これで上司も市民も納得! 基礎からの統計教室
第5回
グラフを活用しよう
例題
あなたは消防団の管轄です。自分の消防署の管轄地域もだんだん高齢化が進んできて、消防団に在席する人たちも高齢化が進んでいるような気がします。若い団員を獲得するために予算措置をお願いしたい、と上司に話したところ、「平均年齢はずっと変わらないと聞いているぞ」との返事。あなたなら上司をどう説得して予算を付けてもらいますか。
解説
ほとんどの人は数字が苦手です。町レベルの団員数なら人数は知れていますからそのまま表にして持って行ってもいいとは思うのですが、それでも苦手意識の強い上司なら「見ても分からん!!」「老眼の俺に苦労させるために持ってきたのか」と起こられるのがオチです。怒られない方法を考えましょう。
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4月号から7月号までは統計とはあまり関係ないことを書いてきました。余りに趣味に走りすぎたのことを反省して、今回からは仕事に役立つ方法を書いていきます。
この連載は統計や検定について解説することを目的にしているのですが、仕事上検定を必要とすることはほとんどありません。それより表やグラフの持つ特徴を理解する方がずっと大切です。
1.最強は生データ
最初に覚えておくこと。それは「生データが最強」だということです。報告書で見るグラフや検定結果などは読者に理解しやすくするために掲載するのですが、そこにはそれらを作る人の念が込められています。
図1は日本の総人口のグラフで、総務省統計局から出されているものです。日本は今が人口のピークで、これからゆっくり人口が減っていくことを示しています。人口予測は現在の人口と年齢・性別分布、平均寿命から割り出される信頼性の高いものですので、おそらくこのような減り方をするのでしょう。私が生きている間は総人口は1億人は保てそうですから、失業(医者)することはなさそうです。
図1
総務省統計局から出されている「人口の推移と将来人口」をそのままグラフにしたもの。こういう風に推移するんだと分かります。
2.グラフの利点と欠点を理解する
グラフには利点が2つあります。
1)理解しやすい
数字の羅列ではいちいち数字を頭の中に展開しなければなりませんが、グラフは見ただけで理解できます。
2)強調できる
右に書いたように、自分の都合のいいことを嘘をつかずに強調することができます。
欠点も2つ。利点を逆に見たもので、
1)加工されている
グラフにされた段階で一次情報ではなくなります。細かい数値は無視されます。
2)作り手の念が入る
グラフでも検定も、作る人の意向を反映しています。表であっても生データから抜粋したものや四則計算がなされたもの(前年度○○%など)は作る人の意図に沿って作られます。これは、同じ事件が起きても新聞によって論調が異なるのと同じです。
3.グラフで使われるテクニック
データの改ざんは御法度ですが、グラフを用いれば嘘をつかずに印象を操作できます。人間は感情の生き物ですから、印象操作は常に効果があります。
・テクニックその1:強調する
図2も「人口の推移と将来人口」から取ったものです。ですが、図1とは異なり、急激に人口が減って行くように感じます。縦軸には平成22年の人口を基準(0人)とする、と書いてありますから嘘はついていません。このグラフを使うのは、人口問題を真剣に考えようと啓蒙するお役所か、人口が減って喜ぶ業者(「今のうちに売らないとどんどん安くなって売れなくなりますよ」と一軒家を買い叩く不動産屋とか)です。
図2
人口のピークである平成22年を0人とした時の人口のグラフ。人口減少だけを訴える内容に早変わり
・テクニックその2:切り取る
さらに図3では、人口が増えています。このグラフも総務省統計局の数値を利用していますので嘘ではありません。日本でこれを見せれば「昭和のことでしょ」と言われますが、これがどこか知らない国の人口動態と称して持って来られて「有望な市場」と紹介されたらどうでしょうか。思慮の浅い経営者なら投資話に乗るかもしれません。
図3
終戦後から昭和の終わりまでの人口動態。順調に人口が増えています。これだけ見れば人口が増えマーケットも拡大、これからも好景気が続くと思えます。
4.普通はグラフにするだけで良い
上司を説得するために過去の団員の構成を調べたあなたは、上司の言うとおり団員の平均年齢は10年前と変わっていないことに気づいてがっかりしました。10年間の団員の年齢を図4に、現在の団員の年齢を図5に示します。どちらも平均年齢は40歳ですから、平均値では説得できません。しかしグラフにすれば違いは明快です。
10年前は40代を中心に左右対称の分布をしています。働き盛りの40代を中心にまんべんなく団員がいることになります。しかし現在は20代の団員はいません。それでも平均年齢が変わらないのは比較的若い30代が増加したためです。山の形は高齢者に寄って来ていますので、「中央値」を使えば10年前より高齢化が進んでいる、と説明できます(中央値が分からない人は月刊消防平成27年4月号を買って下さい)。
図4
10年前の団員の構成。年齢で分けたもの。
図5
現在の団員の構成。20代がいない。それでも10年前と平均年齢が変わらないのは30代が増えたから。
5.切り取って強調する
言いたいことを強調するために、20代の団員数だけを書き出したのが図6です。矢印を付ければ20代が全くいないことをさらに強調できます。
図6
20代だけを切り取ればさらに強調できます
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6.解答
印象でお金は出てきません。しっかりとした数字が必要です。過去の数値を把握することが絶対必要で、ほとんどの場合はしかるべき場所に誰もが見られる形で存在します。さらに、自分の主張に沿ったグラフを作ることで数字嫌いの上司を説得します。数字嫌いはだいたいが無精者ですから生データを提出しろとは言われないでしょう。
7.まとめ
・グラフは分かりやすいが作成者の念が入る
・変だと思った時は生データに当たること
15.11.6/11:21 AM
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