症例42:高齢者の救急対応
三上勝弘
留萌(るもい)消防組合消防署
救急救命士
症例
「高齢者の救急対応」
高齢化社会を裏付けるように、高齢者の救急要請は年々増加傾向を示している。
その中で、高齢者の救急現場では、患者の訴えが非定型的なことが多く、多病であったり、既往歴が曖昧であったり、現在の状態を聞き出しにくいことを多く経験している。
そこで、2つの症例について紹介する。どちらも高齢者からの救急要請であり通報内容から推測した症状と現場での観察結果の違いを特に感じた症例であった。
症例1-脳疾患かな-
「一人暮らしの男性78歳が、あたったようだ。」と患者宅の隣人である友人から119番通報があり、脳疾患を疑い出動した。
現場到着すると、患者宅の玄関前に通報者と思われる男性が立っており、状況を聴取したところ「今日の朝から全然下半身が動かないみたいだ、脳卒中ではないだろうか。」との一言をもらい、家の中に入ると、居間に老人男性が寝間着姿で布団上に紅潮していた顔で座っていた。しかし顔の表情に異変は感じず呼吸状態は平常であり、失禁等も見られなかった。
患者に問診を始めると会話は明瞭で、朝7時頃に起床してから両下肢に力が入らず歩行困難であり、掛かり付けは市内の総合病院の内科と泌尿器科に通院中で、既往歴は、高血圧、糖尿病、前立腺肥大症であった。
患者の観察をするも、眼球正視位、瞳孔左右3ミリ、眩暈、嘔気、四肢の痺れ等の症状はなく、昨晩から頻尿が続きよく眠れないまま朝を迎えたことを聴取した。
現場から酸素投与を行い車内に収容し、BP103/67mmHg、PR103回、SpO2 99%、腋下温38.7℃、心電図モニターの異常波形なしを確認した。
現場状況及び患者観察状況から感染症を疑い、掛かり付けである二次病院へ収容した。
患者は、その後、医師により尿路感染症と診断された。
考察:高齢者は多病性であり、症状が非定型的で救急搬送を行ううえで、疾病を特定するのが大変困難である場合が多いが、本症例は意識清明であったため、問診による情報収集に加え、バイタル観察結果と性別・年齢による症状の特徴をを総合的に判断して疾病を概ね推測できた。
症例2-排尿障害かな-
朝9時頃、「主人82歳、尿が出なくて苦しんでいる。」と夫人からの119番通報。出動途上、隊員と尿閉による諸症状を推測しながら6分後に現場到着する。
患者は、住宅1階の居間ソファー上にジャージ姿で仰臥位でおり、顔の表情はやや苦悶様を呈しているものの特徴所見はなく、意識清明であった。
問診を始めると、2日前から尿量が減少しており、間欠的な下腹部痛もあり、食事もあまり摂れていない状態であったが、下痢症状はなく、嘔吐が数回あったことを聴取した。掛かり付けは市内の個人経営の内科病院に通院中で、既往歴は不整脈、高血圧であった。
患者の観察をするも、下腹部に膨満があり、圧痛は軽度で筋性防御は認められなく、打診を試みたが鼓音は感じられなかった。
安静に留意して車内に収容し、BP148/96mmHg、PR96回、SpO2 96%、鼓膜温35.9℃、心電図モニターの異常波形なしを確認した。
観察結果から尿閉、或いは腸閉塞等を疑い、二次病院へ収容した。
患者は、その後、医師により腸閉塞と診断された。
考察:腸閉塞の症状としては、腹痛、排便排ガスの停止、悪心、嘔吐、腹部膨隆、腹膜刺激症状等が特徴的所見であるが、聴診での腸雑音減弱を判断することや打診での鼓音を確認することはとても難しいところである。
高齢者の多くは基礎疾患をもっており、その基礎疾患の急性増悪によるものなのか、合併症的なものなのか判断は難しいと思われるが、本症例のように高齢者の腹痛は重大な疾患の存在を示すサインのひとつであり特に注意が必要である。
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