症例45:脳疾患と糖尿病

 
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症例45:脳疾患と糖尿病

森山靖生

留萌(るもい)消防組合消防署

救急救命士

 

 

 


症例

「脳疾患と糖尿病」

はじめに

私が救急救命士の資格を取得してから早10年になりますが、まだ救急救命士として救急隊長経験が浅かった時代に経験した赤面するような事例を私のお蔵からお出しします。

症例

平成9年5月、救急隊長として3当直目の勤務でその日の夕方に119番通報により出動、「仕事から家に帰宅すると70歳になる母親が居間で倒れており意識がない」との通報内容である。

私は心の中を落ち着かせ、CPAの可能性を考慮し機関員、隊員に準備資器材を指示し現場へ向かった。現場到着し観察したところ、両上肢において伸展姿勢があり、失禁、嘔吐なし。服がべちゃべちゃになるほどの発汗を認めた。意識レベルJCS200、瞳孔左右5mm、呼吸30回/分(いびき様)、血圧198/84mmHg、脈拍108回/分(橈骨動脈)。SPO2 92%のため、高濃度酸素10L/分投与実施する。最初の段階で全身冷汗を確認していたが、迷わず脳疾患を疑った。家族に対し既往症を確認したが特になしであった。

直ちに救急車内に収容後、搬送医療機関へ「70歳女性、自宅内にて倒れており意識がないため救急要請、現場観察したところ(前記観察結果)脳疾患の疑い大と思われます。」と報告し搬送医療機関へ収容した。

院内にて待機している医師に対し車内での搬送途上観察結果を報告、救急患者に対するバイタル観察の補助等を実施後、帰署した。

次の日、脳疾患だっただろうと思い、収容先医療機関へ傷病内容と傷病程度を確認したところ、担当看護師から「昨日の患者は病院収容寺の血糖値が25mg/dLでした。低血糖発作による意識障害で、ブドウ糖を投与した後、意識が戻り帰宅されました。頭部CT撮影結果は出血、梗塞等の異常はなし。患者カルテでは糖尿病の既往症がありました」
とのことであった。

反省点

  • 患者の既往歴の情報がなかった(家族側で把握していない)。
  • 全身観察結果では、全身冷汗があったにもかかわらず、バイタル観察だけで、脳疾患と先入観をもってしまっていた。
  • 救急隊長として経験が浅く、冷静な観察、判断が甘かった。

と私としては、未だに痛感している。

それからは、救急出動時においてはあまり先入観にとらわれなく、落ち着いて患者の観察をするようになり、今現在においても救急活動に精を出している。

まとめ

低血糖発作の前駆症状としては、あくび、冷汗、顔面蒼白、発汗などがあるが急激に発症するのが特徴である。稀に片麻痺、瞳孔の拡大、痙攣等の症状も出現することもあるため、脳血管障害との判別に注意を要すると思われる。
また脳血管障害は出血、梗塞、塞栓、血栓等、多々種類があるが、救急隊からの見地からは、嘔吐、瞳孔異常(偏視、散大、縮瞳等)、麻痺、血圧、会話、体温等の症状により、ある程度の脳疾患症状を判断できうる。

後日談

3週間後、偶然にもまた私が隊長の時に出動要請がかかった。通報内容からまた低血糖発作と考えられた。観察結果は前回と同じ、しかし今回はJCS10でありある程度質問にもうなずくことができた。家族の話も加えると傷病者は一人暮らしで、いつも7時にインスリンを皮下注射しその後朝食を摂るところ今日は1時間経っても食べなかったため低血糖になったらしい。家族に砂糖水を作ってもらい傷病者の意識レベルを見ながら慎重に飲ませたところ、誤嚥をすることなく2口ほど砂糖水を飲むことができた。病院到着までには傷病者の意識はほぼ清明となった。

家族は同じ市内に住んでいて、頻回に傷病者を尋ねていたため前回も今回も救急車を呼ぶことができた。自分は医者でもないのでどうかとは思ったが、一緒にいた家族には、歳をとってくれば今までできたこと(例えば規則正しい生活や注射のセッティング)もできなくなると伝え、家族がしっかりケアして欲しいと要望した。

講師:森山靖生 留萌消防組合消防署 救急救命士

解説

この文章では脳出血以外に考えることは困難である。発汗は交感神経刺激症状として脳出血でも見られる。せいぜい明らかな麻痺がない程度だろう。病院搬入後、意識障害では全ての患者に対して医師はまず血糖の測定をする。この患者ではカルテに糖尿病の記載があり、医師が低血糖を疑うのは容易だったと思われる。

糖尿病は自分に十分なインスリンを作れなくなった状態であり、一般には血糖が上がる病気と捉えられている。しかし救急の対象となるのは低血糖が多い。このことから糖尿病とは「血糖を調節できなくなる病気」と捉えると理解しやすい。

低血糖の原因としては血糖を下げる薬の過剰投与、もしくは薬を投与された後に食事を摂らなかったり激しい運動をしたりすることによる。前者は糖尿病患者には視力障害を持つ患者が多くインスリンの量を間違える可能性が高いこと、後者は予期せぬ来客や用事で食事の時間が遅れることなどがある。今回の症例は食事時間が遅れたことによる低血糖発作であった。またただ空腹になっただけで低血糖発作を起こすこともある。この場合には肝臓病(ブドウ糖の放出障害)や感染症(ブドウ糖の消費増大)が背景にあることが疑われる。

治療は自分で食べられる状態なら甘いものを摂取すること。キャンディでもジュースでも何でもいい。ブドウ糖錠剤は一定量のブドウ糖を素早く摂取できることから常の携帯が勧められる。意識障害がある場合には50%ブドウ糖を20mL以上急速に静注する。

以下に病院における血糖測定とインスリン投与を示す。

写真1
病棟での血糖測定セット
写真2
血糖測定器は電極を付けると自動的にスイッチが入る
写真3
指先に針で穴をあける。針はごく細く痛みはほとんど感じない。
写真4
血液を絞り出す。測定器の改良が進み、ごく少量の血液で血糖測定が可能。
写真5
電極を血液に付けると毛細管現象で血液が上がっていって測定開始。
写真6
血糖値264mg/dLもある
写真7
インスリン用意。この器械は多人数に投与するもので投与量を決めるダイアルが大きいため器械も大型になっている。この針もごく細くなっている。通常は万年筆程度の大きさの器械を使う。
写真8
上腕にインスリンを注射しているところ。

協力:藤川めぐみ(枝幸町歌登国保)


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06.10.8/5:32 PM

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