210219救急活動事例研究 43 血糖値 1,469mg / d L を呈した 高浸透圧高血糖症候群の一例 (京田辺市消防本部 後藤尚貴)

 
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症例
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近代消防 2020/10/12

 

血糖値1469mg/dLを呈した高浸透圧高血糖症候群の一例
後藤尚貴
京田辺市消防本部

目次

京田辺市の紹介

京田辺市は京都府の南部に位置し、大阪府と奈良県の府県境付近にあり、豊かな自然に囲まれた町である(001)。京田辺市には「とんちの一休さん」が晩年を過ごしたことで有名な酬恩庵一休寺があり、紅葉の時期には多くの参拝者で賑わう。
消防署については1本部1署3分署で構成されており、京田辺市の他に井手町、宇治田原町も管轄している。職員数は105名で1市2町をあわせた約8万6千人の住民の安全で安心のあるまちづくりに取り組んでいる。

001
京田辺市の位置

はじめに

今回私は高浸透圧高血糖症候群の一例を経験したので報告する。脳血管障害と高浸透圧高血糖症候群の症状が似ていることから、血糖値は大きなポイントであると同時に、今後意識障害を呈している傷病者に対しての血糖測定は病態の把握や搬送先病院の選定に役立つと考える。

症例

56歳女性。
12月某日の22時10分に「56歳の女性。数日前から体調が悪く寝込んでいたが先程から両腕に痙攣が起こり、意識状態が悪い」と家族から119番通報があったもの。
救急隊接触時、傷病者は布団で仰臥位(002)。室内には50本以上の清涼飲料水の空ペットボトルが散在していた(003)。傷病者はJCS1で軽度の不穏状態。呼吸・循環状態に問題はなく簡単な問いかけには答えることが可能で皮膚の冷汗、湿潤は認めなかった。通報時の情報では両上肢の痙攣であったが接触時には右上肢のみに断続的な間代性痙攣があり、右共同偏視(004)及び結膜充血、腹部の著明な膨隆(005)を認めた。
家族から「今までに大きな病気や薬の服用はないが、数日前から体調が悪くて食事も摂れていない」「昨日も同様の痙攣があった」ことを聴取した(006)。腹部については傷病者本人及び家族に聴取したが、いつから膨隆しているのかはわからなかった。
車内収容後のバイタル及び身体所見を表1に示す。SpO2が89パーセントで痙攣が断続的に持続していたため中濃度毎分6リットルの酸素投与を実施(007)した。傷病者接触時、右上肢にあった間代性痙攣が車内収容後からは両上肢にも断続的に認められるようになった。対光反射は両側とも正常だった左は4mm、右は5mmとわずかに左右差があり、右共同偏視も継続していた。腹部については痛みなどの訴えはなく、腹膜刺激症状もなかった。
明らかな麻痺はなかったものの瞳孔不同及び右共同偏視などの所見から脳血管障害を疑い、脳血管障害に対応可能な病院を選定した。搬送中、バイタル及び所見等に変化はなく病院到着となった。
活動全体の時間経過を表2に示す。発生場所が狭隘な地区で救急車の進入が困難であったため傷病者に接触してから車内収容まで時間を要した。
病院で測定された血糖値は1469mg/dLであり、脳血管障害ではなく高浸透圧高血糖症候群であった。2型糖尿病の診断で約1ヶ月間の入院となった。退院後はインスリンを使用して血糖値のコントロールを行い、現在も通院している。

002
救急隊接触時、傷病者は布団で仰臥位

003
室内には50本以上の清涼飲料水の空ペットボトルが散在していた

004
右への共同偏視あり

005
腹部の著明な膨隆あり

006
家族から数日前から体調が悪くて食事も摂れていないこと、昨日も同様の痙攣があったことを聴取した

007
痙攣が断続的に持続していたため中濃度毎分6リットルの酸素を投与した

表1
車内収容後のバイタル及び身体所見

表2
活動の時間経過

3.考察

本症例では共同偏視や瞳孔不同などの神経所見があり、脳血管障害を強く疑わせるものであったが、現場に大量の清涼飲料水の空ペットボトルがあったことから高浸透圧高血糖症候群も考えることができ、改めて脳血管障害と高浸透圧高血糖症候群の症状が似ていることを経験することができた。
現在、血糖測定については医師の具体的指示は必ずしも必要なく、JCS10以上の意識障害があり、糖尿病で医療機関に通院している、低血糖発作が疑われる場合において測定の適応となっている。今回はJCS1で糖尿病の既往がなく、低血糖発作の所見に乏しかったため血糖測定の適応ではないと判断したが、血糖測定を行っていれば病態把握の一助になっていたかも知れない。今後は意識障害を呈している傷病者に対して血糖測定実施のハードルが下がることを期待している。

 

結論

1)血糖値1469mg/dLを呈した高浸透圧高血糖症候群の一例を経験したので報告した。
2)本症例では共同偏視や瞳孔不同などの神経所見があり、脳血管障害を強く疑わせるものであった
3)意識障害を呈している傷病者に対して血糖測定実施のハードルが下がることを期待する

著者

 

後藤 尚貴

 

 

読み仮名
ゴトウ ナオキ

所属
京田辺市消防署 北部分署救急第1係

出身地
京都府京都市

消防士拝命年
平成26年4月

救命士合格年
平成26年

趣味
旅行

ここがポイント

高浸透圧高血糖症候群はケトアシドーシスとともに糖尿病を原因とする意識障害である。ケトアシドーシスが小児1型糖尿病に多いのに対して、高浸透圧高血糖症候群は2型糖尿病に多い1)。2型糖尿病患者に感染・手術侵襲・虚血性疾患が加わることで発症しやすくなる。また死亡率は5~16%である2)。
高浸透圧高血糖症候群の症状としていは多尿、多飲、筋力低下、視力障害、進行する精神・意識レベルの悪化が典型的なものである2)。本症例では意識レベルの低下と共同偏視といった精神神経症状が見られている。また高浸透圧高血糖症候群・ケトアシドーシスともに高度の腹痛や嘔吐が見られることがあり、症状は多彩である3)。
筆者が述べるように、血糖測定のハードルが下がることでこの症候群の把握は容易となる。

文献
1)Diabetes Care 2014;37(11):3124–3131.
2)Med Clin North Am. 2017 ; 101(3): 587–606.
3)CMAJ. 2003 Apr 1; 168(7): 859–866.

症例
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