140615屋内で発生した偶発性低体温症
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講座・特異事例
2014年2月号
救急事例解説
屋内で発生した偶発性低体温症
講師
服部 修司(はっとり しゅうじ)
所 属 東近江行政組合 日野消防署
出 身 地 滋賀県蒲生郡日野町
消防士拝命年 平成14年4月
救命士合格年 平成22年
趣 味 ドライブ
東近江行政組合は、近江八幡市、東近江市、日野町、竜王町、愛荘町の2市3町で構成されています。
滋賀県のほぼ中央、琵琶湖の東側に位置し、管内の東側は鈴鹿国定公園の山岳地帯、西側は琵琶湖国定公園の水郷地帯と両国定公園に囲まれ、中央部は愛知川・日野川が作り出した扇状地と沖積層からなる平野部分です。
この地域の歴史は古く、中世に織田信長によって安土城(写真1:安土城。復元模型)が築かれると、この一帯は政治、文化、経済の中心地となり、近江商人の活発な活動は全国に広がりました。近江商人発祥の地として近江八幡市、日野町、東近江市五個荘地区は特に有名です。
地域の観光名所としては、「織田信長の安土城址」(写真2:安土城址)
「近江八幡の水郷」(写真3:秋の八幡堀)
「紅葉の湖東三山と永源寺」(写真4: 湖東三山(百済寺))
近江商人の豪邸が残る近江八幡・日野・五個荘の「商家の町並み」(写真5:近江商人商家の町並み)、
また「滋賀農業公園ブルーメの丘」などの体験型の施設も充実しています。
はじめに
冬の冷え込みが厳しくなると、救急現場で疑う病態の1つとして、低体温症があります。多くの方が実際に現場で経験されたのではないでしょうか。活動は現場の寒冷環境から低体温症を疑うことから始まることが多いと思います。
今回、紹介させて頂く事例は、私が経験したもので、現場の状況からは低体温症を疑うことができなかった事例です。また、CPRの開始や中断の判断に苦慮しましたので、併せて紹介させて頂きます。
事例紹介
93歳女性。2月、19時50分頃、寝室の布団内にて呼びかけ反応および痛み刺激反応が見られない傷病者を家人が発見し救急要請したもの。
現場到着時の状況 家人の誘導により寝室に入ると、室内はエアコンが使用されており、暖かい環境でした。傷病者は寝室に敷かれた布団にて仰臥位でおり、毛布が掛けられていました(写真6:傷病者は布団に仰臥位。毛布が掛けられていました)。
家人から、エアコンの設定温度は24度との情報を得ました。 傷病者接触時の観察結果 意識レベルJCS-300。橈骨動脈触知不能、総頸動脈触知可能、徐脈。徐呼吸(胸部挙上十分)。体表面を触診すると温感を認めました。
観察結果からCPAに陥る可能性があることから、車内収容を優先することを隊員に伝えました。
車内収容時の観察結果 意識レベルJCS-300、心拍数30〜40回/分、呼吸数10回/分前後、体温測定不能。 心電図を観察すると、J波が認められました(写真7:J波。現場で確認したもの)。(救急隊が使用した体温計の測定可能温度は32〜42度)
傷病者の情報 摂食障害が続いており、救急要請の数日前まで入院歴あり。退院後も寝たきりの状態が続いているとのこと。
車内収容後の活動 観察結果から低体温症の疑いがあることを隊員に伝え、高濃度酸素投与を開始(写真8:酸素投与開始)し、家人から情報収集を実施しました。
車内収容から3分後、総頸動脈触知不能となり(心電図にて20〜30回/分のQRS波形を認め、無脈静電気活動PEAと判断)、直ちにCPRを開始しました(写真9:無脈静電気活動になったためCPR開始)。病院選定は管内の救命救急センターを選定しました。
CPR開始から2分後、胸骨圧迫に対して顔をしかめる(写真10:CPR開始から2分で反応が出ました)等の反応が見られたためCPRを中断。観察結果は傷病者接触時と同様の徐脈および徐呼吸が見られる状態。観察を続けると総頸動脈の拍動および呼吸状態が徐々に悪くなりCPRを開始。
以後、同様の経過を辿り、CPR開始から11分後、胸骨圧迫に対して手を払いのけようとする反応(写真11:2回目のCPR後も反応出現)が見られたためCPRを中断。観察結果は、意識レベルJCS-100〜200、変わらず徐脈および徐呼吸でしたが、大腿動脈でも触知可能な状態となり、その後は容体変化なく病院に到着しました。
医療機関収容と予後 心電図はJ波継続。医療機関での直腸温(中心部体温*)測定結果は27.2度。傷病名は低体温および重症肺炎。なお、1か月後の脳機能カテゴリー(CPC)はCPC1(機能良好)と聞いています。
*中心部体温とは、直腸、鼓膜、膀胱などで測定される身体の温度をいいます。通常の救急活動では腋窩部で体温を測定していますが、周囲の気温や発汗の有無などにより、中心部体温とは乖離する可能性があります。
解説
では、偶発性低体温症についてお話します。
ヒトには体温調節中枢があり、体温は増減1度以内を保つようになっていますが、意図せず中心部体温が35度以下になる状態を偶発性低体温症といいます。温度によって、「軽度(32〜35度)」、「中等度(28〜32度)」、「重度(28度未満)」に分類されています(表1参照)。体温が35度以下になると、体はシバリングという骨格筋の運動により熱を産生して体温を維持しようとします。しかし、体温がさらに低下すると、呼吸中枢の抑制により呼吸数が減少し、伝導障害により徐脈となります。心拍出量は減少し、末梢血管も収縮することで末梢循環不全となります。
低体温の場合、徐脈や徐呼吸となり意識障害も見られるようになるため、呼吸および循環の評価は30〜45秒かけて行います。
低体温が進行すると、心電図の所見として、PR間隔やQT間隔の延長、陰性T波の他、中心部体温が32度以下になると、J波を認め(写真7参照)、30度を下回ると心房細動、25度を下回ると心室細動や心静止といった致死的な状態になります。
また、高度な低体温では、心臓の被刺激性が亢進していることから、外部からの刺激等により、心室細動を誘発することが考えられるため、傷病者の移動などには細心の注意を払う必要があります。
低体温の進行は、傷病者の死亡率の上昇につながるため、傷病者の衣服が濡れている場合は速やかに脱衣し、毛布などで全身を覆い、救急車内はできる限り暖かい環境として保温に努めます。
考察1 傷病者が低体温症に陥ったのはなぜか
低体温になる原因には、熱産生減少、熱喪失増大、体温調節障害の3つの因子が挙げられます(表2参照)。
今回の事例を振り返ってみると、傷病者が93歳と高齢であったこと、摂食障害で入院歴があり、退院後も摂食障害が続いていることから、熱産生減少が低体温の発症に大きく関与したと思われます。寒冷環境下での熱喪失増大については、救急隊到着時はエアコンが24度設定で使用され、毛布が掛けられていて体表面に温感を認めていたことから、熱産生が著しく減少している傷病者の場合、このような環境下でも低体温症をおこす可能性があるのかもしれません(エアコンを常時使用されていたかは確認できていません)。
考察2 CPR開始および中断の判断について
重度低体温の傷病者は、意識障害に加えて、呼吸や循環の著しい低下、全身の血管収縮等による循環不全のため、CPR開始の判断が難しくなります。
今回の事例を振り返ると、意識レベルJCS-300、脈拍30〜40回/分の著しい徐脈であったことから、CPR開始の判断に苦慮しています。 また、CPRの中断については、胸骨圧迫に対して「顔をしかめる等の反応」で中断してしまいましたが、CPRの中断基準となる「刺激に対する目的のある仕草」としては不十分であり、CPR中断の判断にも苦慮しました。
さいごに
今回紹介した事例は、傷病者が低温環境下にないことから、低体温症の可能性が低いのではないかという先入観を持ってしまったことで、ピットフォールに陥っています。また、CPAに陥る可能性があると考えて車内収容を優先したことで、現場で心電図などの観察を実施できておらず、早期の病態予測ができていません。しかし、車内収容後の観察において、低体温症に特徴的である心電図上のJ波を認め、他の観察および情報収集を踏まえて、低体温症を疑った活動に切り替えられたのは良かったのではないかと考えています。
この事例から、先入観を持たず広く病態を予測することの重要性を学びました。この事例から学んだことを今後の活動に生かしていきたいと思います。
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14.6.15/1:49 PM]]>
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