言葉の壁・医療の壁
HTMLに纏めて下さいました粥川正彦氏に感謝いたします
目次
月刊消防2001 1月号「最新救急事情」
言葉の壁・医療の壁
救急隊はしばしば外国人の救急事例に遭遇する。しかし、言葉の壁にぶつかりなかなかうまくコミュニケーションがとれず対応に四苦八苦しているのが現状であろう。同じく外国人にとっても医療の壁はとても高い。
事例:北海道稚内市
事例1:ロシア人が怪我をしているようだと付近の日本人から救急要請。詳細不明。現着時右腰部から右足にかけて激しい疼痛を訴えていた。観察したところ外傷・骨折はみられず少しでも動かすと激痛で顔を歪める状態であった。片言の
英語も通じないためジェスチャーでやり取りしたのだが、転んだりぶつけたという怪我ではないということと少しでも動かすと激痛があるという事しかわからなかった。そのため全身ギブスで固定処置をして車内収容した。車載の対応シート
でも確認したがやはり怪我ではないということだけでなぜなのかはわからなかった。後日病院に問い合わせたところもともと腰椎ヘルニア、脊柱管狭窄症をもった人であった。
事例2:深夜路上にロシア人が倒れていると警備会社の職員により救急要請。現場は街灯のない真っ暗な路上で自転車の横でロシア人男性がうつぶせに倒れていた。近づき呼びかけると反応するがろれつがまわってないようでアルコール臭
が認められた。顔面の広範囲に擦過傷がみられ唇が大きく腫れていた。四肢・体幹には外傷は認められなかった。現場の状況からすると交通事故・加害あるいは脳血管障害等からの受傷機転も考えられたが、まったくコミュニケーションがと
れないまま病院へ搬送となった。病院へ着いても診察中に眠ってしまう。結局は酒を飲み泥酔状態で自転車を運転中誤って顔面から転倒したということであった。しかしこの事例は11月下旬の寒空でのことであり、警備会社の職員に発見さ
れなければ低体温で死に至る、笑うに笑えない事例であった。
工夫:問題は何といっても言葉の壁があるためにコミュニケーションがとれない事である。他の機関には通訳がいるが消防にはいない。通訳を確保するにも現場に要請するには時間がかかる。問診用に作製された対応シートはロシア語日本
語併記の文章表現のため枚数が多く使いづらいという欠点があった。このため、既存の対応シートの枚数を少なくし、単語を中心としたシンプルな表記にするべく改良中である。
出稼ぎ労働者の医療事情
栃木県で働く外国人労働者317人を調査した報告1)によると、(1)肉体的・精神的に病気であるという徴候は外国人労働者で高い。これはストレスによるものだけではなく、実際にケガをする割合も高い。(2)1/4は重篤な疾患にかかって
も病院には行かない。その理由としては仕事を休めない、言葉が通じない、医療費が高い。(3)たとえ病院にかかったとしても外来で1回1万円、入院で10万円以上は払えない。(4)60%の労働者はたとえ英語を用いたとしても医師とうまく
会話できない。(5)40%は健康保険未加入である。(6)54%の労働者は精神的に不安定であり、数例では自殺企図で精神科救急の対象となっている。
外国人というストレス
健康保険に未加入(日本以外)・病院まで遠い・交通手段がない・時間がとれないなどは外国人が病院を受診しない理由ではない。これは外国人であってもなくても同等に抱える問題だからである。外国人を医療から遠ざけているのは言葉
の壁のためである2)。メキシコからアメリカに移住したラテン系の母親は子供の病気が重篤になるまで救急外来を受診せず、受診したとしても高度の精神的ストレスを抱えている3)。スイスに移住したトルコ人を対象とした研究4)では、家
庭内暴力や自殺で救急外来を受診するトルコ人は、そうでないトルコ人に比べて移住期間が長かった。故郷を離れて時間が経てば言葉を覚えてそこに馴染むという単純なものではないらしい。
病院側としても同じである。言葉が通じないこと、医療費が払えず退院後の行き先も決まらないような患者に対しては、現在の制度ではボランティアにほぼ等しい。医療も経済活動の一つであり、見返りのない労働は避けたいのが本音であ
る。
救急医療から改善を
救急現場ではどこの民族が搬送対象になるか分からず、さらに一般病院外来のように納得のいくまでコミニュケーションを図ることは不可能である。そのため、自分たちが搬送することの多い民族に対して特別の配慮・工夫が必要となる。
北海道に多いロシア人に対しては、問答集を作ったり(小樽市・稚内市)消防署独自で通訳とのホットラインを作ったり(留萌市)して工夫している。振り返って、私たち病院側では外国人とコミュニケーションを取る努力をちゃんとしてい
るだろうか。市立病院クラスでは救急外来に出る医師も看護婦も輪番制で、ごくまれに外国人を診察すると貧乏クジを引いたような気分になる。問答集の小冊子は救急外来に置いてあるが、開いて見たことは全くない。これでは最低限の医療
すら提供できない。病院側も消防の工夫を取り入れるべきだろう。
結論
1)言葉の壁は医療の壁である
2)救急隊・病院とも工夫が必要である
本稿執筆にあたっては稚内市消防本部 阿部陽太郎 救急救命士の協力を得た。
引用文献
1)日本衛生学雑誌 1993;48(3):685-91
2)Minn Med 1998;81(4):52-5
3)Health Soc Work 1994;19(2):93-102
4)Nervenarzt 1997;68(11):884-7
阿部陽太郎 オリジナル
外国人の救急搬送について
はじめに
私たち救急隊はしばしば外国人の救急事例に遭遇する。しかし、言葉という壁にぶつかりなかなかうまくコミュニケーションがとれず対応に四苦八苦しているのが現状である。
私たちの住む稚内市では年々ロシア船の入港数が増え現在では年間4千隻近くの船が出入港している。外国人登録されている在稚ロシア人も38名と増え、それに伴い救急出場も増加してきた。しかし先に述べたように必ずしも円滑に活動しているとは言い難い。そこで今までの現状、問題点を挙げ解決の方向性を探ってみた。
現状
119番通報は付近の住民、ロシア人の知人(日本人)から救急要請されることが
多い。よって患者の情報が極めて少なく現場に着き初めて状況を把握するといった具合なのである。業者の通訳、ロシア語の話せる警察官などが臨場している場合は協力してもらい比較的スムーズにコミュニケーションが成り立つのだが、たいていの場合片言の英語とジェスチャーで行うため時間がかかり、片言の英語が通じないとなるとより困難になる。
救急車に収容すると積載されているロシア語の対応シートを片手にコミュニケーションをとるのだが使い勝手が悪く積極的には使われてないのが現状である。
そのなかで典型的な事例を経験したので紹介する。
事例1
ロシア人が怪我をしているようだと付近の日本人から救急要請、詳細不明。
現着時右腰部から右足にかけて激しい疼痛を訴えていた。
観察したところ外傷、骨折はみられず少しでも動かすと激痛で顔を歪める状態であった。片言の英語も通じないため、ジェスチャーでやり取りしたのだが転んだりぶつけたという怪我ではないという事と少しでも動かすと激痛があるという事しかわからなかった。そのため全身ギブスで固定処置をして車内収容した。車載の対応シートでも確認したがやはり怪我ではないということだけで何故なのかはわからなかった。後日病院に問い合わせたところもともと腰椎ヘルニア、脊柱管狭窄症をもった人であった。
事例2
深夜路上にロシア人が倒れていると警備会社の職員により救急要請。
現場は街灯のない真っ暗な路上で自転車の横でロシア人男性がうつぶせに倒れていた。近づき観察すると呼びかけると反応するがろれつがまわってないようでアルコール臭が認められた。顔面の広範囲に擦過傷がみられ唇が大きく腫れていた。四肢、体幹には外傷は認められなかった。現場の状況からすると交通事故、加害あるいは脳血管障害等からの受傷機転も考えられたがまったくコミュニケーションがとれないまま病院へ搬送となった。
病院へ着いても診察中に呼びかけても眠ってしまい、検査をしたのだが結局は酒を飲み泥酔状態で自転車を運転中誤って顔面から転倒したということであった。しかしこの事例は11月下旬の寒空でのことであり警備会社の職員に発見されなければ最悪低体温で死に至る危険性もあった笑うに笑えないものであった。
このようにコミュニケーションがとれないケースが多く問題点の改善をしなければと感じた。
問題点
問題点は何といっても言葉の壁があるためにコミュニケーションがとれない事である。他の機関には通訳はいるが消防にはいない。しかし通訳を確保するにも現場に要請するには時間がかかる。
そのために作製された対応シートはロシア語日本語併記の文章表現のため見づらく、枚数も多いため使いづらいという欠点があった。
改善策
通訳を現場に要請するという発想をやめ現場と通訳を電話でつなぐという方法を考えてみた。この方法では通訳が現場に向かう必要がない為時間を気にする事はない。会話は救急隊 通訳 ロシア人の伝達方式になってしまうがある程度相手の伝えたい事、こちらの知りたい情報を得ることができるのではと考える。もう一つの改善は既存の対応シートの枚数を少なく、単語を中心としたシンプルな表記にすることにした。
まず疾病用と外傷用の2枚とし、単語と人体図を用いたチェック方式にした。
ロシア語日本語の併記であったものを1枚目をロシア語2枚目を日本語の複写とした。これによって枚数の軽減、シンプルで視認しやすいため使用しやすくなった。
おわりに
この改善によって活動時間の短縮、そして患者の不安が取り除かれ救急隊への信頼感につながってくれればと思う。もちろんこの改善が完全ではないし隊員の必要最低限の会話修得など他にも努力する事も必要であろう。
しかし言葉でコミュニケーションが成り立たない外国人の救急活動の今後の参考になればと思う。
06.10.8/2:35 PM
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