151109鍵が開かない

 
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151109鍵が開かない

作)みいたん

 ある冬の日の明け方、80歳独居の女性からトイレへ行こうとして転倒し足が痛くて立ち上がれないとの救急要請があった。

 現場へ到着し、家へ入ろうとしたが玄関の鍵が開いていない。独り暮らしなので、傷病者が鍵を開けない限りは開いていないのは当然である。郵便受けから呼びかけると、居間の方から返答があった。郵便受け越しのやり取りで、トイレ前の廊下で転倒し、救急要請しようと痛みを堪えて這うように電話まで行ったようだと分かった。痛いのは左足の太ももであり、それ以外にはぶつけたところや痛いところは無いと言う。意識はしっかりしているようだが、玄関は施錠されており、どうすることも出来ない。

 郵便受けから覗くと、開いたままのトイレドアがすぐそこに見える。居間のドアも開いており、傷病者の声はその奥の方から聞こえてくる。電話口まで行く前に、せめて玄関の鍵を開けておいてくれたらと思っても仕方がない。

 傷病者は普段から歩行がやや不自由なのを私達も把握している。電話口まで1時間以上かけてよく頑張って這っていったと感心したが、困ったのは我々である。玄関が開かなければ接触も出来ない。合鍵を持っている人はいないかと尋ねると、娘にしか持たせてなく、ここから2時間以上の距離の町に住んでいると言う。

 居間のドアも開いており、冬場ということもあって傷病者も寒がっている。娘の到着をただじっと2時間以上待つわけにもいかない。まずは娘に連絡をつけようとするが、電話に応答が無い。駆けつけた近所の人に尋ねても、合鍵を持っている人に心当たりは無いと言う。

 仕方なく鍵や窓を破壊しても良いかと尋ねると、それだけは絶対に止めて欲しいと訴える。壊される位なら、今から這って玄関まで行くから待っていてくれとまで言う。そこまで言われてはどうすることも出来ない。

 破壊を想定して警察官の臨場を要請し、署へ引き続き娘へ連絡をつけることを依頼、合鍵を持っている人を探すため、役場の保健福祉部局や通所している施設のヘルパー等、手当たり次第に連絡をした。30分程経ちようやく娘に連絡がとれたが、今日は旦那を見送ってからでないとこちらには向かえないと言う。緊急事態だと説明しても、怪我だけなら心配無いから旦那が出勤後に向かうのでと冷たい返答である。

 そこまで待つわけにはいかないので、到着した警察官と共に破壊の承諾を得ようと説得するが、絶対に壊さないで欲しいと変わらぬ返事しか返ってこない。警察官もお手上げである。

 万策尽きた我々は、ただじっと待つことしか出来ない。娘さんが心変わりしてすぐ来てくれることを祈るばかりであるが、合鍵を持っている人も見つからない。娘さんが来たら又要請して下さいと、現場を離脱するわけにもいかず、最悪の場合は、何もせずただ娘さんの到着を待つしかないのかと諦めるしかなかった。1時間ほど経った頃、ようやく傷病者の姿がドアの辺りに見えるようになった。あと一息である。

 姿が見えてから約1時間後、ようやく傷病者が玄関にたどり着きドアを開錠、接触することが出来たが、傷病者の息は上がっておりやや汗ばんでいる。対照的に、寒空の下で2時間以上ただ待つだけだった我々は、身体の芯まで冷え切っていた。


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15.11.9/11:53 AM

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