事後事例検証会:脳出血患者での観察。プレホスピタルケア 2004;17(6通巻64);62-66
事後事例検証
本日の議題
-脳出血患者での観察-
傷病者の概要
65歳男性
既往歴では8年前に右梗塞をやっているが麻痺などの後遺症を残さずに完治。4年前から糖尿病。
現在服用中の薬は脳梗塞に対して血小板凝集抑制剤のパナルジンと経口血糖降下剤のオイグルコン。
通報内容
13:32 男性が食事後に突然吐き、その後ぶるぶる震えているとの通報にて出動
13:36 現着
傷病者は居間で仰臥位で倒れており、頭部横には吐物の入った洗面器が置いてあった。吐物は居間奥にもあり家人が片づけていた。
意識レベルはJCS100。呼吸数30回/分、血圧220/150mmHg。心拍数50回/分。SpO2 92%. 救急隊の到着後はぶるぶる震えることはなく、上下肢ともだらりとしていた。
13:44 車内収容
処置として酸素投与10L/分と保温。
13:50 病院到着
質疑事項:考えられる疾患は。搬送中の注意点は。
座長:ここまでで何か質問はありませんか。
A:麻痺は確認しましたか。
救急:右上肢に比較して左上肢の脱力が大きいようでしたが、どちらもだらりとしていて大きな差はありませんでした。下肢は左右差は分かりませんでした。
B:ガクガクと体が揺すられるような運動はありませんでしたか。
救急:それは見られませんでした。家の人も見なかったとのことです。
C:呼吸は30回とのことでしたが。
救急:それがだんだん変化していって、初めは浅く早い、それこそ1秒に1回息を吸っているような呼吸でした。車内収容後には呼吸回数はだんだん治まっていって、浅く早いと思ったら深呼吸をしたりと、不規則な呼吸になりました。
D:血圧が非常に高いですね。
救急:既往歴では高血圧はなかったようです。
座長:この事例では傷病名は簡単に分かりそうですね。救急さん、何だと思いましたか。
救急:脳出血でしょうか。
座長:そうです。典型例ですから迷うことは少ないと思います。
座長:それでは次に、病院実習中の救急救命士に院内経過やこの事例での観察のポイントなどを発表してもらいます。
救命士:まず病院収容直後に撮られたCT写真を見て下さい。
↑(図1、図2)これがCT写真です。白いものが出血です。見た通り大量です。
(図3)写真にペンで印を付けますと、マル1のチョウチョのようなものが側脳室、本当は側脳室は左右に分かれているのですが、この写真では出血で押されているのと患者さんが動いたのとで、一つになって見えます。マル2は脳を左右に分けている硬膜である大脳鎌(ダイノウガマ)を指しています。大脳鎌は右から左に押されていて、脳全体が左にシフトしています。もともとあるところから脳が飛び出している状態なのでこれを脳ヘルニアというのだそうです。
E:出血の場所は特定できますか。
救命士:(図4)マル3が視床でマル4が被殻になります。これは正常であればこのあたりという目安です。統計的には出血は被殻が最も多く、次に視床となっています。この方の場合には、あまりに出血がひどくてどちらからの出血かはっきり判断することは難しいそうです。通常であればマル3やマル4のところに血の固まりが見えるらしいのですが、あまりに出血がひどいとそこから漏れ出て脳室に血液が流れてしまいます。また、脳の片側に血液が溜まるので、そちら側の脳が腫れ上がり、他方の脳を押しやって脳ヘルニアが起きます。この事例でも死因は脳ヘルニアでした。それについてはまた後で説明します。
救命士:次に、観察のポイントについて発表します。
観察は必要最小限を迅速に行います。病院収容には意識とABCの観察が最も大切なのは言うまでもありません。救急さん、傷病者の呼吸はずっと早く浅いものでしたか。
救急:病院到着直前にはため息をつき、またたまに呼吸を休むこともありました。
救命士:病院に着く前の呼吸は「中枢神経性過換気」といって中脳から橋にかけての障害で、その後の不規則でたまにため息をつく呼吸は「失調性呼吸」といい、延髄の障害が原因です。延髄には呼吸の中枢がありますから非常に危険な状態と言えます。次に麻痺についてですが、どのように麻痺があると判断したのですか。
救急:両手とも力抜けていたのですが、触ったところ左腕の方が麻痺が大きかったようなのですが。
救命士:全身が脱力している場合以外にはこのように麻痺を診るといいですよ。
(図5)手の場合には、患者さんの頭側に立って、両腕を引っ張り挙げます。
(図6)支えている手を離すと、麻痺側の腕が早く落下します。
(図7)落とすところを気をつけないと、腕が顔に当たって患者さんが怪我します。
(図8)足の場合には膝を曲げさせて保持します。
(図9)手を離すと、麻痺側の膝が落ちて股が開きます。
(図10)顔の麻痺の場合は、患者さんのまぶたを持ち上げます。
(図11)手を離すと麻痺側のまぶたはゆっくりと動き、しかも閉じきりません。この時に瞳孔も観察するといいでしょう。
救急さん、瞳孔は見ましたか。
救急:見ませんでした。
救命士:この患者さんは病院に入った時点で瞳孔は6mmと散大し対光反射もありませんでした。先ほどの失調性呼吸といい、この瞳孔散大といい、非常に危険な状態です。でも、この患者さんの危険性は見てすぐ分かりました。救急さん、搬送中もずっと脱力した状態でしたか。
救急:脱力の様子は見ていませんでした。
救命士:病院では初めから変な体位を取っていました。
(図12)体を反らし
(図13)手首を折り曲げて
(図14)つま先を伸ばす体位です。これは「除脳硬直」と言って中脳や橋が障害されてそれより上位の脳と連絡が取れなくなっているもので、これが見られると予後は絶望的だそうです。
(図15)髄膜炎やくも膜下出血では髄膜刺激症状である項部硬直が見られます。この患者さんでも硬直が見られましたが、この場合には脳ヘルニアによるものだそうです。脳は柔らかいので簡単に動く代わりに血管がつぶれて脳梗塞になってしまいます。延髄のような大切な部分にヘルニアが起こると呼吸が止まって死んでしまいます。
この患者さんの転帰です。CTを取る前にはすでに救急医から脳外科に紹介したのですが、全身状態の悪さから手術の適応はなく、家族の承諾を得て延命処置も行わずに病院到着後2時間で亡くなられました。
座長:救命士さん、ありがとうございました。何か質問はありますでしょうか。
F:このような重症例で搬送中注意すべきことはありますでしょうか。
救命士:まず呼吸です。急に止まります。止まった場合の準備は絶対必要です。それと可能性のあるのはけいれん、嘔吐とそれによる窒息でしょうか。搬送は脳出血を助長しないためにも振動を避けて下さい。
G:項部硬直を確認するために頭を上げるのは、出血を誘うことにはなりませんか。
救命士:医師に確認したところ、愛護的に行う分には心配ないとのことでした。抵抗を感じたらそれ以上は曲げないことが大切だとのことでした。
座長:まだ質問もあるかとは思いますが、時間が来ましたので検証会を終了したいと思います。皆さんお疲れさまでした。
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