130409冬の交通事故(島根県編)

 
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症例



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130409冬の交通事故(島根県編)

講師
なまえ : 大築 博司
よみがな : おおつき ひろし
所属 : 大田市消防本部西部消防署
出身(うまれたところ) : 島根県松江市
消防士拝命 : 平成10年
救命士合格 : 平成19年
趣味 : 子育て

≪はじめに≫

写真2
大田市の位置

島根県は関西と九州のあいだ、中国地方で広島県の上にあります。

地図(写真2)をご覧ください。

民間調査による2012都道府県魅力度ランキングでは39位に選ばれています。

そして、島根県の中央にあるのが大田市です。自然との共生が評価され、世界遺産に登録された「石見銀山遺跡」を有するまちです。世界遺産となった石見銀山遺跡(写真3)や国立公園三瓶山、温泉津温泉、仁摩サンドミュージアム(写真4)、重要伝統的建造物(写真5)、日本海等、特色ある観光資源を有しており、年間100万人以上の観光客の入り込みがあります。

写真3
石見銀山遺跡の龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)
間歩とは坑道のことです

写真4
仁摩サンドミュージアム・ふれあい交流館

写真5
重要伝統的建造物:大田市大森銀山松田屋

北国や雪深い地域のドライバーは冬の道に慣れていますが、昔と比べると積雪が減った地域では、冬の道への備え不足による事故が発生しています。

大田市においても冬道に不慣れなため発生した事故、他県ドライバーによる冬の道路状況を見誤ったことにより起こる事故が発生しています。

今回は、過去の事例をもとに冬の交通事故について紹介します。

≪冬の交通事故とは≫

冬の交通事故の大きな原因に次の3つが挙げられています。

  1. ドライバーの判断遅れ、前方不注意、目測誤り等の人的ミス
  2. 冬期特有の気象条件による視界不良
  3. スリップによる車両の制御不能状態

冬道では普段の乾燥路と大きく違う点があります。それは、簡単に滑るということです。滑りやすい路面では何が起こっても不思議ではありません。そのため、正面衝突(前から)、側面衝突(横から)、後部衝撃衝突(後ろから)、横転衝突、回転(スピン)衝突などさまざまな受傷パターンが組み合わさったような受傷機転となり、頭部損傷、頸椎損傷、心挫傷、胸部及び腹腔内損傷、および筋骨格損傷など致命的な外傷を受けることがあります。

また、寒冷環境で致命的な外傷を受けた場合、容易に体温が下降しさまざまな生理・病態的変化が生じる危険性があります。そのため、傷病者の置かれた環境により、積極的に保温に努める必要があります。

そして、一番重要なことはまず現場状況、受傷機転から隠れた損傷を強く疑うことです。

写真6
平成23年消防白書によると交通事故の約8割が入院加療を必要としない軽症傷病者

近年車両の安全性は大幅に進歩し、激しく車両が損傷した事故でも比較的軽症で済んだ事例が多くあります。平成23年消防白書の統計(写真6)によると交通事故の約8割が入院加療を必要としない軽症傷病者となっています。

その一方、外傷現場では外見上明らかな外傷のない傷病者でも病院内で内部臓器に損傷が発見されるという経験をした救急隊員も多くおられるのではないでしょうか。多くの軽症傷病者の中に重症度・緊急度の高い傷病者は隠れています。病院前救護を担う救急隊員は、あらゆる外傷現場で常に命にかかわる損傷がないか疑う眼と知識が必要となります。

≪事例1≫

写真7
大型トレーラーに追突したトラック

1月初旬、九州地方の4tトラックが大田市内の雪道の国道を走行中、前方を走行していた大型トレーラーに追突し(写真7)4tトラック運転手、55歳男性が負傷した事例です。

覚知は21時30分、警察からの救急要請。発生時の天候は曇り、路面は凍結していました。(*1)

写真8
運転席て動くことができない4tトラック運転手

現場到着時、傷病者は4tトラック運転席に座位で動けないでいました(写真8)(*2)。

写真9
観察と同時に用手にて頚椎固定

救助隊が照明器具で事故車両を照らし車両の安全を確認したのち、救急隊員が進入し観察を実施しました。傷病者がハンドル/ステアリングなどに挟まれている状態はありませんでした。意識清明。胸部、左下腿部の痛みを訴え動けない状態でした。観察と同時に用手にて頚椎固定し(写真9)、初期評価、全身観察を行ないました。

写真10
高濃度酸素マスク10ℓ/分を装着

頚椎カラーを装着して、評価を進める間、隊員が高濃度酸素マスク10ℓ/分を装着しました(写真10)。

写真11
前胸部に圧痛あり

全身観察では前胸部圧痛、および左下腿の痛みがありました(写真11)。

写真12
胸部には打撲痕、シートベルト痕あり

胸部には打撲痕、シートベルト痕あり(写真12)、(*3)呼吸音に左右差はなく、手足の運動も異常ない状態でした。病歴には高血圧、痛風がありました。(*4)

写真13
バックボード固定

事故状況、傷病者状態からバックボード固定し(写真13)ロード・アンド・ゴーの適応としました。

写真14
4tトラックのフロントガラスを取り除き搬出(実際の写真)

救助隊と救出方法について検討した結果、すでに破損していた4tトラックのフロントガラスを取り除き(写真14)、大型トレーラー荷台を救出路とし傷病者を救出しました。(*5)

車内にてバイタルチェック実施、脈拍103回/分、血圧218/135mm/Hg、高濃度酸素マスク10ℓ/分投与にてSpo2 99%でした。酸素投与を継続し医療機関に到着。医師に観察内容を引き継ぎ、救急隊は引き揚げました。後の医師からの診断名は「胸部打撲」、中等症でした。

【事例1解説】

*1 寒冷環境では出動時から車内を暖め、傷病者接触前から低体温である可能性にも注意し、保温に配慮した活動が必要です。外傷傷病者は重症であるほど体温が低下しやすく、体温が低下するほど予後が不良となります。

写真15
現場がフロントガラス越しに見えた時点から観察は始まります

*2 現場到着時、傷病者がまだ車内から出て来ていない場合、何かしらの異常があると考えるべきです。また、雪や氷に覆われた道路は滑りやすく、慌てて活動すると危険です。しっかりと状況を把握し注意を払いましょう。救急車の中、フロントガラス越しから細かな評価を始めましょう(写真15)。

*3 シートベルト外傷は、シートベルトの位置、タイプによって損傷を受ける部位が異なってきます。3点式では、シートベルトが前胸部を対角線上に走るため鎖骨骨折、肋骨骨折、時に肺挫傷、血気胸を起こすことがあります。ベルトが適正に装着されていない場合、腹腔内臓器損傷の可能性もあります。

写真16
寒冷環境では着ている衣服のせいで傷病者評価も困難となる

*4 寒冷環境では着ている衣服のせいで傷病者評価も困難となります(写真16)。体温を保持するためにも呼吸音の聴診、胸部、腹部、骨盤の観察を迅速に行う必要があります。重症外傷においては病態を把握して搬送先病院の選定が完了したら、ただちに搬送を開始し、残った観察は救急車内で行うべきです。

*5 本事例ではバックボード固定した4tトラック運転手を、フロントガラス開口部より大型トレーラー荷台へ救出し救急車へと収容しました。傷病者の評価と処置に加え、いかにして短時間に救出できるかを常に考える必要があります。

 本事例は冬道での前方不注意による追突事故でした。胸部外傷はよく見かける外傷です。重要な症状は胸部痛と呼吸促迫であり、しばしば致命的な損傷が隠れています。寒冷環境の現場で隠れた損傷を見逃さないためには、しっかりとした知識と技術を身につけなければいけないと感じた事例です。

≪事例2≫

写真17
普通車Aと軽自動車の衝突事故(実際の写真)

12月初旬、県道上にて軽自動車と普通車Aの正面衝突事故。さらに後続車両Bが普通車Aに追突した事例です(写真17, 18)。

写真18
再現写真。

覚知は18時02分、警察からの救急要請(*6)。発生時の天候は雨、路面にはうっすらと積雪がありました。

写真19
普通車A、後続車両Bの運転者は道路脇に立っていた

現場到着時、軽自動車運転手は運転席にいました。普通車A、後続車両Bの運転者は道路脇に立っていました(写真19)。どの車両も運転手以外にほかの乗員はいませんでした(*7)。

写真20
軽自動車の運転手は動けずに車内に閉じ込められていた

軽自動車の運転手、81歳女性は運転席に座位で動くことが出来ず、車内に閉じ込められていました(写真20)。

写真21
ドアロックを解除観察を実施

救助隊が助手席後部の窓ガラスを破壊し(*8)、ドアロックを解除し救急隊員が進入し観察を実施しました(写真21)。意識はしっかりしていましたが、全体的な印象は悪く、胸部と腰部の痛みを訴えていました。

写真22
骨盤部の激しい痛みを訴えていた

初期評価と同時に酸素マスクを装着し、評価を進める間に頚椎カラーを装着しました。全身観察の結果、胸部、腹部、背部に圧痛が認められ、骨盤部の激しい痛みを訴えていました(*9) (写真22)。緊急度が高いと判断しバックボード固定しロード・アンド・ゴーの適応としました。車内にてバイタルチェック実施。脈拍87回/分、血圧101/40mm/Hg、高濃度酸素マスク10ℓ/分投与にてSpo2 100%でした。

後続車両Bの運転手は観察の結果、医療機関への搬送の必要はないと判断しました。普通車Aの運転手、35歳男性は全身観察の結果、胸部に圧痛が認められ頚椎カラーのみ装着し救急車へ収容しました。救助隊より隊員1名を増員し、救急車1台で傷病者2名の搬送を開始しました(*10)。搬送中はバイタルの経過観察を継続。容態の変化はみられないまま医療機関に到着し、医師に引継ぎ救急隊は引き揚げました。

後の医師からの診断名は軽自動車の運転手、81歳女性「骨盤骨折・血気胸」、重症。

普通車Aの運転手、35歳男性は「胸腹部打撲」、軽傷でした。

*6 警察からの救急要請時、初動では詳細が分からない事が多くあります。現場到着まで時間を要する場合など、再度、警察に追加情報を確認することにより多くの状況を把握することが出来ます。

写真23
傷病者の総数を確認する。夜や視界が悪いときは特に注意が必要

*7 傷病者の総数を確認します。傷病者の意識がない場合など他の傷病者がいないか車内、現場を注意深く確認します。寒冷環境では、雪に覆われ傷病者人数も確認しづらく、取り残されると致命的となります。夜や視界が悪いときは特に注意が必要です(写真23)。

*8 車内に傷病者が閉じ込められている時、もっとも迅速に救出できる第一経路は窓です。
ガラスを割るときなど、何か行動を起こす前に傷病者に声をかけ、傷病者の不安感を軽減するように努めましょう。又、出来る限り傷病者より離れた場所を割るようにしましょう。

*9 複数部位に外傷を負っている場合、生体に大きな外力が働いたか、外力が数回に渡って加わった結果です。また、骨盤骨折が疑われる場合、常に重篤な出血の危険性があり、ショックに陥ることを予測しなければなりません。交通外傷に加え寒冷環境で低体温に陥ると、凝固機能の低下により出血傾向となります。必然的に重症度が高くなり、そのような外傷であると認識し迅速な搬送を行うことが大切です。

*10 通常、重症外傷1人につき救急車1台が必要となります。本事例は車両3台がからむ事故なので当然、傷病者が複数名いる可能性があります。しかしながら、救急隊1隊、救助隊1隊の出動となっています。地方消防本部では、人員・車両保有台数に限りがあります。限られた人的資源のなか、どのようにして初動体制の強化を図るかが課題となっています。

≪おわりに≫

降雪時、霧発生時、凍結路面、積雪路面といった道路環境の悪条件により冬の交通事故は発生しやすくなります。

寒冷環境での外傷は容易に低体温となりやすく、体温が低下するほど予後が不良となります。

現場環境、受傷機転を正しく認識し理解することは、傷病者評価、病態把握に大いに役立ちます。また、自分自身の不勉強、技術的未熟は傷病者の予後に関わります。常に能力向上を図りましょう。冬の外傷現場活動は時間との闘いです。多くのことを同時に行なわなければなりません。チームワークは必須です!


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13.4.9/10:31 PM]]>

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