救急救命士間の質の格差:重症例における活動記録と事後検証記録からの検証

 
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救急救命士間の質の格差:重症例における活動記録と事後検証記録からの検証

2018年4月11日水曜日

プレホスピタル・ケア

「研究論文」投稿

救急救命士間の質の格差:重症例における活動記録と事後検証記録からの検証

納富 和也(1)、岩橋 勝一(1)、中村 篤雄(2)、山下 典雄(2)

 

(1)久留米広域消防本部 久留米消防署 本署

(2)久留米大学病院 高度救命救急センター

著者連作先

納富和也(のうどみ かずや)

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久留米広域消防本部久留米消防署本署

〒830-0003 福岡県久留米市東櫛原町999-1
電話:0942-38-5151

はじめに

救急救命士の役割は、緊急度・重症度の判断と、適切な病院選定を迅速に実施する事にあり、特に緊急性の高い重症例では、適切な観察・処置と共に、地域性を活かした迅速な搬送が求められる。だが、すべての救急救命士が適切な観察と処置を行い、迅速な搬送を行っているのだろうか。救急救命士もそれぞれ独立した存在である以上、その活動には個人差が存在し、それが現場時在時間の長短と活動の質の優劣に繋がっていても不思議はない。

今回我々は当本部の活動記録及びMCによる事後検証記録を解析した。久留米広域消防本部管轄地域は二箇所の救命救急センターを有するなど充実した救急医療体制が存在することにより、119番覚知から病院到着までの時間は、全国平均より圧倒的に短い状況にある。だがこの有利な状況においても、救急救命士の活動の質における個人差が明らかとなった。この事実をふまえ、個人差を少なくし組織全体の底上げを図るための方策を考察した。

研究

今回の研究の目的は、一人一人の救急救命士の活動における個人差を明らかにすることである。そのため、以下の3つの研究を行った。

研究1:重症度別現場滞在時間

平成25年7月から平成27年7月までの2年間の救急活動記録を調査対象とした。この記録のうち、個人の救急救命士の活動を調査対象とすべく、『救急救命士1名のみの乗車』であった救急事案から、救急救命士の意図に関わらず不確実な要素により現場滞在時間が延長すると考えられた、「心肺停止」「活動障害が存在」「転院搬送」「大腿骨骨折」「精神科疾患」を除く9422例を対象とし、傷病程度別の現場滞在時間を調査した。

 

重症度の件数と現場滞在時間の結果を図1に示す。もっとも滞在時間が短かったのは重症例の7.7分であり、次に軽症の7.9分、中等症の8.1分の順であった。

図1

傷病程度別現場滞在時間

過去2年間救急救命士1名乗車9422例を対象とした。

現場滞在時間は重症例が最も短かった。

 

 

研究2:個々の救急救命士の現場滞在時間の比較

研究1と同じ『救急救命士1名乗車9422例』に該当した救急救命士34名を対象とした。34名それぞれの現場滞在時間の平均を求め、重症例の現場滞在時間が短かった上位5名を「迅速群」、現場滞在時間が長かった上位5名を「遅延群」とした。これら2群について比較検討を行った。統計学的処理にはχ2乗検定を用い、危険率p<0.05を有意差ありとした。

迅速群と遅延群の重症例における平均現場滞在時間を図2に示す。それぞれ5例の平均値は迅速群6.4分、遅延群9.8分であったが、最短Aと最長Jでは約2倍の時間を要しているなど、救急救命士個人で大きな差があった。

図2
迅速群と遅延群の重症例平均現場滞在時間

迅速群(A~E)は平均6.4分であったが、遅延群(F~J)は平均9.8分かかっていた

両群の背景を表1に示す。遅延群にのみ未認定の救急救命士が存在した以外は、年齢や経験年数の有意な差はなかった。

 

研究3:迅速群と遅延群における活動の質の比較

対象は迅速群と遅延群合わせて10名の救急救命士である。調査期間中は重症例検証体制が未確立であったため、両群の活動の質を間接的に調査する目的で、両群救急救命士10名の過去2年間のCPA事後検証対象症例(129例)を抽出し、医師から要改善等の指摘を受けた『要検証該当』となった率を、2群間で比較検討した。統計学的処理にはχ2乗検定を用い、危険率p<0.05を有意差ありとした

両群のCPA事後検証対象症例129件の背景を表2に示す。PA連携率と未認定救命士同乗率が、遅延群に有意に高いことを除けば、2群間に有意な差はなかった。

要検証該当率を図3に示す。上が迅速群、下が遅延群であり、斜線が要検証に該当した率である。要検証該当は遅延群に多く、迅速群と比較でp<0.01で有意差を認めた。

 

図3

迅速群・遅延群のCPA事後検証対象129症例での要検証該当率

遅延群の要検証該当率が有意に高かった。

要検証例の具体的指摘内容を表3に示す。迅速群は、胸骨圧迫の中断時間に関する指摘と、波形変化に気付いていないとの指摘があった。遅延群に関しては、指示要請の遅延や、特定行為や処置の未実施、除細動の遅延など、特定行為適応の判断や病態判断の遅延、及び活動方針の決定が遅延していたと考えられる指摘が多く見られた。

 

表3

要検証例の具体的内容

 

考察

行岡哲男はその著書1)で救急医療における「不確実性」を論じている。それは、エビデンスやインフォームドコンセントといった、現在の医療で考えられる正しく確実な判断が救急現場では困難であることに基づいている。だが、要検証該当率(図3)や要検証例の具体的内容(表3)からは、不確実な中にも誰もが納得できる確実性が、迅速群に比べて遅延群では劣っていると判断できよう。確実性を向上させるために、教育と社会的要請について考察する。

教育について

救急救命士になるためには国家試験に合格する必要がある。また合格後も国で定めている病院実習などの多くのカリキュラムをこなしつつ、MCによるプロトコルに沿って活動する必要がある。プロトコルは、医師の直接的管理下で業務を行わない救急救命士の活動が、医師の診療の補助を行う上で治療までの流れを大きく逸脱しないための重要な取り決め事項である。また、各種標準化コース教育は、全国的な病院前救護活動の標準的な考えを浸透させたといえ、救急救命士の質の底上げ効果を確実にもたらしたと考える。だが、今回の結果は、これら『標準化教育』や『プロトコル』に沿うだけの単一的な「マニュアル型現場活動」では救急救命士としての力量差を埋めることができないことを示している。

しかしながら、消防大学校救急科76期(表4)で実施したアンケート調査(図4)では、年間実施されている主な教育として「症例検討会」「事後検証」の次に「各種コース教育等標準化教育」が挙げられており、「症例検討会」「事後検証」に関しても、図5に示す取り、「医学的根拠」ではなく、「プロトコルから逸脱していないか」が重視された教育がなされているなど、多様で複雑な現場活動に対し単一的な対応を目指す「マニュアル型現場活動」教育が全国的に主流になっているのが実状と言えよう。

今回調査した遅延群は一つ一つの症例に適切に対応できてない。それが現場滞在時間の延長になり、高い要検証該当率になっている。傷病者の問題点を迅速・適切に捉え、「問題解決型現場活動」が実践できるよう、深い医学的知識と経験の蓄積を基盤とした臨床推論能力と、フィジカルアセスメント能力を強化していくことが重要であると考える。これらは上から与えられる教育ではなく、自己研鑽を必要とするものである。常日頃、我々救急救命士は「住民のため」と発言をしているが、自己満足的に過ぎないか省みる必要があろう。

社会的要請について

救急現場での活動も消防組織の活動の一つであることから、当然ルールの中での業務遂行が求められる。兼務体制や上司の職務上の命令に従う義務もルールのひとつである。だが、常に受け身の体制で命令を待っているようでは能動的な改革は不可能である。

救急救命士は「医療従事者の一員」とされている。医療従事者であれば、他の職種とは違った専門性が求められる。だが、救急救命士が医療従事者であることは、一般社会ではどれほど認知されているか。社会にアピールして恥ずかしくないだけの専門性を持っているだろうか。

おそらく10年単位で非常に時間を要する作業ではあるが、住民のために組織を活性化させていくため業務改善を実践するのも救急救命士の最も重要な役割のひとつであると考える。新たな試みは、常に不確実性を伴い、結果が伴わなければ自らの評価に影響を及ぼす可能性が考えられる。しかし当本部の救急業務に関しては、多くの先輩たちが新たな発展を目指してチャレンジを積重ねてきた。その結果、消防の歴史の中に医療という新たな価値観を浸透させ、現在では、当研究のような一見ネガティブに捉えられがちなテーマを「発展のための正直な内省」として組織が推進し、能動的な取り組みに対し評価がなされている。

筆者の私的な話ではあるが、恩師である医師から言われた言葉がある。「君達の世代は捨石の世代である。君達が頑張っても君達がよい待遇を受けることはないだろう。しかし君達が頑張らなければ、君達の後輩が同じ苦しみを味わい苦労することになる」。本来病院前で求められる、「医療従事者としての救急救命士」として、医師や住民に広く認知されるよう、当本部の質向上は当然のこと、今後も果敢にチャレンジし、全国に問題提起していければと考える。

結論

1.現場滞在時間を指標に迅速群と遅延群における活動の質の比較を行った

2.遅延群では、間接的ながら現場活動の質が劣っていることが示唆された

3.救急救命の教育と社会的要請について論じた

文献

行岡哲男:医療とは何か —現場で根本問題を解きほぐす。河出書房新社、東京、2012





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