070602銃創と全身固定
070602銃創と全身固定
長崎市長が拳銃で撃たれ死亡してから約2ヶ月経った。選挙期間中でテレビクルーがすぐ近くにいたため、毛布でくるまれた市長が救急隊によって現場を離れるまでの一部始終が繰り返しテレビで流された。市長は全身固定され胸骨圧迫をされながら病院へ向かったのだが、それを見た救急隊員から「銃創で全身固定は必要なのか」という疑問が出た。さて、皆さんならどう答えるだろう。
日本とアメリカの拳銃事件
警視庁が発表した2006年上半期の情勢1)によると、銃器発砲事件の発生件数は32件、死傷者数11人であった。これはともに過去最少の水準である。 また押収拳銃数は103件と微増、拳銃事件犯人の検挙人員も17件であった。拳銃の犯罪は派手なので衆目を集めるが、実際のところ日本では過去最低の状況が続いているのである。
これに対してアメリカでは銃犯罪がごく普通に起こっている。年間の銃による死者は1万人以上。アメリカ民間人が保有する銃の総数が2億4000万丁でこれはアメリカの人口よりわずかに少ないだけ。銃販売業者は14万件もある。日本の人口に換算すると6万件。郵便局が全部で2万4000件であることを考えるとどれほど多くの販売業者があるか分かるだろう。アメリカに留学した人に聞いても、どの家庭にも、机などに隠してはいるけど、普通に拳銃があるらしい。
銃弾はどのように飛ぶか
法医学では拳銃を恐れよと教えられた。体内でどこを通ってどこで止まるか予想できないためである。学生の時ブタの頭に撃ち込んだ銃弾を探す実習があった。射入口は煤がついていてすぐ分かるのだが射出口はなかなか分からず、いくつかの頭では頭部のとんでもないところで止まっていた。
銃弾本体は鉛でできていて、多くはその表面を銅と亜鉛の合金が覆っている。鉛はもともと柔らかい上に熱によって溶けて体内で曲がって進む。さらに骨に当たると弾ける。撃った方向と銃弾が入った部位だけでは体のどこが損傷するか分からないのである。
銃創による脊髄損傷
銃創で脊髄損傷が起こる確率は他の外傷に比べて格段に大きい。銃創と刺創、鈍器による外傷を比べた報告2)がある。12年間57532例を収集して外傷原因によって分類したところ、脊損を伴った症例は銃創で168人(1.35%)、鈍器で19人(0.4%)、刺創で3人(0.1%)であった。銃創で脊損を起こすのは刺入口が耳介から乳頭までの間であった。
アメリカでも治安の悪さトップ3に入るマイアミから過去10年の銃創の統計3)によると、頭、首、体幹を銃で撃たれて24時間以上生存した2450人のうち244人(10%)に脊髄損傷が認められた。このうちの228人は当初から記録が残っていた。2/3は明らかな脊損で手術や可動域制限を行ったが、13%にあたる32人については当初は発見できなかった。南アフリカからの報告4)では銃創による脊損患者49人のうち完全麻痺は38人、不完全麻痺は8人、3例は当初は無症状だったとしている。損傷部位は胸髄が半分で、残り1/4つづ頸髄と腰髄だった。ボストンで頸部への銃創81例を集めた報告5)によると、19例で頸椎骨折、11例で頚髄損傷になり、5例では出血性ショックなどで意識の評価ができなかった。また神経症がない症例でもその5%に頸椎骨折が認められた。
このように現場では神経症状がないのに結果として脊髄損傷に至る割合は5%から13%ある。救急隊としてはこれらへの対処、つまり全身固定が重要となるはずなだが、実際はそう単純なものではない。
全身固定はすべきか
頭部銃創では必要ない。とくに意識障害の強い患者では脊損よりも救命が第一となる。意識障害が軽い患者でもいつ気道確保が必要となるか分かない。トルコでの頭部銃創43例の検討6)では全体の死亡率は27%、脳内出血もしくは硬膜下出血で58%、自殺企図で57%となっている。グラスゴーコーマスケールを指標にすると、3-5は全例死亡、6-8は延命は厳しい、9以上は外科的な治療を考慮と報告している。
サンフランシスコでの215例の頭部銃創患者での検討7)では、頭部への射撃であっても頚髄の損傷が202例に見られた。このうち3例では頭蓋内へ射入された弾丸が頚髄へ迷入したものであった。頸椎固定を実施した34例では気管挿管手技が49回行われたのに対し、固定を実施しなかった4例で挿管手技が行われたのは5回であった。頭部銃創では意識状態が変化して呼吸管理が必要になることを考えると頸椎固定は不要である。また頭部の重症例ではその85%が受傷後20-40分で気管挿管されている8)ことを考えても、気道確保に邪魔なことなするべきではない。
頸部の場合も頭部と同様である。意識がおかしい場合には頸損を伴っている。逆に神経学的に無症状の患者は骨折を伴うことが少ない。頭部固定や頸椎カラーは緊急時の気道確保の障害となるので、神経学的に問題がなく循環状態も落ち着いている患者の場合にはしないほうがいい9)。神経学的に問題がある場合は、挿管などの気道確保が完了した場合にカラーを装着すること。
体幹部への銃創の場合はどうだろう。1000例の体幹部銃創を集めた結果10)では、141例(14.1%)で椎体もしくは脊髄への損傷が見られ。8例で外科的治療を必要としている。面白いことに椎体損傷がある症例は死亡率7%、ない症例は15%と、椎体損傷があるほうが生存率が高かった。この論文の結論としては、生存率は椎体損傷に関係ないので固定の必要性を見直すようにと結んでいる。
全身固定は操法ではない
以上の報告をまとめると、CPAと意識障害なら固定は不要、意識清明でも頭部と頸部の銃創は固定不要。体幹部の銃創では神経損傷より腹腔内出血などの全身状態を把握しすぐそこに生命の危険が迫っているようなら固定は不要、となる。
外傷の現場ではバックボードがストレッチャーに代わって用いられている。バックボードの有用性はここで述べるまでもない。しかし読者の意識の中で「銃創=高エネルギー事故=全身固定=バックボード」となってはいないだろうか。銃創患者で大切なことはまず命であり、気道確保である。全身固定を操法と考えてはいけない。
文献
1)http://www.npa.go.jp/sosikihanzai/yakubutujyuki/yakubutu/yakutai14/20060818.pdf
2)J Trauma 2006;61:1166-70
3)J Trauma 2005;58:833-6
4)S Afr J Surg 2005;43:165-8
5)Spine 2005;30:2274-9
6)Neurochirurgie 1999;45:201-7
7)J Trauma 1998;44:865-7
8)J Trauma. 2005;58:509-15
9)Spine 2005;30:2274-9
10)Arch Surg 2001;136:324-7
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07.6.2/5:17 PM
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