続的に指導、注意喚起していかなくてはならない。

医師からのアドバイス

旭川医療センター 玉川進

本事例は五月雨のように傷病者が発生し、しかもそれらが軽症であったことが多数傷病者事例であることに気づかれなかった原因であろう。もし熱中症が中等症以上で傷病者が自力で移動できないものであったなら、主催者側は注意喚起を行い、消防は何らかの対策をしていたはずだからである。

本事例のようなスポーツに伴う熱中症は頻度は高いが重症例は少ない。症状がめまい、立ちくらみ、発汗、こむら返りなどにとどまり意識の変容を来さないものはI度の熱中症とされ、熱環境から解放することで症状が警戒するなら見守りで良いとされている。意識状態の変化、例えば集中力低下や判断力の低下が見られた場合はII度以上とされ、病院へ搬送する必要がある。

指導者の適切な監督によって熱中症は防ぐことが可能である。大会を運営する側の配慮を求めたい。

参考

熱中症ガイドライン2015(厚生労働省)

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