腰痛の予防策は

 
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腰痛の予防策は

HTMLに纏めて下さいました粥川正彦氏(滝川消防)に感謝いたします


目次

最新救急事情 第5回 1999年9月

腰痛の予防策は

腰痛でお悩みの方は多いだろう。レスキューの救助指導会要員は全員が腰痛持ちだというし、救急に行っても、重い患者をいつも運んでいれば腰痛はついてまわる。

腰痛はありふれた症状で、生まれてから死ぬまでに60-90%の人が一度は経験する。30-50歳の年齢層にとって最も費用がかかるのが腰痛であり、また45歳未満の労働者を就業不能にする最大の原因も腰痛である1)。腰痛によるアメリカの経済損失は年間で最低280億ドルに達し、単純に人口で補正すると日本では1兆6000億円となる。腰痛の予防法として、コルセット・腰痛教室・腰痛体操がある。これらの有効性は半ば常識となっているが、医学的にはかなり怪しいものもある。

事例:北海道旭川市平成10年9月、アキレス腱を負傷したとの通報により緊急出動した。負傷者は体格の優れたかなり重そうな人である。負傷者をストレッチャー(Xチェンジ型)に乗せ、ストレッチャーの脚を伸張しようと持ち上げたところ、腰に電気が走った。強い痛みが続いたため翌日病院を受診した。検査の結果、腰椎には異常なしとの診断で、飲み薬、湿布、バストバンドを処方された。痛みは続いていたが次の日から1週間仕事をし、その後1週間は自宅で安静療養した。病院ではホットパック、牽引、仙骨ブロック注射を行ったが痛みは取れなかった。MRIでも椎間板ヘルニアの所見はないため、痛みが引くまでリハビリを継続するように指導された。

仕事を続けながら2カ月間1日おきにリハビリに通院したところ痛みはほぼ治まってきたが、腰部の鈍重感は時々私の体を襲い、仕事中の休憩を余儀なくされた。雪も降り始めた12月のある朝、救急車の点検と洗車をしていた時、腰部の激痛に襲われた。しかし仕事は続け、数週間後には和らいできた。1月の中頃に自宅で起床しようとしたとき、腰痛が再発した。痛みのため左足を引きずるようになり、痛みが弱いときには担架を持ったが、腰には厳しかった。今度は痛みが取れないため病院を変えて(先生には失礼だが!)再度MRI検査をしたところ椎間板ヘルニアと診断され、入院治療するはめになった。2週間の牽引で痛みが取れず、硬膜外麻酔を行うも症状が改善されず、体にメスを入れられることとなった。

私の先輩にも腰痛持ちが多い。担架を持つ救急活動現場と言えば、狭い住宅の中が圧倒的に多い。患者に負担をかけないように収容するために隊員が無理な姿勢をとることがほとんどで、腰には多分悪いと思う。今回の経験で、普段からの体力錬成の重要性を思い知ることとなった。

なお、余談ではあるが、酸素マスクは苦しい。手術後マスクをつけて病室に戻ってきたが、とにかく苦しい(ちなみに3L/分)。早く外してくれと言ったが外してくれない。この経験を生かし、患者に優しい救急隊員になろうと思う。

コルセットは有効かコルセットは腰痛患者の必需品として、一家に一本備わっている。我が家にもある。作業現場で使われているコルセットは化学繊維の帯でできており、腰部には金属やプラスチックの支柱が入っている。力仕事の際にはベルトを締め付けることで椎間板の内圧が軽減され、腰痛予防に効果があるとされている。

腰痛予防に効果があるとする研究としては、貨物会社312人を6カ月間追跡した調査がある2)。そこでは、研究開始時に腰痛があった人たちについて、コルセットをしないと6.5日/月の腰痛期間がコルセットをすることによって1.2日に短縮できた。また、2万7000人を対象にした研究でも、全体の腰痛発生率を2/3に、最も腰痛になりやすい集団では発生率を40-90%減少させた3)。

コルセットは腰痛予防に効果はないという研究もある。前出の研究2)では、今腰が痛くない人間にとってはコルセットは何ら効果はなく、してもしなくても35%が腰痛を経験した。宅配便896人を対象にした研究でも効果は見られていない4)。看護や環境整備職員でも差は見られなかった5)。結局のところ、コルセットが腰痛予防に効果があるのは、コルセットが腰の運動や曲がりを邪魔することで自分の症状を気づかせ、それにより教わった方法で物を持ち上げるようになるため6)であって、コルセットはただの警報装置であるという見方もできる。米国立職業安全研究所からの報告書7)では「腰痛予防としてのコルセットの有用性は確認されていない」と結論されている。

腰痛教室は有効か腰痛教室が単独で有効であるという文献は見つからなかった。

無効であるという文献は多い。前出の研究2)では6カ月の研究期間中に3回、計5時間の入念な実技とマンツーマンの指導が理学療法士によって行われたが、腰痛の発生頻度は全く変わらなかった。4000人を対象とした研究でも腰痛教室は全く効果がなく、参加者の知識を増やしたのみであった8)。

少し教わったくらいでは習慣は変えられない、ということだろう。腰痛教室とコルセットを組み合わせれば腰痛の発生頻度は変わらないものの病期が短縮できるという報告もある9)。

腰痛体操は有用か142人の病院職員を、何もしない群、腰痛教室を受ける群、腰痛体操を行う群にわけて1年間追跡したところ、腰痛体操の群では他の2群に比べて腰痛を経験する期間が約半分であり、腰痛体操では特に腹筋の筋力増加が目立った10)。4000人を対象とした研究でも筋力トレーニングの重要性が強調されている11)。根本的な解決には定型的な業務においては人間工学を取り入れて作業環境を改善することが最も劇的に腰痛発生を減少させる12)。しかし、救急隊やレスキュー隊で環境改善といっても・・・もともと環境の悪いところで働く商売だから、無理か。

腰痛を発生させる原因は腰が悪いだけではない。特定の年齢、性別、業務の内容など、外から見てわかる特徴のほかに、仕事への満足度、部下と上司との人間関係の質、部下の低い業務評価、その人自身の性格傾向など、目に見えない要因が絡んでいる13)。それらの要因を一つ一つ除く努力が必要である。

結論1)コルセットは今腰が痛い人には効果があるかも知れない。痛くない人が予防的に巻いていても無効。
2)腰痛教室は役立たない。
3)腹筋を鍛えることは腰痛防止になりそうだ。さあ、今日から腹筋を鍛えよう。


本稿執筆にあたっては旭川市消防本部 中村敏明 救急隊員の協力を得た。

引用文献
1) US Dept of Health and Human Service; 1994, Clinical Practice Guideline 14, AHCPR Publication 95-642 .
2)JAMA 1998;279(22):1789-94.
3)Int J Occup Environ Health 1996;2:264-73.
4)Applied Ergonomics 1992;23:319-29.
5)Professional Safety 1995;40:22-6.
6)Int J Occup Environ Health 1997;3:238-9.
7)US Dept of Health and Human Service, Public Health Service, Centers for Disease Control and Prevention; 1994. DHHS(NIOSH) publication 94-122 .
8)N Engl J Med 1997;337(5):322-8.
9)Am J Phys Med Rehabil 1990;69(5):245-50.
10)Spine 1990;15(12):1317-20.
11)Health Educ Q 1993;20(1):43-62.
12)Ergonomics 1992;35(11):1353-75.
13)JAMA 1998;279(22):1826-28.



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