061005蘇生できない症例
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061005蘇生できない症例
心肺停止症例に対していつも全力で蘇生を試みる救急隊員。でもその努力を持ってしても蘇生に成功するのはわずかの症例しかない。どんな症例が蘇生しないかあらかじめわかれば無駄な労力も減るし限られた資源を有効に活用できるだろう。
今回紹介する論文1)は臨床医学雑誌の最高峰であるThe New England Journal of Medicine にこの8月掲載されたものである。
AED時代の基準を作る
プレホスピタルケア領域で蘇生を中断する基準作りは過去にも試みられていた。古いものは30年前に発表され、最近でも2001年に発表されたものがある。それらは一定の評価を得て多くの消防署での基準策定に用いられた。しかしこれらの基準はAEDが普及する前のもので、現在の状況とは異なっている。それに今までの基準の最大の欠点は、過去のデータから条件を割り出した後ろ向き研究であることで、あらかじめ条件を決めて症例をこなした前向き研究は一つもない。つまり、決めた基準の妥当性を新しい症例で検討したわけではないのである。
筆者らはこの論文の前に今までのデータをもとにしてAED時代の蘇生を中断する基準を発表している。これによると
- 搬送開始時点で自動心拍が再開していないこと
- 搬送開始時点で一度も除細動ができなかったこと
- 傷病者が虚脱する場面を救急隊員もしくは消防職員が見ていないこと
の3点を満たせば蘇生に成功することはない、という基準である。今回はこの基準が正しいか症例をこなすことにした。
新たな基準
この研究では2年間で1620名のCPA患者を対象とした。蘇生手順はAHA2000年ガイドラインをそのまま踏襲している。病院搬入後、基礎疾患のデータとともに右記蘇生中断基準(1)(2)(3)について調査票に記載し、(1)(2)(3)の全てを満たすものを「蘇生中止群」、一つでも満たさないものを「搬送群」とした。患者の転帰の評価は、救急外来で死亡が確認されたか入院はしたものの死亡退院したものを「死亡」とし、6か月以上生存し入院中か、生存退院したものを「生存」とした。また生存例については神経学的に全く正常から植物状態までの4群に分類した。
データの不備のある症例は除外して、研究対象は1175例となった。18歳から100歳まで、平均年齢69歳。男が7割であった。目撃のある虚脱は57%、そのうち消防職員か救急隊員が目撃したのは11%であった。覚知から到着までの平均時間が8分、病院搬送時間は6分であった。全CPA症例のうち、現場出発までに自己心拍が再開しなかったもの94.5%、一度も除細動の適応とならなかったもの70%であった。
転帰を見る。死亡例は1199例で全体の97%。救急外来で死亡確認が92%、死亡退院が5%であった。生存例は41例で3%、そのうち6ヶ月後も入院しているのが2例で、生存41例中39例が退院していた。生存者の神経学的評価は完全回復が41例中29例で71%、身の回りの世話のできる程度が5例で12%、生活全般に介助が必要なのは6例で15%、植物状態が1例で2%であった。
虚脱現場を見られていない症例は死ぬ
さて、この基準がどれだけ正しかったかを見てみよう。調査票で「蘇生中止群」とされた症例は772例で、そのうち6か月以上生存したのが4例あった。「搬送群」とされた症例は427例、そのうち生存が37例であった。蘇生中止群を見分ける感度は64%、蘇生中止群が実際に死亡する確率(特異性)は99.5%であった。
この数字を見ると、蘇生中止の判断は99.5%の確率で正しいのだから大したものだとは思う。過去の論文では確率は98.1%から99.6%なのでそれらと比較しても遜色のない数字である。だが、残りの0.5%では生き延びたかも知れないのに蘇生を中止することになって、倫理上許し難いものがある。それで筆者らは(1)(2)(3)の3条件の他にいくつか条件を加味することで判断の確率を100%にしようと試みた。
追加条件として、蘇生中止を(1)(2)(3)に加えて覚知から現着まで8分を越えたことも必須条件とすると、条件に当てはまるのが半分近くになって389例、そのうち生存が1例のみであり、確率は99.7%になる。別のパターンで(1)(2)(3)に加えて患者が虚脱したのを誰も見ていなかったという条件を加えてみると、対象は476例となり生存は誰もいなかった。
まとめると、
- 虚脱する場面を誰にも見られていない患者で
- 搬送開始時点で自動心拍が再開しておらず
- 現場で一度も除細動ができなかった
症例は必ず死亡する。
これが国際基準になる
筆者らは救急隊が蘇生を中止することは家族も納得しているとしてある論文を引用している。だがこれを読むとカナダであっても家族がみな納得するわけではないことが逆に分かってしまう。
以前2000年1月号でも紹介したこの論文2)によると、屋外のCPA症例でCPRが中止され不搬送となった症例では96%の家族がCPR中止を適切であったとしている。誰が見ても生き返ることはないと思われたのだろう。しかし、病院搬送後にCPRが中止された症例では82%が病院搬送を適切であったとしている。さらに、自宅でのCPA症例では不搬送に納得したのは76%となり、1/4は蘇生中止に納得していない。機械的に「基準をみたしたから蘇生中止」とはいかないようである。
日本の場合はさらに厳しい。死後硬直が来ている症例でさえ搬送を要求されることがあるし、逆に北見市の低体温症例のように、搬送しなかった症例が実は生きていたという話はすぐ新聞沙汰になる。しかしこの基準をもとに蘇生中止はできないにしても、病院選定とか人員の配置に利用することはできる。間違いなく国際基準になるこの論文を読んでおくのは無駄にはならないと思う。
引用文献
1)N Engl J Med 2006;355:478-87
2)Ann Emerg Med 1996;27:649-54
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06.10.5/4:15 PM
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