100129ガイドライン2010(2)バイスタンダーのための人工呼吸廃止

 
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100129ガイドライン2010(2)バイスタンダーのための人工呼吸廃止

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100129ガイドライン2010(2)バイスタンダーのための人工呼吸廃止

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 ガイドライン2010で最大の争点は人工呼吸の取り扱いである。過去のこの連載ではバイスタンダーCPRでの人工呼吸廃止と、救急隊員によるCPRでの人工呼吸継続を論じてきた。今回はガイドライン2010ワークシート1)から人工呼吸に関する部分を採り上げる。ワークシートとはガイドライン設定にあたって、過去の論文を俯瞰して担当者の意見を書き込んだ書類である。誰でも閲覧可能で、意見があればメールを送れるようにもなっている。

ヒトでの研究

 人工呼吸の有無で蘇生率などを比較した論文は今まで9編ある。その中で最も重要視されているのは東京(Nagao, 2007)からのもので、目撃のある卒倒者に対しては胸骨圧迫のみを行ったほうが人工呼吸を併用するより30日後の生存退院率が高く神経学的な後遺症が少なかったというものである。この論文に対して ワークシートの担当者は病院搬入前に再び心臓が止まった患者は除かれており、これによりバイアスがかかった可能性があること、また人工呼吸を行ったのは医療関係者が多く手技的に人工呼吸なしの群とは成熟度が異なっていることを指摘している。

 これ以外の論文では対象とした症例に偏りが見られる。Hallstrom(2000年)の論文では電話による口頭指導で人工呼吸なしが人工呼吸ありより生存率が良かったとしている。しかしこれはごく限られた症例であり、また現着時間も5分未満であった。Virkkunen(2006)の論文では人工呼吸ありで嘔吐症例が有意に多かったとしているが、嘔吐が長期生存率に与えた影響は不明のままである。ヒトではOng(2008)、Iwami(2007)が現場の蘇生で人工呼吸をしてもしなくても蘇生率が変わらなかったとしている。Iwamiの論文の問題点として担当者は蘇生率があまりに低いことを挙げている。

動物実験の結果

 動物実験では、Ewyら(2002,2007)がブタを用いて人工呼吸なしの蘇生が人工呼吸ありの蘇生より生存率が勝ることを示した。しかしこの論文ではブタには気管チューブが入れられ気道は開通していること、このため胸骨圧迫である程度の換気が確保されていることが欠点である。加えてこの実験では心停止直後のあえぎ呼吸が継続している。あえぎ呼吸があれば胸骨圧迫中の動脈血酸素濃度が有意に高くなることが分かっており、胸骨圧迫の有意性を証明するための意図的な計画とされても仕方ないところである。実際にEwy以外の実験では人工呼吸のありなしで蘇生率に有意な差は表れていない。

マネキンを使った実験

 マネキンを用いれば実施者の手技の正確さや疲労度などが測定できる。実施者の疲労度については意見が分かれており、Heidrenreich(2006)は人工呼吸なしのほうが有効な胸骨圧迫ができるとしているのに対し、Odegaard(2006)は人工呼吸ありのほうが有効な胸骨圧迫ができるとしている。人工呼吸がなければ体や手を動かすことなく、最初のポジションのまま胸骨圧迫が可能になるだろうが、休憩なしに2分以上充実した圧迫を続けるのは若手の消防職員以外は無理だろう。

 またマネキンを用いた研究では、Higdon(2006)は訓練された救助者であっても最初のレスキューブリージング(とりついてすぐ行う2回の換気)はガイドラインの想定より時間がかかると報告している。またWolland(2003)は電話での口頭指導では人工呼吸ありのCPRより人工呼吸なし胸骨圧迫のみを指示したほうが有効な蘇生が行われるとしている。

長時間もしくはPEAは人工呼吸必要か

 Iwamiらの論文では、蘇生開始から15分過ぎると人工呼吸なし群は人工呼吸あり群より蘇生率が低下している、とワークシート担当者は指摘する。だが実際に論文を読んでみると、蘇生開始15分過ぎると人工呼吸のありなしにかかわらず蘇生できておらず、私にはそれほど意味のある指摘だとは思えない。Holmberg(2001)は人工呼吸をしなければ1ヶ月後の神経学的後遺症が重くなるとしているが、この報告では現着時間が13分もかかっている。Berg(2000)はブタでPEA状態を作り出したところ人工呼吸あり群のほうが蘇生率が高かったとしている。他の論文も含めて、人工呼吸が必要というのは、循環停止時間が長いか、現着時間が長いか、心原性以外の心停止患者のどれかに該当している。

学術的には解決せず

 蘇生時に行う人工呼吸はやってもやらなくても結果は同じである。統計学的には「有意差がない」つまり「どちらが有利なのかわからない」し「本当に同じなのかも分からない」という解釈になる。バイスタンダーが人工呼吸をしなくなるのはエビデンスがあるからではない。啓蒙的方針のためである。

 人工呼吸の廃止の是非を決めるのは難しい。人工呼吸廃止のワークシートには、今までの論文の成果を綴るのと同じ文字数でその論文の欠点が書かれている。論調も他のワークシートに比べて歯切れが悪い。

 ワークシートが述べる一番の問題は、過去に人工呼吸と胸骨圧迫の比率が何度も変わったため、過去の結果をそのまま鵜呑みにできないことである。胸骨圧迫5回に人工呼吸1回の時代なら、人工呼吸を止めれば胸骨圧迫の時間と回数は飛躍的に伸びるだろうが、現在のように30回に2回しか人工呼吸させないのなら、人工呼吸を止めてもそれほど大きな影響はないかも知れない。さらに患者の区切り方、心臓だけか、内因性全部か、外傷も入れるかによっても結果に差は出てくる。

 だが、間違いなくバイスタンダーCPRから人工呼吸は外されるだろう。それがバイスタンダーを増やすカンフル剤となるからだ。

文献
1)http://www.americanheart.org/presenter.jhtml?identifier=3060097


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https://ops.tama.blue/

10.2.6/12:44 PM

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