医師を呼ぶタイミング

 
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医師を呼ぶタイミング

HTMLに纏めて下さいました粥川正彦氏に感謝いたします


目次

月刊消防2000 12月号「最新救急事情」

医師を呼ぶタイミング

救急救命士は医療行為を行うことのできる救急隊員である。しかし、現状では点滴(それもあまり意味のない)ができるだけで、それ以上のことは医師を呼ぶしかない。

事例:北海道浜頓別(はまとんべつ)町

浜頓別(はまとんべつ)町国道275号線、ワゴン車(男性2名乗車)対大型貨物車の正面衝突事故。警察を通じ「車の中に人が閉じこめられている」との通報により12時48分、救急隊・消防隊が出動する。このとき救急隊員3名はII課程修了者であった。現着13時。双方車両の前部が大破しワゴン車は大型貨物車の下部にめり込んでおり、ワゴン車の運転手および助手席の2名が車体と座席に挟まれ身動きできない状態であった。

直ちに負傷者2名の観察に入る。運転手は下腹部より下が確認できない。意識レベル清明、胸部動揺握雪感なし、呼吸浅く24回であり同乗者の安否を気遣っていた。助手席の男性は両下腿部が挟まっており意識レベル清明、顔面に打撲跡、胸部に異常なし、両下肢の痛みを訴えていた。救出作業は困難であり、同組合中頓別(なかとんべつ)支署救急隊・消防隊の出動及び町立病院医師の要請がなされた。その直後運転手の様態が急変した。JCS300、呼吸感ぜず脈総頚動脈で触れず。直ちにCPR実施するも血圧測定できず瞳孔散大。だが患者の救出がまだできておらず搬送もできない。医師が現場に到着する21分間、私たち救急隊員ができる処置はすべて行うも状態は変わらず長い時間だけが過ぎていく。

やがて医師現着の報告。はっきり言って「ほっ」としたように覚えている。これでこの患者に高度な医療がしてもらえると…
患者は閉じ込められたまま直ちに気管内挿管・エピネフリンの気道内投与・ライン確保を受けCPRが継続された。この頃助手席の男性が救出された。運転手はそれから4分後(13時50分)車両を切離し救出に成功し、直ちに医師・看護婦・救急隊員4名乗車で町立病院へ搬送されたが、内臓破裂のため死亡が確認された。

この出動での医師要請時の情報提供については救急隊員として反省すべきである。我々の活動は救出に重点が置かれたため、医師に対し現場や患者の詳細な状況報告ができていなかった。情報は我々救急隊員・消防隊でもとても大切なことである。現場がどのような状態にあるのか分からなければ、使用する資器材の準備が大幅に遅れてしまう。今回現場まで来ていただいた医師にとっても同じことだっただろう。後日、医師は救急隊からの報告待ちをしていたようだと聞かされた。

この事例の他は医師要請の事例はまだないが、これからの活動に際してはつくづく考えなければならないことと思える。

多発外傷の生存率
トルコ都市での外傷死亡329例を検討したところ、男性が70%を占め、20歳以下が過半数であった。原因は交通事故が40%と最多であった。36%は病院到着前に死亡しており、病院に到着できてもその77%は24時間以内に死亡した。死因の半数は頭部外傷であった1)。イタリア・ベニスで外傷を主訴に病院を受診した患者を一年間にわたってデータベース化した報告では、治療を必要とする外傷患者は1万5千人発生し、これはベニス人口の1%強であった。そのうち入院を必要とする患者は4%であり、原因では自動車事故が79%であった。来院時死亡は166人で、149人が現場で死亡し、17人が搬送途中で死亡した。

現場での医療は意味があるのか
重症多発外傷の場合には現場で何も処置せずに病院に走ったほうが救命率がいいという文献3)を以前に紹介した。しかし、救急救命士が現場で行う気管内挿管などの医療行為が死亡率を低下させるという報告4)もあり、さらに現場でのスタンダードは存在しないからケースバイケースで判断すべきといったもの5)まで、未だに多くの論議がある。現場で医療行為をすれば病院到着が遅くなるという意見に対しても、現場滞在時間にしめる医療行為時間は25%以下であり、覚知から病院到着までの時間を考慮すると微々たるものであるという反論5)がある。救命士制度が整い処置が的確・迅速になるにつれて死亡率が低下したという報告6)もある。現場での医療の是非を問うより突然の事例にも自信を持って特定行為を行えるように日頃から訓練することが重要だろう。

医師派遣のマニュアル作りを
事例の死因は肝破裂が考えられる。肝破裂は受傷当初はバイタルサインに異常はなく、10分から1時間の後に突然血圧が低下する。そのため、傷病者が他にもいる場合には救出や処置が後回しになり結果として不幸な転帰を取ることがある。また腹部が何かに挟まれていた場合にはそれが圧迫止血となっているので、患者が解放されたとたんに血圧が急落することも経験する。
この患者の場合、意識のあるうちに医師が急速輸液を行っていたのならCPAまでの時間を伸ばすことができた可能性がある。

文面を読む限り、事例の消防署は今までに医師を呼んだことがなく、また救出活動もスムーズであったとはいい難い。これを機に、現場の判断で迅速に医師を呼ぶことのできるマニュアル作りに取り組むべきだろう。

結論
1)多発外傷では日頃の訓練がものをいう。
2)医師を迅速に呼ぶためのマニュアルが必要である。

本稿執筆に当たっては、南宗谷(そうや)消防組合浜頓別(はまとんべつ)支署 宮谷重人 救急救命士の協力を得た。

引用文献
1)Injury 1999 ;30(2):111-4
2)Minerva Anestesiol 1999 ;65(6):348-52
3)
4)Eur J Emerg Med 1995 ;2(4):224-6
5)Eur J Emerg Med 1996 ;3(4):270-3
6)J Trauma 1995 ;38(1):70-8


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