case39:気管食道瘻患者への気管内挿管

 
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 今月から12回にわたって、留萌(るもい)消防組合が経験した救急出動事案の中から、基本的な事例やためになった事例、意表をつかれた事例等を紹介したい。
留萌消防組合は、北海道の西北部に位置し、日本海に面した港湾を中心とする水産加工業の盛んな留萌市と、第一次産業を主体とした小平町で構成される。気候は、日本海側気候区に属しており積雪量が多く、特に西南西の風が非常に強い地域である。組合管内人口は約32,000人(留萌市約27,500、小平町約4,500人)、管轄区域は東西34km、南北44km、総面積924km2を有し、組織は消防本部及び1署2支署、職員65名で火災、救急、救助等の消防業務を兼務している。
救急業務については、年間約950件の救急出動を救急救命士12名(署8名・支署4名)と救急標準課程資格者を中心に、救急車3台(高規格救急車2台)を運用し対応している。

中路和也(留萌消防組合/救急救命士)


症例39:気管食道瘻患者への気管内挿管

梅澤卓也

留萌(るもい)消防組合消防署

救急救命士


「気管食道瘻患者への気管内挿管」

はじめに

私は気管挿管が可能な救急救命士として第1歩踏み出し、初めて気管挿管を経験したところ、特異な症例であったため紹介する。

症例

日本海の夕日が美しい時間帯に、『76歳、男性が急に倒れて意識がない。』といった通報により高規格救急車に4名乗車で出動。
覚知から4分後に現場到着、傷病者は居間に仰臥位。口腔内に液状の食物残渣貯留を確認した。意識レベルJCSⅢ?3(I)、呼吸脈拍なし。直ちにCPR開始するも、バックマスク(BVM)換気に抵抗あり。関係者より既往症は食道癌と聴取した。
初期心電図波形が心室細動(VF)のため1st unit1回目の除細動を実施するも心静止。気管挿管適応症例(適応番号3(注1))と判断、医師へ挿管指示要請及び除細動実施の報告後、関係者へ現状と今後の処置について説明と同意(IC)を得た。
気管挿管後、一次及び二次確認で異状がなく、換気良好であり、気管挿管を完了した。しかし、十数秒後、前頸部にソフトボール大の皮膚膨隆が出現。また、換気による水疱音、挿管チューブからの液状物の吸引があったため、直ちに、喉頭展開し挿管位置を確認したが、チューブは間違いなく気管内にあり、換気を継続した。
関係者に再度聴取すると、『食道に穴が開いている』と情報を得たが状況を理解できなかった。『もしかしたら気管食道瘻?』と頭をよぎる。しかし、何処に穴が開いていて、どうして皮膚が膨隆するのかがイメージできない。『片肺挿管をしてみよう。』『このまま搬送。』『いや抜管だ。』といった迷いがありながら車内収容した。
搬送途上、依然、換気は思わしくないため抜管を選択しBVM換気継続、静脈路確保を施し覚知から26分後に2次病院へ搬入した。

まとめ

救急の現場では定型的な症例等はなく、判断に迷ったときは、基本に帰するのが最善である。また、既往症等関係者からの状況聴取や観察による傷病者の情報等により、瞬時に処置方針を判断する能力を高めることが大切である。
本症例は、後日、MC事後検証会にて、『非常に判断が難しいが抜管で正解』と検証医師から評価を受けた。
(注1)適応番号3:口腔内に大量の液体等の異物があり、LM等の気道確保資機材では換気困難が予想されるもの。


解説

食道癌は現在でも治りにくい癌であり、発見時で半数が切除不能の状態である。その原因の一つに食道の持つ特殊な解剖学的構造がある。食道は他の消化管と違い、漿膜(外膜)を持たない。また前壁は気管にぴったりくっついており(図1)、容易に気管浸潤をきたす。さらに粘膜病巣が連続せずスキップして進展する傾向があり、リンパ節転移も容易に起こすため、もののつかえ感が出た時には症状がかなり進んでいることが多い。

今回の事例では、食道癌が気管に浸潤し、さらに癌自体が自分の拡大の早さに栄養補給がついていかず壊死(細胞が死んで腐ること)したことから、気管と食道が開通したものである(図2)。皮下への空気の流出は、食道の穴が気管だけではなく皮膚方向へも開いていることを示している。

本症例で取るべき方法としては、(1)抜管する(2)さらに深く挿管チューブを挿入して瘻孔より肺側に先端を入れる、の2種類が考えられる。換気をするためなら(2)となるが、瘻孔がどこにあるか分からないこと、もし瘻孔部分が盛り上がっていてチューブ先端でそこを壊せば大出血の可能性があることから、現場でとる方法は(1)抜管しかないと考えられる。病院内であればファイバースコープで瘻孔の位置と形態を確認して、そこを塞ぐ形で気管チューブを留置する。

図1

気管と食道の位置関係。模型で見ればしっかりした2つの管が離れて存在するように思えるが、実際の食道壁は焼き肉の「ホルモン」よりちょっと厚い程度しかない。それが気管にぴったりくっついている。気管も食道と接する側には軟骨はなく膜だけであり、悪性腫瘍は容易に浸潤できる。

図2

頸部に皮下気腫が出現したことから、瘻孔は比較的口に近い位置にあると考えられる。


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