120721胸骨圧迫:「少なくとも」100回は嘘?

 
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胸骨圧迫:「少なくとも」100回は嘘?

 ガイドライン2010では胸骨圧迫が「少なくとも5cm」「少なくとも100回」となった。「少なくとも」100回というのは動物実験でも臨床研究でも胸骨圧迫のテンポが120回/分までは血流量が増えることが推奨の理由なのだが、病院外心停止患者での報告はそれほど多いわけではないし、動物実験とヒトでは条件、特に心臓の老化の程度が異なるため動物実験がそのままヒトに当てはまるわけではない。

 今回紹介するのは、100回でも100回以上でも長期生存率は変わらないという論文である。

心拍再開は増えるが生存率変わらず

 この論文は循環器の臨床医学雑誌としてはトップクラスであるCirculationに2012年5月23日に電子掲載されたものである。

 多施設で症例を集めた研究で、対象は20歳以上の病院外心停止患者である。2005年の12月から2007年の5月までの期間中に病院外心停止になったのは26902例あり、その中からデータを取り出せた3098例を対象とした。対象の平均年齢は67歳で、心拍再開率は35%、患者の8.6%が生存退院している。胸骨圧迫のデータはモニター付きの除細動器から蘇生術施行後に取り出す。

 結果として、胸骨圧迫のテンポは平均で毎分112回であり、胸骨圧迫のテンポと心拍再開率には関連を認めた。心拍再開の頻度が最も多かったのは胸骨圧迫のテンポが毎分125回の時であった。しかし胸骨圧迫のテンポと生存退院率には関連が見られなかった。蘇生では胸骨圧迫だけでなく人工呼吸も入るので、1分当たりの胸骨圧迫数は当然少なくなる。人工呼吸を加味した場合、1分間に90回以上押していれば心拍再開率が上昇し、逆に75回未満だと低下する。人工呼吸と胸骨圧迫の時間配分は胸骨圧迫の蘇生に占める時間が全体の7?8割に達するのが最良である。

毎分140回を越えると生存率低下

 結果を詳細に見ていこう。研究期間中の病院外心停止は26902例あり、このうち心肺蘇生を受けたのは15876例。除細動器からデータを取り出せたのはそのうちの20%に当たる3098例である。患者背景は胸骨圧迫のテンポを毎分80回未満、80-140回、140回以上に分けて比較しているが3群間で差は見られない。またデータが取り出せた3098例と取り出せなかった12428例で患者背景を比較すると結構有意差があって、データを取り出せた群では男性が多く、バイスタンダーCPRが多く、心室細動が多かった。心拍再開率もデータが取り出せた群の方が高くなっている。多施設研究ということで施設間の胸骨圧迫のテンポも比較していて、これは施設間で有意差を認めている。

 胸骨圧迫のテンポと生存退院率の関係では、80回未満と80-140回の二つの群では差は認めない。つまりテンポが遅くても生存退院率は下がらない。しかしテンポが140回を超えると生存退院率は有意に低下する。目撃があること、救急隊員が目撃すること、心電図モニターに現れた最初の心電図波形、年齢、公共の場で倒れることが心拍再開と生存退院に有利に働いている。

本当だろうか

 天下のCirculationである。ガイドライン2005で採用されていた「ショックファースト」「CPRファースト」はこの雑誌のたった1本の論文で実施が決まった、と聞けばその威力は分かるだろう。だが、この論文については読み終わった感想は「?」であった。

 過去の報告を見れば、動物実験では胸骨圧迫毎分120回までは心拍出量が上昇するがそれより速く心臓を押すと逆に心拍出量は低下することが報告されている。ヒトにおいても120回までは心拍出量と呼気炭酸ガス濃度(=心拍出量を反映する)が上昇することが3つの論文で報告されている。これは心臓を単なるポンプと考えれば十分納得いく結果だが、今回の論文は読んでいて症例が統一できていない印象を受ける。一例として各施設の距骨圧迫の1分当たりの回数が載っているが、平均だけ見ても最低が64回、最高が85とかなりの差がある。胸骨圧迫の回数がこうなら人工呼吸の吹き込み量や方法も異なるかも知れない。

 文末にはcubic spline curveといって胸骨圧迫数を横軸に、生存退院率の期待値を縦軸にしたグラフも載っている。これをみると、心拍再開率は確かに毎分125回でピークになっていて35%、それよりテンポが増えても減っても心拍再開率は低下している。一方、生存退院率の期待値は毎分120回あたりにピークがあるのだが、テンポが少なくても山の大きさはほとんど同じであり、テンポが多ければ期待値は減っていて、ちょうど南部片富士のような形になっている。テンポが多ければ心臓の空打ちになって蘇生に良くないのはわかるが、テンポが減ってもやはり良くないのだろう。もっと症例を増やせば生存率は125回にピークが来そうだし、もしピークが来なければ何か別の要素が生存率を決めているはずだ。

将来は125回か

 ガイドラインが2010になり、胸骨圧迫のテンポは最低でも100回となった。この回数と5cm以上という深さが重なり、救急隊員であっても2分押し続けることはかなり大変になった。この論文を見る限り、100回でも胸骨圧迫は足りなくて、125回を目標に押すのが良いらしい。さらに、アメリカの人たちでも、深く押せばスピードは遅くなることがこの論文に示されている。

 125回で5cm以上。これは大変。私には絶対無理だ。胸骨圧迫も専門家の手技になるかも知れない。

文献
Idris A:Circulation Epub May 23, 2012


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12.7.21/12:22 PM

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