110707 G2010:胸骨圧迫5cmの理由は

 
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110707 G2010:胸骨圧迫5cmの理由は

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 G2010:胸骨圧迫5cmの理由は

 

 胸骨圧迫の深さは、ガイドライン(G)2005では4~5cmであったものがG2010では5cm以上になった。心臓を押す回数も100回以上と増えた。胸骨圧迫について不勉強な私は「エビデンスを声高に叫ぶガイドラインのことだ、ちゃんとした根拠があるに違いない」と思い、G2010に付属しているワークシートを読んでみた。すると、かなりいい加減な根拠しか載っていなかった。

 

 深さ34ミリ→38ミリで生存率アップ?

 ガイドラインを決定するときに議論のたたき台となるのがワークシートである。「胸骨圧迫5cm」のワークシートでは胸骨圧迫の深さと生存退院率が関連するという論文が最初に載っている1)。題名の骨子は「即時自動フィードバックをしたときの心肺蘇生の質」で胸骨圧迫の深さと生存退院率を最初から比較しようとした論文ではない。自動的に画面と音声でフィードバックしてくれる監視装置を用いて、監視装置を使わなかった場合と使った場合で胸骨圧迫の質がどれだけ良くなったかを比較した論文である。監視装置を使わないでCPRをしたのが176例、監視装置を使ってCPRをしたのが108例。監視装置を使わなかったときの胸骨圧迫の深さは平均34mm、装置を使ったときの深さは平均38mmでp<0.001の有意差あり。監視装置付きなので、推奨されている深さまで押せた割合は有意に上昇、押す速さは毎分121回から109回へ有意に低下と、G2005で求められる胸骨圧迫が実現できている。生存退院率は装置なしで2.9%だったものが装置ありだと4.3%となったがp=0.2と有意差は認めない。

 有意差がないのに全世界のガイドラインに組み込んでいいのか。100歩譲ってこれを組み込むとしても、胸骨圧迫の深さ以外にも回数や押していない時間など複数の因子が変動しているのに、「深さ」だけ取り出して「深ければいい」と結論づけていいのか。私には疑問である。

 

 5cmの出所

 次は胸骨圧迫の深さと除細動の関係を調べた論文2)。もともとはAED前後の胸骨圧迫の質について検討したものである。この論文では蘇生着手から3分以上経って除細動を施行する場合には、除細動の前の胸骨圧迫の深さが5cm以上の症例では5cm未満の症例よりAED後の持続的な自脈を得る割合が2倍になったとしている。


 同じような論文はほかにもあって、胸骨圧迫が浅いほど除細動の失敗率が上がるとしている論文がある3)。しかしこれは60例だけの解析であって信頼性が低い。

 研修医にCPR訓練をして、その前後で病院内での蘇生手技と蘇生率を検討した論文4)では、訓練前には胸骨圧迫の深さが44mmであったものが訓練後には50mmになり、これに伴って心拍再開率も45%から59%へ有意に上昇した。ただ生存退院率は8.9%から7.4%へと低下したが、これには有意差は認めていない。院内の心肺停止患者は基礎疾患があるため蘇生に反応しづらいことは分かっているので、この論文がG2010に与える影響はないだろう。

 

 深ければ深いほどいい

 以上の論文を好意的に解釈すると押す深さは深いほど蘇生率が上がりそうだが、ヒトで検討された深さは平均5cmが限度である。これは成人の胸郭の厚さに関係している。CT(コンピュータ断層写真)による人間の胸郭の厚さの平均は男性で252mm,女性で236mmとされている5)。

 ブタを対象とした実験では、胸郭の厚さの17.5%(これは人間では4.2cmに相当する)まで胸骨圧迫した場合では1頭も蘇生できなかったのに、25%(人間では6cm)まで圧迫すると全部のブタで心拍が再開した。このデータをそのままヒトに当てはめると、4cmよりは5cm、5cmよりは6cmと深く押していく方が蘇生率は上がることになる6)。

 

 そんなに深く押せるのか

 ブタの胸骨圧迫は機械がしている。ヒトの胸骨圧迫は一部の例外を除いてヒトが行っている。G2005の4cmですら満足に押せないことが多いのに、5cm、ましてや6cmなんて押し続けることは不可能だ。それに老人で深く押すと肋骨が折れる。

 5cmを押し続けることがいかに困難かは、論文を引用しなくてもわかるだろう。いつも鍛えている救急隊員なら5cmを10分以上押すことができるだろうが、同じ隊員でも腹の出てきた救急隊員では2分と持たないだろうし、一般のバイスタンダーでは5cmに達することすら困難の場合が多い7)。これが女性で人工呼吸なし胸骨圧迫のみなら押す深さは急激に減衰してしまう8)。5cmよりもまずはしっかり押してもらうことを強調すべきだろう。

 

 5cmの意味

 動物実験では深く押すほど良いのはわかる。ヒトでも深く押せば、きっといいのだろうということは理解はできるがエビデンスがあるとはとても言えない。5cmは一生懸命限度なく押してもらうための目標と考えたほうが良さそうだ。

 

 文献

 1)Resuscitation 2006;71:283-92

 2)Resuscitation 2008;77:306-15

 3)Resuscitation 2006;71:137-45

 4)Arch Intern Med 2008;168:1063-9

 5)Resuscitation 2006;71:387-90

 6)Chest 2007;132:70-5

 7)Resuscitation 2006;71:335-40

 8)BCM Nurs 2009;8:6


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11.9.18/3:50 PM

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