211201救急事例報告 16 フグ中毒事案(今治市消防本部 渡邉康之)

 
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症例

近代消防 2021/06/10 (2021/7月号)

救急事例報告16


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近代消防2021年7月号「フグ中毒事案」

目次

 

著者

 

 

渡邉 康之(わたなべ やすゆき)

消防司令補
愛媛県今治市出身
昭和56年5月8日生まれ
平成19年4月 消防士拝命
平成27年3月 救急救命士合格
令和2年4月より今治市消防本部西消防署勤務
趣味は陸上競技、家庭菜園

 

【今治市の紹介】

今治市は愛媛県の北東部に位置し、瀬戸内海を望む風光明媚な景観と日本遺産「村上海賊」や大山祇神社を有する観光都市であるとともに、海運・造船・タオル生産が盛んな工業都市でもあります。また、しまなみ海道という日本初の海峡を横断する自転車道があり、開通20周年を迎えた現在は、世界屈指のサイクリングコースとして名を馳せています。この海道を舞台にサイクリング世界大会などが開催され、世界中からサイクリストが訪れています。

しまなみ海道

【今治市消防本部の紹介】

 管轄面積は、419.14㎢、人口は15万5,422人で、1消防本部3消防署5分署で組織され、職員数は216名(令和3年4月1日現在)、そのうち救急救命士が56名(薬剤認定救命士52名、気管挿管認定救命士39名、処置拡大認定救命士48名、ビデオ硬性喉頭鏡認定救命士33名、指導救命士8名)が在籍しています。
 令和2年の救急出動件数は7,521件であり、救急車11台(予備車2台含む)と消防救急艇1艇で対応しています。
 また、発生が危惧されている南海トラフ巨大地震や、複雑多様化する災害対応のために震災対応訓練施設を整備し、職員のその知識・技術の向上と地域防災力の強化に取り組んでいます。

震災対応訓練施設

2018年3月号P.95掲載「プレアライバルコール導入のきっかけとなった救命連鎖の奏功症例」、

2018年7月号P.79掲載「12誘導心電図で判断困難な急性心筋梗塞を経験して」、

2019年7月号P.71掲載「VFと心拍再開を繰り返した1例」、

2020年3月号P.68「口頭指導で行うべき今後の取組み:口頭指導の模擬展示と事後検証の分析結果からの検討」

も参照ください。

 

救急活動事例研究16:プレアライバスコール導入のきっかけとなった救命連鎖の奏功症例
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12誘導心電図で判断困難な急性心筋梗塞を経験して ~過去の急性冠症候群事案を検証する~
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190705救急事例報告(13)心室細動と心拍再開を繰り返した1例
近代消防2019年7月号p71-76 PDFはこちら 救急事例報告 心室細動と心拍再開を繰り返した1例 渡邉 康之1) 森山 直紀2)、安念 優2)、西村 和久3) 今治市消防本部1) 愛媛大学医学部附属病院 救急科2)  愛媛大学大学院 ...
200214救急・研究レポート 口頭指導で行うべき今後の取組み:口頭指導の模擬展示と事後検証の分析結果からの検討 ( 今治市消防本部 渡邉康之 )
近代消防 2020年3月号 口頭指導で行うべき今後の取り組み:口頭指導の模擬展示と事後検証の分析結果からの検討 渡邉康之 今治市消防本部 はじめに 119番通報時、市民(通報者)への口頭指導により救急車到着前に傷病者へ応急手当を実施すること...

 

 

 

【はじめに】

 フグの処理については、「フグの衛生確保について」(昭和58年12月2日付け環乳第59号厚生省環境衛生局通知)に基づき、都道府県知事等が有毒部位の確実な除去等ができると認める者に限って行うこととなっている。
 フグ中毒の原因物質は、フグ体内に蓄積されているテトロドトキシン(tetrodotoxin TTT)と呼ばれる神経毒の一種であり、主に末梢神経に作用し、運動障害、知覚障害、自律神経障害を引き起こす。今回、フグ中毒により、頻回な嘔吐、呼吸困難から腹式呼吸へと変化した症例を報告する。なお、写真1は再現であり、その他の図表は患者本人から掲載許可を得ている。

【症例】

 令和2年〇月〇日、覚知22時31分。同居の家族から「68歳男性、フグの精巣(シラコ)及び卵巣(マコ)を食べて呼吸困難を訴えています。」との通報内容により出動した。
 救急隊現着時、傷病者は廊下に右側臥位でJCS1の状態で、同居の姉が呼びかけていた(写真1)。同居の姉から「市場でナゴヤフグ(全長25cm前後)を10匹購入し自宅で調理した(フグ取扱者の資格は有していない)後、同17時半頃に精巣及び卵巣を5匹分食べて、21時半頃から口腔内・唇の痺れ及び喉の痛みで徐々に呼吸困難が増悪した。」と聴取した。

救急隊現着時の様子

 

フグの種類については不明。呼吸は浅く努力様で、呼吸音は左右減弱、頸静脈の怒張なし。瞳孔5mm、対光反射鈍い。発生機序、観察結果を表1、表2に示す。リザーバー付き酸素マスクにて酸素10L投与を開始し、車内収容する。車内収容後、バイタルサイン測定及び心電図モニタ装着。搬送途上で、5回嘔吐あり。継続観察を行いながら3次医療機関へ搬送となった。病院到着時、JCS3へ意識レベルが低下、呼吸状態が腹式呼吸となった。バイタルサインを表3、心電図波形を表4、救急活動の時系列と時間経過を表5に示す。

救急要請までの時系列

観察結果

バイタルサインの変化

心電図の推移

 

救急活動の時系列

 

傷病名:フグ中毒  傷病程度:中等症

病院収容後、呂律が回っていなく、CO2貯留は認めていないが、腹式呼吸で呼吸障害が増悪。動脈血液ガス検査分析でも酸素化不良を認めた(表6)。血液生化学検査では、低カリウム血症以外は異常なし(表7)。呼吸筋麻痺症状が進行しているため、本人と家族に説明し、鎮静下で人工呼吸管理する方針となった。胸部・腹部単純レントゲン検査(写真2、写真3)により留置位置に問題ないことを確認し、胃管から活性炭50gの投与を行った。右橈骨動脈に動脈ライン(Aライン)確保、右内頸静脈に中心静脈カテーテル留置を実施。12誘導心電図にて、左心室肥大の所見あり(表8)。胸部腹部CT(Computed Tomography)施行(写真4、写真5、写真6)。両側肺野に誤嚥性肺炎の所見を認めた。ICU(Intensive Care Unit)に入室し、鎮痛薬・鎮静薬を持続投与下に人工呼吸管理を開始した(人工呼吸器:自発呼吸モード酸素濃度40%、PS圧7cmH20、 PEEP圧5cmH2O)。血圧高値に対して、降圧薬の持続点滴静注を開始。誤嚥性肺炎に対して、抗生物質投与を開始。尿道カテーテル留置し、尿量計測を開始。病院収容後の時系列を表9に示す。第2病日に、呼吸筋麻痺は改善したと判断し、人工呼吸器から離脱後、胃管、動脈ライン(Aライン)、中心静脈カテーテル、尿道カテーテルの抜去を行った。末梢神経伝導速度検査にて、上肢、下肢に軽度神経伝送速度低下の所見を認めていたが、自然軽快するものと考えられた。病床管理表を表10に示す。第3病日に、独歩で退院となった。

呼吸器血液データ

 

血液一般検査

 

胸部レントゲン写真

 

腹部レントゲン写真

 

心電図。左心室肥大あり

 

胸部CT 誤嚥性肺炎像

腹部CTは異常なし

 

病院収容後時系列

病床管理表

 

 

【考察】

 搬送途上で、頻回に嘔吐があり、吐物にはテトロドトキシンが混じっている可能性があるため、口腔、鼻腔を清拭し、残った吐物からテトロドトキシンが吸収されないように注意しながら搬送した。また、呼吸筋麻痺からの呼吸停止にも細心の注意が必要であった。
 フグ毒の本体はテトロドトキシンと呼ばれる神経毒で、特に、卵巣と肝臓に高濃度に含まれる。皮や腸、精巣にも含まれる場合があり、毒素の分布はフグの種類によって異なる。テトロドトキシンは、無色・無味・無臭で、耐熱性が高く、通常の加熱調理では失活しない。フグ中毒は、毒性に個体差、地域差、季節性があり、食品衛生法では食用可能なフグの種類とそれぞれの可食部位が定められている。日本産フグ科魚類の組織別毒力を表11に示す1)。12月から6月の産卵の時期に毒素が強まる傾向が見られる。瀬戸内海に生息するナゴヤと呼ばれるフグは、クサフグ、コモンフグ、ヒガンフグ、ショウサイフグであり、種類と毒力を表12に示す。フグの推定毒化経路、フグのテトロドトキシン蓄積過程を図1、図2に示す。2)フグは外的要因(餌)によって毒化される。フグ中毒には解毒薬はなく対症療法である。本症例のフグ中毒の重症度分類Ⅲ度であり、病院到着時に腹式呼吸となった(表13)3)。
本症例は、テレビ、新聞等で取り上げられたが(資料1、2)、フグの素人調理を行わないよう広報していくことも重要である。
石川県の伝統食品として、3年の歳月をかけ「毒素検査」を経て、フグ毒の解毒(10MU/g以下)を確認して製品となる卵巣糠漬けがある。卵巣が糠漬けによってなぜフグ毒が減少するのかについては、まだ科学的に解明されておらず、解毒の過程においては謎の部分が多い。石川県の伝統食品で卵巣が食べられるが、通常の調理方法では食べられないため勘違いしてはならない。

日本のフグの組織別毒力

種類と毒力

 

フグ毒の重症度分類

 

フブ毒発生の仕組み

 

フグのテトロドトキシン蓄積過程

新聞報道

 

テレビ報道

厚生労働省

 

【結論】

 本症例は、自律神経障害として、瞳孔の散大で対光反射は鈍く、呼吸筋麻痺から腹式呼吸へと変化し、Ⅲ度高血圧を呈した症例であった。現在、厚生労働省のホームページにもフグの素人調理の危険性について掲載されているが、関係機関等から、さらなる市民への注意喚起をしていく必要がある。

◎参考文献◎

1)谷巌,日本産フグの中毒学的研究p.130,1945,帝国書院
2)塩見一雄,長島裕二,新・海洋動物の毒-フグからイソギンチャクまで-,p.7,p.15,2013,株式会社成山堂書店
3)㈶日本中毒情報センター編,症例で学ぶ中毒事故とその対策,じほう,p.268,2000

 

2022/01/02

 
またフグ中毒で出動したそうです
 
フグ中毒事案 愛媛新聞 R3.12.29

症例
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