060731論文の中の消防士

 
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論文の中の消防士

 この1年近くガイドライン2005や救命士の処置拡大のことを書いてきた。しかし論文はガイドラインや薬剤以外にも毎日どんどん出されている。今回は新しめのところから、消防士を研究対象としたものを紹介したい。

体力なら任せなさい

 見た目は華奢でも裸にすると胸板の厚さに驚かされるのが消防士。若くて体力があって筋骨隆々というイメージから思いつくのが、消防士に走らせたり担がせたりして体がどう変化するかという実験。言葉は悪いがラットになってもらって回転車の中を走ってもらうようなものである。これは手を替え品を替えかなり出ている。現実に即したものを拾ってみよう。
 病院が火事だと想定して、防火服を着て酸素ボンベを背負って活動する。酸素ボンベが大きければ活動に余裕はできるが重くて活動が制限される。ではどの大きさの酸素ボンベが最適かという研究がある1)。内容は酸素ボンベ37kgの資器材を背負って6回まで駆け上がり、その後6人を救出して降りてくる。この救助活動での酸素消費量を計測することによってボンベの大きさの見当をつけるものである。この条件では1分間に最低4Lの純酸素が必要であり、体格が大きいとさらに酸素消費量が大きいという結果であった。
 もう一つ。3階の廊下で81kgのサンドバックを15m引きずった後階段を伝って1階まで降ろすというもの。これを気温19℃と38℃で2回行って、環境温が身体に与える影響を調べている2)。測定項目は心拍数と血中乳酸値と肺からの酸素取り込み量である。結果は、高温下での作業の方が心拍数や酸素取り込み量が多くなり、また終了後の血中乳酸値も上昇していた。面白いのは19℃では90秒かかっていたものが、38℃下になると79秒で終了していること。よっぽど暑かったんだろう。それと被検者の年齢。平均が40歳となっている。22歳がいれば58歳もいるという計算になる。すごい。真似できない。

やっぱり火消し

 当たり前のことであるが、火災関連の研究もされている。何年間の消火活動で消防士がどれほどの熱傷を負ったとか何人殉死したとかの論文もあるが、それらは医学論文ではなく他の部門の報告書のほうがふさわしいので紹介しない。文献として上がってくるのは環境学の雑誌で、2003年冬の山火事の際に延焼防止のために機械的に伐採した地点の一酸化炭素濃度と伐採しなかった地点のそれを比較したものである3)。あらかじめ森林を伐採した地点の下流のほうが一酸化炭素濃度は低かったことから、消防活動や住民避難についてもこれらの情報を含めて検討すべきとしている。

消防士はPTSD予備軍

 調べた中で最も数の多かったのが、消防士がどのように心的外傷を受け心的外傷誤ストレス障害(PTSD)になっていくか経時的に追ったものである。90%のアメリカ人は心的外傷になりうる大事件を一生涯のうちに一度は経験するのに、PTSDと診断できる割合はアメリカ人の7.8%に過ぎない。ドイツではさらに低くて1.3%である。どのような出来事が心的外傷になり、その出来事からどのくらいの時間経過でPTSDになるのか研究者なら探りたいところであるが、一般人相手ではいつそんな大事件が怒るか分からない。そこで消防士の登場である。消防士は消防・救急・救助のどれをとっても傷病者やあるときには自分が危機的な状況に遭遇する。そのため消防士を被検者として経時的に観察することによってPTSDの発生と身体変化をとらえることが可能である。実際に消防士でPTSDと診断される割合はアメリカで22.2%、カナダで17.3%もいるらしい。
 それら研究の一つを紹介する4)。新採用で消防学校を卒業し現場で活動しはじめたばかりの新米消防士、平均年齢26歳の43人を2年間に渡って追跡した結果である。PTSDの診断は既に発表されている方法をいくつも組み合わせて評価した。その一つを例に挙げると、PTSD症状スケールでは、その出来事を思い出すことについての5項目、その出来事からの回避行動の7項目、睡眠障害の5項目を自己記入するものである。ほかにも自律神経症状を考慮した質問票やうつ状態を考慮した質問票があり、それぞれに記載することによって総合的にPTSDと診断できるようになっている。性格の診断には反抗心(hostility)のレベルと内省度(原文ではsalf-efficacyとあり、感謝の気持ちとか優しい気持ちを指すらしい)のレベルを別のテストで評価している。またストレス負荷状態で濃度が上昇すると言われている副腎皮質ホルモンや尿中のカテコールアミンの値も測っている。この結論としては、反抗心が強く内省傾向の少ない人ほどPTSDになりやすく、またその人がPTSDになる時期は現場経験後1年経過した時点が多かった。しかしながら反抗心が少なく内省傾向の強い隊員では逆に1年経つころからPTSDスケールなどの測定値は低下した。副腎皮質ホルモンと尿中カテコールアミンの濃度は差が見られなかった。
 突っ張っている奴ほどPTSDになりやすいという結果で、著者らは性格傾向からPTSDに陥る危険を察知して早め早めのサポートをするべきだとしている。

家族も不安

 火事は少なくなったといえども、その際には消防士は身を挺して消火に当たらなければならない。消防署に20年もいると「もうだめだ」と思うことが一度ならずあるものだと聞いたことがある。本人は仕事として割り切るとしても家族の心中は穏やかでないだろう。これら家族も研究対象となっている。手元にある論文5)は例としてはかなり特殊で1995年にオクラホマ市で起こったビルの爆破事件後に救助に入った救助隊員の、その恋人もしくは妻を対象としている。爆発事件から4年弱の時点での研究である。この事件後何らかの精神的障害を訴えるようになった対象者は22%に上りった。また15%の人は爆発事件後持病が悪化したと感じており、30%以上は夫や恋人との関係が爆破事件事件によって変化したと答えた。約10%は専門家の援助が必要だった。結論としてはこのような大事件では当事者でなく周辺の人々に対してもその影響を計るさらなる研究が必要であるとしている。

これらをてこに

 こうして論文を眺めてみると、一酸化炭素に曝されたり、まだ爆発するかもしれない瓦礫の中を探索したりと、消防士というのは実に危険な商売だと感じる。同時多発テロに関連した消防士の論文も近いうちに出てくるだろう。それらをてこにして消防士を取り巻く環境の改善が進むよう望む。

引用文献
1)Ergonomics 2006;49:111-26
2)Eur J Appl Physiol 2005;95:327-34
3)J Expo Sci Environ Epidemiol 2006 May 31 Epub
4)Am J Psychiatry 2005;162:2276-86
5)J Urban Health 2002;79:364-72


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06.7.31/9:47 PM

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