症例50: 予想外の小児事故
講師:
留萌消防組合消防署
救急救命士
小児の救急では軽症や緊急性の低い傾向がある。留萌消防署における過去10年間(平成9年~平成18年)の小児(0歳から12歳まで)救急搬送件数は総救急搬送件数の5%であり、その内訳は急病が51%、交通事故が22%、一般負傷が20%であり、急病のうち77%が発熱を伴った熱性痙攣であった。
北海道の寒い冬でも元気に屋外で雪と戯れて遊んでいる小さな子供がたくさんいる。スキーやスケート、そりなど、速度のつく遊技では体に対するダメージも大きい。今回は冬特有の思わぬ事故を紹介する。
症例1:スキー場での骨折
10歳女子
天気の良い暖かい日の昼過ぎ、スキー場関係者より「スキー授業中に小学4年生の女の子が足を骨折したようだ。」と119番受信。6分後にスキー場到着する。
通常では、スキー場関係者により専用ギブスで固定処置が施されているが、現場到着時、救護所内においてスキーウエア上下およびスキーブーツを履いた状態で救助用スノーボートに収容されたままであった。
JCS-0、泣きながら左下肢の痛みと近づくことや触れることを拒絶していた。
受症部位を観察するためにスキーウエアのカットやスキーブーツの離脱を伝えるが、痛さのあまり抵抗するため観察及び処置困難と判断し、直近搬送予定先病院の整形外科医師の指示に従いそのまま全身固定、バイタル観察継続し搬送する。5分後に病院到着。
院内で医師達によりスキーウエアを脱がすと左大腿部の変形を確認する。
本人や担任の先生の状況聴取から受症機転としては、休憩時間にスキーブーツを履いたまま氷の滑り台を3人で繋がり滑り降りていたところ、スピード超過のため停止位置で止まることができずそのまま雪山に衝突し急停止した。その際、先頭で固く重たいスキーブーツを履いた傷病者の下肢に、急激に3人の重量が加わったため骨折したと思われる。
なお、スキーウエアは友人からの借物でありカットを拒んだとのこと。
傷病名:左大腿骨骨折
症例2:交通事故かな?
8歳男子
寒い日の夕方、通行人の女性から「道路で男の子が頭から血を流し倒れている」と119番受信。交通事故を想定し4分後に現場到着。
スキーウエアの上下を着用した男の子が通報者と思われる女性に抱えられて路肩に半座位でいた。
圧雪された道路中央部に少量の血痕を見分するが関係車輌等はなく付近に子供達数名と子供用そり(プラスチック製ボブスレー、図1)があった。
図1
子供用そり。一般にボブスレーと呼ばれており、子供や老人のいる家庭には必ずある。そり遊びに使うばかりでなく買い物を入れて曳いてくるのに使う。
JCS-0、泣きじゃくりながら左下肢の痛みを訴えており、前額部擦過傷、鼻出血あり、左下肢を視診するも変形なし、軽く触診するも痛みのため拒絶する。右下肢には痛みなし。嘔吐なし、瞳孔異常所見なし、頸部固定及び全身固定、外傷の処置及びバイタル観察を継続し2次病院へ搬送する。
子供達の説明と現場状況から受症機転としては、交通事故ではなく、そり滑りによる事故であった。
道路脇の除雪された約2.5m位の雪山を乗り越えた場所に約30m位のなだらかな崖があり、そこで、子供達だけでそり遊びをしていたところスピードがつき過ぎ止まることができずに雪山を飛び越えて車道に転落した模様である(図2)。
図2
道路の横の雪山。公園には除雪した雪がうずたかく積まれることが多く、子供たちの格好の遊び場になる。たいがいは公園側に滑って行くのだが、まれに道路側に滑り降りる子供もいる。見かけたときには注意して止めさせるようにしている。
もし、通行車輌があったらと想像すると・・・。
傷病名:左大腿骨骨折・頭部打撲・前額部裂創
症例3:顔面からの出血
3歳男子
暖かい日の午前中、慌てた母親から「男の子が顔面から血を流し家の中に入ってきた」と119番受信後、詳細不明のままで2分後に現場到着。
男の子は居間に血だらけのスキーウエアの上下を着用し、顔をタオルで覆い母親に抱かれて号泣していた。
JCS-0、前額部約5cm切創、嘔吐なし、痙攣なし、瞳孔異常所見なし、その他外傷なし。観察及び処置を試みるも嫌がるため母親に抱かれたままの状態で止血処置を実施し、そのまま車内収容、様態変化なく2次病院へ搬送する。
一緒に遊んでいた3つ年上のお兄ちゃんの話から受症機転としは、敷地内の自宅と物置の間に自然にできたなだらかな雪山スロープ(1階部分の高さ)で尻滑り遊びをしていたところ、スロープから外れ隣接する物置の屋根に前頭部を接触し切創したと思われる(図3)。
図3
雪山に接する屋根と壁。どちらもトタン製。夏なら子供の届かない高さでも、雪が積もると簡単に接触してしまう。
現場を確認するも、もし、受症部位が数センチ下であったら失明も・・・。
傷病名:前額部切創
まとめ
一般に小児救急の特徴としては、軽症例で緊急性の低いものが多く、症状や診断名も特定のものが多いことがあげられるが、なかには症状と疾患が一致しなかったり、症状が乏しいものにも重症例があったり、適切な処置を施さなければ急速に悪化する傾向もある。
また、症状が突発的に出現し、病態が急激に変化することや、子供の病状を把握しにくいことなどから特に親が不安になる傾向が強い。
本症例はどれも通報内容と現場状況が相違しており、小児特有の意外な受症機転による外傷であったが、子供達は泣きじゃくってはいるがほとんどが意識清明であり、搬送時間をできるだけ短縮しコミュニケーションに心がけ安静に留意し搬送した。
しかし、小児の外傷救急に適切に対処するためには、各年齢層におけるバイタルサインの熟知、多種多様な受症機転とそれから予想される外傷例、成人症例と違った処置等の方法、パニック状態の親に対する対応、などが特に必要と考える。
また、危険予知ができない小児に対しては親の予防救急の必要性も感じる。今年(2007年)2月3日には雪山から滑り降りて来た女児が父親の操作する除雪機にはまり込み死亡するという痛ましい事故も起きている。
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